705話 詳しくはまたその内という事で……
「お待たせしました。こちらが石田様に出されている指名依頼になります」
「どうも。……ふーん、こんな感じなのな」
依頼を受付しているスタッフさんから書類を受け取る。昨日あれから早速申請をしたみたいだ。こっちの準備ももう整えていたって事かな?
申請日の日時的に電話を掛けてからそう時間も空いてないとそのように予測できた。だったら受注は昨日でも出来ていたわけだ。
そこまで気にする事でもないかとそう思いつつ書類を確認する。明人さんから聞いていた通りなので特に目新しい情報は無かったが。
「大丈夫です、事前に聞いていましたから問題ありません。……これお願いします」
「畏まりました。それでは手続きをいたしますので少々お待ちください」
書類にサインをし受付スタッフさんへと渡す。これで正式に依頼の受注が決まった。
明人さんからの電話を受けた次の日。依頼も既に出されているはずと朝から管理部に来ていた。そして問題なく依頼の方も受注が終わりそうだった。
受付スタッフさんからこれで完了ですと聞き依頼の受付から離れる。この後明人さんから連絡を貰い次第届け物を受け取り明日出発ってわけだ。
「それまでに何をしておこうかね? 基本的に飛行で飛んで行くだけだし荷物っていう荷物は要らないしな……」
届け物は駒の中にいるゴーレムが持っているし探索をしに行くわけでもないのだからそこまで大荷物は必要ない。いつもの探索用の荷物に着替えも入っているしあのリュックがあればそれで十分だろう。人目につかない所であれば空間魔法も問題なく使えるしな。
「いつもの肩掛け鞄1つあればそれで十分だよな荷物に関しては。
例のナビは行き先のダンジョン街で買えばいいだろ。届け先の住所も渡すって事だしとりあえずはそれがあれば問題ないわな」
正直空を飛んで行けばそう時間もかからないだろうし最悪街中へ下りればいい。地面を移動するわけでもないのだから何とも楽な移動法だ。
「後気になるって言えば明日の天気が雨でない事を祈るぐらいか? まぁ、それも耐水のおかげでどうとでもなりそうだけどさ」
問題なのは濡れる事ではなく雨で視界が悪くなる事だろう。あの水中眼鏡こういう場合でも使えたら便利なんだけどな。やっぱダメか?
明後日中に届ければそれでいいらしいので時間は十分にある。多少の道草ぐらいはしても問題ないはずだ。
管理部でやる事も今は特に無いだろうと建物を後にする。流石に地下の訓練室で特大ゴーレムを動かすのもなんだかねぇ……。軍の建物の方なら特に問題も無いのだろうけど。
「そっちはそっちで目立つな。流石にこれを動かすってなると街の外へ行った方が良いか。倉庫を借りれてない人はそっちで作ってるPTも多いらしいし」
テレビでいくつかのPTが街の外側でゴーレムを作っている映像を見た覚えがある。ゴーレムを作っている=駒持ちの可能性が高いと取材をしていたらしい。自分みたいに頼まれて作っているだけの可能性もあるから確実に持っているとは言えないみたいだけどな。
「流石に外での作業だしサイズも通常の大きさだったりと、そこまで目立つようなゴーレムはいなかったみたいだけどさ。そこに特大ゴーレムを出したらやっぱ目立つか……」
取材の矛先が自分に変わるかもしれないのでやっぱりやめておこうと考えを捨てる。山にある自宅の裏庭を使えばいいか。
裏庭なら倉庫以上に広々としているので模擬戦はともかく軽く動かす分には問題ない。それにしたって限度はあるけども。
特大ゴーレムの更に上。超特大といったようなゴーレムもその内作ってみたいものだ。そうなると今の倉庫でも厳しいかもしれないが。
用意するだけであれば山の自宅の方で作ればいい。問題はそれ程のサイズをどこで作ったかの言い訳だ。更に大きい倉庫をその内借りる必要がくるだろうか?
「特大ゴーレムも試してない今これ以上を考えてもなぁ。メインで使うってなるとそれこそ巨大化エリアだろうし。森林エリアにだってまだ行ってないっつうの。今どうこうする問題じゃないか」
今気にする必要は無いかと頭の隅へ追いやる。いつか作るとそれだけ覚えておくとしよう。
ともかくこれでやる事は特に無いかと再び倉庫へ戻ろうとする。あっちに居ればやる事は困らんしな。
しかし、そうして飛ぼうとしたところでポケットに入っている携帯に着信が来た。
「ん? 明人さんからかな?」
携帯を取り出し相手を確認する。だがそこに表示されていた名前は明人さんではなかった。
「苗さん? いったい何の用事だろ? はい、もしもし?」
≪あ! 石田さんっすか、おはようッス≫
「うん、おはよう。それでどうかしたの? 何か用事でも?」
≪まぁ、用事と言えば用事っすね。お父さんから聞いたっすよ? なんでも依頼を受けてダンジョン街を離れるとか?≫
「ああ、それね」
酒を飲みながらでも話したのだろうか。まぁ、そこまで秘密にしておくものでもないしな。
≪それでちょっと話があるんすよ。今から家まで来れるっすか? 話は近くにある喫茶店でするんすけど≫
「ん? まぁ、行けない事は無いけど」
≪じゃあ待ってるんで。近くに来たら連絡してほしいッス≫
「わかった」
それだけ言うと通話が切れた。話って何だろうな?
ともかく飛んで行けばすぐだろうと場所を思い出しつつ苗さんの家がある方向に向かって飛び立つ。やっぱりこういうちょっとした時にナビがあると便利だよな。
そうして少しすると家の近くまで飛んできた。飛びながら苗さんに連絡を入れる。
≪了解ッス。今私達も表に出るっすから≫
その一言で連絡が終わった。というか『私達』?
明人さんは仕事だろうから香苗さんかとそう思いつつ玄関先へと下りていく。そして地上へ降りるタイミングで玄関の扉が開いた。
「やっぱり空を飛ぶと早いんっすねぇ……おはようッス」
「ああ、うん、おはよう。私達って唯さんと望さんだったのか」
『おはようございます』
そう言って2人もこちらに挨拶を交わしてきた。うん、おはよう。
「近くの喫茶店で話しをするらしいけど……」
「苗の家から歩いて1,2分ですからね。家の中よりもそっちの方がいいかな……と」
「すぐ着きますので」
「じゃ行くっすか」
そう言って3人に案内される形で家から離れる。ここに下りてくる途中で見えたあのロッジ風の建物の事かね?
そんな事を考えながら家の角を曲がると少し先に件の建物が見えたやはりあそこだろうか。
「空からも見えたけどあのロッジみたいな所?」
「そうですね、結構落ち着いた感じでいい雰囲気のお店です」
「中は木の香りがしていいんすよ」
「お茶とお菓子も美味しいですしね」
3人は良く行っていたのか慣れた感じだ。苗さんからしたらこんな近くにあるってなると常連でもおかしくないか。
持ち帰りも出来るそうでちょっとしたお菓子屋さんといった感じだそうな。この間行った時はあの串焼き屋の時みたく喜ばれたらしい。今回はあんな感じで迎えられないだろうとちょっとばかりホッとなった。結構気まずいからねぇ。
「いらっしゃいませ~。あ、苗さんじゃないですか」
「どうも、お邪魔するっすよ」
やはり常連さんのような挨拶を交わしつつ表にある隅の席を確保する。日差しの気持ちいい席だな。
「決まったら頼みに来るっすから」
「わかったわ、それじゃあごゆっくり~」
こちらにそう声を掛けると店の中へ戻っていく店員さん。まだ開いたばかりだからかお客も店内に少し居るぐらいだった。
「それで早速なんだけど……用事ってなんだろう? あ、先に注文を決めた方が良いか」
「決まったら頼めばいいっすよ。うち等はほぼ決まってるようなもんっすから」
やはり3人の注文は既に決まっているらしい。メニューを自分の前へ持ってくると書かれている内容を確認する。値段はリーズナブルだな。
「で、なんすけど……石田さん、うちのお父さんからなんか依頼を受けたとか?」
「そう大した依頼ってわけじゃないけどね。まぁ、頼んでた当人からしてみれば待ち望んでいたわけだけども」
「依頼の内容はともかくとして……石田さん、このダンジョン街を離れるって聞いたんですけど」
「うん、他のダンジョン街に居るみたいだからそこまで届け物をね。駒とゴーレムを使って運搬してくれってさ。明人さんとこの依頼だから武器防具とかそういった荷だね」
「はぁ……。
それでなんですけど……石田さんに行かれると例のお返しが出来ないと言いますか……。何とも急な話でどうすればいいか。
攻略の方も落ち着いたそうですからそろそろ話をしようとは思っていたんですけども……」
そう言って望さん達は例の書類が入ったファイルを鞄から覗かせる。そう言えば落ち着いたら考えるって言ってたっけか……。
「お父さんに聞いたら明日出発予定だって言ってたんすよ? 間違いないんっすか?」
「まぁ、さっき管理部で受けてきたからねぇ。今日荷物を受け取って明日出発って……」
「私達昨日の夜苗から電話でそれを聞いたんです。もうほとんど決定事項らしいって……」
「唐突過ぎるからどうしようって朝から3人して悩んでたんです」
3人が困った顔をしつつ例の書類と睨み合いをする。
「書類もこうして書きましたし準備が出来ていると言えば出来ているんですけど……やはり急といいますか……」
「お父さんも落ち着いたところでこんな依頼を出すなんてタイミング悪いんすよねぇ……」
「歓楽街のホテルを予約するにしても時間が……。やはり私達からタイミングを見て言うべきだったんでしょうけどこうなるとは思ってもいませんで……」
「……んー、けど別に帰ってきてからでも……長くてもほんの数日だし……」
『……え?』
「ん?」
こちらの言葉を聞くと3人してそんな声を出した。なんだ?
「……長くて数日ですか? 1月2月滞在とか……」
「いや、近くのダンジョン街だからね。ちょっと観光というか見てこようとは思ってるけど数日で帰ってくる予定だし。通常の探索もこれからって始めなきゃって感じだしね」
「お父さんいつ帰ってくるかは不明って言ってたんすけども……」
「終了の報告自体は向こうの管理部ででも出来るから帰りで急ぐ必要はないってのはあるかもね。明人さん酔ってたりしたんじゃないの?」
「そう言えば酔ってその後寝たから聞けなかったとか苗言ってなかったか? いや、酔ってる状態の話を真に受けた私達もそうなんだけど……」
「今日も仕事なのに酔って寝る程飲んでたのか……仕事が忙しいからって余計に飲んじゃったとかかね?」
3人はそう言う事なのかとホッと溜め息を吐いた。自分に依頼をしたってのは聞いたけど詳しい事は聞けてなかったのね。
「それじゃあ数日で戻ってくるって事でいいんですか?」
「その予定だけどね。攻略の方も戦力増強をしたらって言ってるだけで再開日時は不明だし。まぁ……1月2月で再開されるかも不明だけどさ」
「そんな急ぐ必要も無いって事っすかねぇ……」
「みたいだな……」
「なんかお疲れ様。
あー……それでね? その書類の事なんだけども……」
3人は書類が入ったファイルを抱えながらこちらに目を向ける。
「今苗さんが言ったけど、そんな急ぐ必要はやっぱりないっていうか……ほら、3人共狩猟免許をとか取ろうとかって話してたしさ。むしろ今は3人にとって時期が悪いと思うんだよね?」
『あー……』
3人もそれに思い当たったのかお互いに見つめ合った。今度はこちらではなく3人の都合が何かと忙しい時期だ。
「せっかく新しくやる事を決めたっていうのにその書類の奴はちょっとねぇ……。お礼を考えてくれるのは嬉しいんだけど今はそっちのやるべきことに集中した方が良いんじゃないかな? 自分の方はこれからマイペースに探索も出来るようになったしさ」
「うーん……どうしよう?」
「確かに時期が悪いっすよねぇ……」
「妊娠したら猟師とかは無理だろうな……」
3人が互いにどうするかと頭をつき合わせる。免許を取るまでは大丈夫だろうけど取った後が問題になるはずだ。それこそ免許を取った後仕事を始めてそっちが落ち着いた頃にどうするかだろうか。
それと唯さん達は納得し難いかもだけど親の園造さん達からはもう十分な程お礼というかいろいろと手伝ってもらったってこともあるんだよねぇ……。ゴーレムに武器に制作場所とかなり大助かりしてるし。
やはりお礼云々に関してはどうにかそっちの方へと持っていった方がいいだろうと頭を悩ます。どうにか唯さん達も納得してくれないものだろうか……。




