6話 魔法をいろいろ試してみよう(1)
しばらく魔法を成功させた余韻を味わうと、将一は目の前から消えた草があった場所を見つめる。
これで送ることはできたのだ。だが転送魔法は行ったり来たりするものだと思っている将一は、次の段階としてさっきの逆を試そうとする。
「送ったはいいが持ってこれませんでしたじゃ使い勝手悪いからな。ふくろに入れたものが取り出せないとかバグもいいところだ。そんなことないようにしないと」
将一は胡坐をかき、両手を前に出して目を閉じ集中する。イメージするのはあの世界に落ちているであろう先ほど送った草。あれを今度は自分が転送された時を思い出し、同じようにこちらに転送するイメージ。
落ちてる草の下に転送陣をセットし準備完了。これで目の前に出現させる前段階は終わった。
「よしっ! 来い、草!」
そう言葉にし目をそろそろと開ける。するとそこには先ほど転送し消えたはずの草が落ちていた。
「よっしゃぁッ! これで送るのも戻すのも出来た!」
前に突き出していた両手で膝を叩き、実験の成功を喜んだ。これで転送の感じはなんとなく理解した。後はこれをもっと手早くできるように練習することに精を費やす。何しろ周りは草だらけなのだ。今日1日やり続けたとしてもこのうちの何割削るれるのかすらわからない。
感覚を覚えているうちに何度も練習しようと、再び草の前に両手を突き出して転送を繰り返す。
しばらくその草を使って何度もやっていると、『消えろ』『来い』の言葉だけで草を移動させることができるようになった。
転送実験としてはとりあえずの目途がついたため、次の段階に進んでみることにする。
将一は立ちあがると、目の前にいくらでも生えている草を見つめる。そしてそのうちから1掴みほど手にすると、先ほどと同じ要領で転送をさせてみようと試みる。
「よし、試してみるか。
草よ、今掴んでいる分まとめて根っこごと消えろッ!」
1本の次は複数を消すことができるかどうかの確認を検証してみる。イメージ通りなら今掴んでいる草が根っこごと転送されるはずだと。こちらも複数は初めてなので口に出してイメージしやすくしてみた。
そして言葉の終わりと同時にイメージを終えると、将一の手の中から1掴み分の草はしっかりと消えていた。
「よしよし、いい感じだ! 次は今のを持ってこれるかだ。ちゃんと想像通りできてるといいんだが…」
今やっている検証がうまくいっていれば目の前の草を一気にどうにかできると期待に胸を膨らます。成功していることを祈ってこちらに出す準備をする。
「うまくいってくれよ…。草1掴み分、来いッ!」
手を前に出した状態で、先ほどの草の束が現れるようイメージをする。その言葉を言い終えた次の瞬間、手の先に先ほどの草束が現れた。その草束は現れると、すぐに重力に引かれて地面に落ちていく。
将一は地面にかがむと草束の下の部分、根っこが付いているところを確認する。
「…よし! ちゃんと根っこも付いてるな。それに最初抜いた1本と違って根がずいぶん長い。イメージは最初の草の根っこだったけど、こっちのが長いってことは言葉でしっかり言ったほうが転送魔法はそっちを優先してやってくれる感じか? まあ地中の状態とか把握できんし、イメージはどうしても中途半端になるからな。これからは言葉を言ってからやってみるか」
満足した顔で、地面に落ちている草束を掴むと目の前に持ち上げる。地上の草の長さが表すように、根っこの部分もずいぶん成長しているようだった。30㎝近くの網目状の根が1掴み分ある様は壮観だ。
成功したことに喜びはあるが、今はこれを次々繰り返すことを優先しようと手の中の草束をまた転送する。できると納得したからか、こちらも消えろと言うと先ほどと同じように瞬く間になくなった。
引き抜いた状態での転送も、地面に生えている状態での転送もできると確信した将一は、目の前を遮る草むらの前に立つ。
「さてと、いよいよ本格的にやってみるか。地面にくっついた状態でも可能だったしな。
とりあえず、あのポンプ…なのか? あそこの分まで終わらせてから休憩しよう」
一応の目安を決めると、将一両手を前に出す。複数を転送させることも可能だとわかった今、一気にやってみることにした。
範囲の指定は目の前の草むら1m四方を根っこごと。だいたい両手をそれぐらいに広げ、転送を始める。
建物の屋根の部分まではだいたい5~6mほどある。今やった転送を5~6回繰り返してみることにした。
結果、転送はうまく行われた。石畳から1mの幅で草むらが綺麗になくなっており、数十年ぶりに大地が顔を見せた。
「ふう…とりあえず終わったぁ。それにしてもここの部分だけ綺麗に草がなくなったのは違和感すっごいなぁ。
で、この屋根はやっぱりポンプ小屋で正解だったか。今じゃこんな風に水を汲むことまずやらないから新鮮だな」
草を転送し終え、目の前に姿を現したポンプ小屋。こちらも数十年の間にところどころ錆が浮き出ており、蔦が無数に絡まっていたが何とか判別できるというありさまだった。
人が使わなくなって何十年も経ち、錆付いて動かなくなり、ただ自然の中に呑まれてゆくだけだったポンプを前にして将一はどうにかできないかなぁという考えが浮かぶ。できれば動くところを見てみたいと。
とりあえず先ほどまで草を転送させていたこともあるし、目の前のポンプ小屋に絡みついている蔦を転送させようと試みる。
蔦の転送は滞りなく終了した。草が蔦に変わっただけとわかりやすかったので、失敗する心配もさしてなかった。
そして蔦が取り払われ、ポンプの全体像が姿を現す。
本体は完全に錆び切ってしまっており、力を入れるとその部分がもげるのではないかと思うほど今の状態は酷い。現に蔦がなくなったからか、抑えているものがなくなりポロポロと錆た部分が崩れてきている。
「これは触らんほうがいいな。水源が枯れてないなら頑張れば出るんだろうけど、水が出てくる前にポンプの方が持たなさそうだ」
どうにもならんと、珍しいものが見れただけで満足とポンプ小屋を後にする将一。
草を転送させて露出させた地面を歩き、石畳のところまで戻ってきた。
とりあえずの目標は終わったと伸びをして体をほぐす。自覚がなかったがどうやらそれなりに気疲れしていたようだ。体が元のままだったらもっと疲れていたのだろうかと、改めてこの体に戻れて安心してしまう。
別世界に来てからやったことが住居の確認と、魔法を使っての掃除という…なんとも自分の思っていたこととは違っているがひとまずは区切りがついたかと思い気が緩む。
すると突然おなかの音が鳴る。今まで感じなかった空腹感が将一を襲った。
「…そうか。そういや買い物に出かけたのは店開いてすぐだったっけ。自分が死んでからそういやどれぐらい時間がたったんだ?
神様の所では死んでたんだから関係ないとして、体としては死ぬ直前、だいたい10時半ぐらいの感覚だったんだよな? こっちに来てからしばらくしたけど、どれぐらい時間が過ぎてんだろうか? いや…そもそも今日は何月何日なんだ? 年とかもさっぱりだな」
将一は、さて困ったと考える。
食事については1日ぐらいならどうにかなるだろう。水も魔法で多分出せるはずと。飲めるかどうかの確認ぐらいはしておいた方がいいと思い、この後試してみることに決める。
時間や暦についてはどうしようかと考え、ふとポケットに手を突っ込むと硬い感触が指に触れた。
「ん? これ…自分のスマホじゃないか。そういやポケットに入れてたっけ」
ズボンからスマホを取り出し電源を入れてみる。しかしスマホがあったからと言ってこの世界の時間と同期しているわけではないだろうし、時間の確認にはならないなと再びポケットに戻したその時。将一はあることを思い出した。
それは固定概念にとらわれてはいけないということ。時間の確認も魔法でいけるんじゃないか? と。
「自分がやってたゲームじゃ時間を知るのはシステム内に元から組み込まれていたから気にしなかったけど、魔法使えばこういうこともわかるんじゃないのか? 試しに…」
将一は目の前に腕を持ってくると、腕時計を確認するようなしぐさでイメージを考える。そして魔法を使うと意識しながら「現在時刻表示」と口にした。
「……出てきた。魔法ってやっぱりこういうこともできるってことなのか…」
手の甲からだいたい3㎝ほどの所に時間が表示されている。アナログの長針短針タイプではなくデジタルの表示で現れており、秒を知らせる部分が目の前で変わっていく。
これが本当に現在時刻なのかどうかはわからないが、魔法での時間確認ができることはこれで分かった。
今は時刻表示としか言わなかったからこれだけの情報なのだろうかと、映っている時間の上に現在の年と日付を付け加えるように魔法を使ってみる。
すると、時間を表示していた上の所に新たな数字が付け足された。
「……これを見るに、自分はどうやら同じ年、同じ日に転生したということになるのか。まあ違いがないならそこまで気にしなくても大丈夫かな?」
とっさに思い付いたことだが、魔法で時間が知れたことはありがたかった。いずれ町に下りてその辺の確認はしないといけないが、今は疑問が少しでも解消されたことを喜ぶ。
「時間もこれを信じるとして…もう1時か。かれこれ死んでから2時間半経っていたのか。気分的にはもっと時間経ってるような気もするなぁ」
時間の確認はもういいだろうと消えるようイメージし、終了と口にする。そう言うと腕に表示されていた時間はすぐに消えた。
たった1回だけだったが、腕時計を確認するようなしぐさだしそう難しいそうなことではないかなと感じた。
時間についてはこれでいいだろう。次は先ほど確認しようとした飲み水の魔法はどうだという疑問だった。