710話 周囲を堪能しつつ目的地へ
「よし、1つ目の街到着っと。なんか懐かしいなぁ……」
眼下を見ながらふと懐かしい思いに耽る。実際はほんの1ヶ月ちょっと前の事でしかないんだけどな。
ダンジョン街を出てしばらく進んで来るとこの世界へ来て1番初めに訪れた街の側を通る。なんとなく寄りたい気持ちもあるが今は我慢だ。
「ここで昔の事を調べたりしたよなぁ……その後車を買ったり携帯や保険の契約もしたっけか。もうだいぶ前の出来事にも感じるな」
車屋の上田さんはどうしているだろうとかコンビニで魔石の話をしてくれたあのおじさんは今も仕事中かなと思いつつ当時の事を思い返す。500円玉を換金してくれたゲームセンターのお兄さんは元気だろうか?
「滞在日数はわずか2日だったけどやっぱり印象残ってるなぁ。いろいろ驚かされた場所だから仕方ないんだろうけどさ」
この世界の事から街並み等いろいろ衝撃的な事実を知る事になった場所だ。街中に武器屋や防具屋、武具を持った人が歩いていたりと今思い返しても凄い光景なのは間違いない。ダンジョン街に行って少しは慣れてはきたがやはりどこか不思議な感じはぬぐえないな。
「そんでもってあっちの山へ行けば山の自宅か。木が多くてここからじゃわかんないな……もっと高く飛べば見えるか?」
空中から山の自宅があると思しき場所へ目を向ける。上手い事木で隠れているからかもっと高度を上げなければあそこは見えそうもなかった。
山を見下ろせる高度を飛び続ける人も稀だろうしそう見つかる事は無いだろう。あの山を飛んで越えようとすれば流石に見えるだろうけどだからと言って変に隠すっていうのもあれだしなぁ……。
「まぁ、別に意図的に隠さんでもいいだろ。誰かが来た時用に防犯用のアラートは掛けてあるし何かあればわかるようにはしてあるしな。
貴重品も……まぁ、無くはないけどさ。流石に盗みをしようって事ならこっちにも考えはあるが……。見た感じは古めかしい家に住んでるってそれだけだろうし」
後付けでいくつか作った物もあるが明らかに今も使ってます感はあるし人が居なければそっと出ていくだろう。それこそゴーレムにでも家の番をさせようか。リキッドはこっちに持ってきちゃってるからなぁ。
何かご用があればこちらへ連絡を……といった紙でも持たせておけば何とかなるだろうか? カメラ付きとわかりやすいゴーレムでも置いておけば監視カメラに映ったと思い携帯へ電話してくるかもしれない。少なくともカメラを意識しない人は居ないはずだ。
今夜にでも早速作って置いて来るかと頭の隅に記憶する。玄関と裏庭と勝手口の3カ所にでも立たせるかね?
「まぁ、留守だと思ったら普通はそのまま去るだろうけどな。もし電話がかかってきたらかかってきただ」
そこまで深く考えなくてもいいだろうと自宅の事は横へと置いておく。そもそもが見え辛い位置にあるだけ気にするだけ無駄かもしれないしな。
「とりあえずはゴーレムを設置しておけばそれでいいか。
街の方もなんか懐かしいし寄るなら帰りだな。帰りなら時間はあるだろうし、改めて見て回るってのは有りか。あの時はここの事を調べるのであんまり見られなかったからなぁ」
滞在してすぐダンジョン街へ行ってしまった事も有ってか、自宅から1番近い街なのにほとんど分からない状態だった。こうして上から見てもどこがどこだかさっぱり分かんないな……。
ひとまずこの街の事は置いておこうと今は通過するだけに留める。寄り道しすぎてはキリがないからな。こうして空中から見る分にはそこまで遅れも無いだろう。
「で、次は近くを通るのはお隣と言ってはそれなりに距離があるけど今までいた所とは別のダンジョン街か。飛べばそこまで時間もかからないし時間が出来たらこっちに来るのも有りだな。
また1層からって事になるんだろうだけど街の雰囲気とかはやっぱ違ったりするだろうしそっち目当てで来るのも良いか。別にダンジョンへ必ず潜らないとって事もないもんなぁ」
適当に地上の依頼を熟しながら街巡りをするのでもいい。本来ならこうやっていろんな街へと行ってみたかったからねぇ……。
武器や防具の店だって街毎で品揃えが違うかもしれない。そういった違いを探して見て回るのも楽しみの1つだ。
後はやはりどんな飲食店があるかだろう。山に近い今までのダンジョン街と違ってだんだんと海側へ来てるからな。今から荷物を届けに行くダンジョン街は海に面した所だし。
「新鮮な海産物だってこっちなら十分運送圏内だしな。海側に近いダンジョン街はそれだけで来る価値があるってもんだわ」
昼はもっと海側の街へ行き新鮮な海産物を食べるのもいいかもしれない。ここまで来たのならせっかくだし地元で採れたものを食べたいね。
新鮮さで言えば地上で採れた現地の物が1番だ。ダンジョン産もいいがこっちは帰還まで少し間があるしな。
そう思うと早く目的地へと行きたくなってきた。荷物を渡したらすぐに漁港近くの店へ行って昼にでもするとしようか。
食べたいものを考えつつ街を通り過ぎる。やっぱりオススメは海鮮丼かねぇ?
「はははっ! いやぁ、楽しい楽しいっ! やっぱり空を飛べるってのは面白いね!」
近くを飛んでいる鳥へと接近しつつそのまま並行し空中を進む。空でも飛ばなければできない芸当だ。
あれからしばらく先へと進み、途中のダンジョン街を通過すると目的地まで残り3分の1という所までやって来た。目的地まであと少しという事で気分もどこか浮かれ気味となっていた。
そんな時、自分の目の前へ十数羽の鳥がやって来た。気分が乗っていたこともあって鳥と追いかけっこを始める事にした。上昇したり下降したりと鳥の後ろへぴったりと張り付く。鳥からすればうざったかったかもしれないが自分的には結構楽しかった。
「いやぁー、なかなかに良いもんだなっ! 空を飛べるってなったら1度はやってみたい事の1つだろうし。実際楽しかったわ!」
鳥と同じ視点を経験してみたいという人は結構多いだろう。飛行が出来るとなればそれも不可能ではない。今初めてそれを体験し気分も尚更舞い上がっていた。
「練習だったり移動で街の上を飛んだりってのとは違った飛行の仕方だったな。なんか改めて飛行の良さを実感した感じだわ」
鳥と戯れる(自分視点)事が出来て大変満足だった。時間が出来た時には何も考えすこうやって飛ぶのも結構いいかもしれない。ある意味飛行の訓練にもなるだろう。
「飛行系のモンスターと空中ですれ違ったり追いかけたりなんて事と似ているけどあれは戯れるとかそう言ったものじゃないしな。命を掛けた鬼ごっことは一緒に出来んわ」
やり始めるとついつい童心に帰った気分となり夢中になってしまった。それだけ気楽に飛ぶというのがかなり楽しい物と思い知らされたね。
目的地とは違う方向へ行く鳥と別れ息を吐く。追いかけっこに付き合ってくれてサンキューな!
「はぁ……あー、面白かった! やっぱ空を飛ぶって気持ちいいねっ! ちょっと疲れたけど」
上がったり下がったりを繰り返し楽しかったが少し疲れてしまった。そこで下に見える場所が丁度牧場という事もあって少し休むことにする。そこまで大きい牧場って感じではないか?
「お? 牛乳やアイス売ってるのか。丁度いいな」
入り口と思しき所の登り旗にそんな文字が書かれているのを発見する。牧場の牛乳やアイスって美味しいから有難いね。
「いらっしゃいませ。牧場体験なんかもやっているので気になりましたら是非お声がけくださいね」
「牧場体験かぁ……懐かしいな」
子供の頃馬に乗ったり牛の乳搾りなんかをやった覚えがある。今回はあいにくそっちの用事はないが乗馬とか大人となった今だと駆け足とかちょっとやってみたいね。
「すみません、牛乳とソフトクリーム1つづつ貰えますか」
「はーい、少々お待ちくださーい」
売り場にいる女性にそう声を掛ける。しかし普通のお客さんってあまり来ないんじゃないかね?
どちらかと言うと業者に牛乳を売ったりが主だろう。ダンジョン街へ行く途中で休憩に寄るとかその程度か?
「お待たせしましたー! 牛乳とソフトクリームになりますっ!」
「どうもー」
喉が乾いていた事もあって牛乳を一気に飲み干してしまう。うん、やっぱり牧場で飲む牛乳は一味違うなっ!
続けてソフトクリームを頂きつつ牧場の周りを見学させてもらう事にする。牧場独特のこの空気は何とも言えないね。
「干し草っていうか藁の臭いか? 北海道の大きい所に行った事あるけどあっちは糞とかの臭いすごかったな。まぁ、規模が違うから仕方ないんだろうけど。こっちはのどかな感じがして癒されるねぇ」
食べているソフトクリームもあってのんびりとした休憩時間を満喫する。ほんと良い所に牧場があってくれたものだ。
少ししてソフトクリームを食べ終わると再び空へと上がる。向こうのダンジョン街との休憩地点として今後も利用させてもらおうかね。
「よしっ! もうちょっとだし気合い入れなおしていきますか!」
時間的にも昼前辺りに辿り着きそうなのでこちらも丁度いいと言っていいだろう。寄り道もほとんどしなかったしどれぐらいで来れるかも知れて万々歳だ。
鳥と戯れなければもう少し早かったかと思いつつ残りの距離を飛び始める。しかし馬や牛ぐらい撫でさせてもらって来ればよかったかねぇ……?
そうして牧場から離れ目的地のダンジョン街近くまであと少しという所までやって来た。
高度を落とし道路を眺めながら街へと向かう。街へ入る時は歩きで入った方が良いのか?
「交通量はだいぶ違うなぁ……むしろこっちは出ていく車の方が多くなるのか? ん? あれは……」
そんな事を考えていると道路に1台の車が止まっているのを発見した。正確に言うのであれば車道から外れて止まっている車だが。
近づくと車道からはみ出たタイヤが空回りしている様子が見て取れる。運転ミスったか?
「大丈夫ですかぁ?」
「ん? 飛行能力持ちさんか。いやぁ……それがなかなか動きませんで。まいったね……」
丁度車から降りてきた運転手のおじさんにそう言って声を掛ける。抜け出そうと今まで努力していたらしい。
「最悪車屋を呼んだ方が良いかもな……街からそう離れてないのが幸いだよ」
「お手伝いします。見た感じタイヤを戻せばどうにかなりそうですし」
車を持ち上げてタイヤを地面に戻せば何とかなりそうだ。ガードレールを壊してるとかでもないしそう問題は無いだろう。
駒を取り出すとゴーレムを出し落ちてるタイヤの部分を持ち上げ道路まで位置を戻す。後はハンドルを切ってやれば大丈夫だろう。
「へぇ~っ! それが例の駒ってやつか! って事は、お兄さんあのダンジョン街から?」
「ええ、荷物を運搬する依頼を受けてましてね。これでハンドル切れば道路に戻りませんか?」
「ああ、早速試してみるよ」
車へ乗り込むと素早く動かし車の位置を変える。これで車道の脇に停車しているだけに見えるだろう。
それを見届けるとゴーレムを仕舞う。レッカー車なんかも要らないし持ち運び出来るゴーレムの役立ち所だな。
「いやぁ、ありがとうございました! おかげで助かりました」
「いえ、車も壊れて無くて何よりです。では私はこれで」
「いや、何かお礼を……」
「いえ、そう大したこともしてませんので。お互い道中すれ違ったという事でいいかと……」
ちょっと手助けをした程度なのでお礼をどうこうというのも何か少し気が引けてしまった。やった事はゴーレムを出しただけだからなぁ……。
そう気にする事も無いだろうと話し合い再び空を飛び街へと向かう。人助けをしてちょっとだけいい気分になったとそれだけで十分だ。
ダンジョン街到着早々いい気分となんとなく幸先も良い気がしてきた。実際はまだ到着してないが悪くないスタートではなかろうか。
「この感じで依頼も用事も上手くいってくれるといいんだけどねぇ」




