503話 田々良家にお呼ばれ
「よっしゃ! それじゃあ乾杯だ!」
「乾杯」
『いただきまーす』
明人さんの出してきたコップにカチンッとコップを合わせる。最初は良く冷えたビールから飲むのが明人さんの飲み方なんだそうな。
田々良家へやってくるとすぐさま夕飯の時間となって早速ビールを空けての飲酒が始まった。同じ席に香苗さんと苗さんもいるけどろくに挨拶も出来ていないんだよなぁ……。
とりあえずまずは1杯という事で、コップに入ってる分をさっさと飲み干してしまう事にした。
「良い飲みっぷりだな。ほら、おかわりだ」
「どうもです」
「お母さんからは聞いてはいたけどなんだか唐突っすねぇ……いつの間にそんな仲良くなったんっすか?」
ご飯を食べながらこちらに聞いてくる苗さん。いつの間にと言われてもなぁ……。
「元はと言えば苗……お前が石田さんに助けてもらったからこうなってんだぞ? まぁ……後は俺が武器なんかを作ったりと、探索者との間で関わりのある仕事をしてっから自然と話す機会が増えたって感じだがよ?」
「やっぱり前回のおもてなしだと物足りなかったっていうのもあるからねぇ……。明人さんに機会があればまたお連れしてとはお願いしてたのよ。
森田さんの所ではお昼でしょ? 浅田さんの所ではお夕飯を一緒にしたって言うし、家ではまだ何も出来ていなかったっていうのが私としては気にしてるのよ」
「そう……っすか……」
親2人にそう言われなんとなく縮こまる苗さん。この話題を出されると心配をかけてしまった側の苗さんとしてはあまり口を出せないって所らしい。
「いやぁ……前回は慌ただしいご挨拶になってしまってすみませんでした。こちらとしても日を改めて来た方が良いなぁとは思っていたんですが」
「いえいえ、こちらが何もお構いできなかったと思ってるだけですので。石田さんはそうお気遣いせずゆっくりなさってくださいね」
「今日はこっちから招待したわけだからな。遠慮せずゆっくりして行ってくれ」
「やけにおつまみ系ばっかり作ってるなぁって思って見てたっすけど、無茶苦茶飲む気っすね。冷蔵庫の中はお酒の缶だらけだし……どんだけ買ってきたんっすか?」
「とりあえず1箱よ。苗にもいくつかお願いしたでしょ?」
「サワーやらチューハイやらウイスキーやらいろいろと頼まれたっすねぇ……石田さん好きなお酒ってなにっすか?」
「そうだなぁ……よほど度数の高くないお酒ならまぁ飲むかな? そこまでお酒に強いってわけでもないからね」
「ワインなんかも赤白ロゼと揃ってますからお好きなのを手付けてくださいね」
キッチンへ続く通路にクーラーボックスが置かれておりそこへ視線を向ける香苗さん。飲みたいものはあそこから取り出してくるとの事だった。
「ツマミも和風系の煮物から中華系の点心、洋風でチーズやらサラミもあるぜ。飲みたいもんに合わせて手ぇ付けてくれや」
明人さん達としてはそこからこちらの好みもある程度わかると思いいろいろと用意をしたのだろう。好意を無下にするのも気が引けるとあって、せっかく用意をしてもらったのだからと礼を言ってからコップの中に入っているビールを飲み干した。
酒自体は嫌いではない。前後不覚にならない程度で頂くとしようと、缶ビールを空けて自分と明人さんのコップに中身を注いだ。
「ンッ……ンッ……ンッ……プハァッ! やっぱ冷えたビールは最高だなぁ! ちっとは涼しくなったって言ってもまだまだ暑いのは変わらねぇぜ」
「明人さんはお仕事でも火を使いますしねぇ。夏場真っ盛りなんて地獄のような暑さだったんでしょうね」
「クーラーをつけてても熱に負けてっからなぁ。扇風機も角度によっちゃ熱風が来てマジでしんどいぞ」
「武具作製お疲れ様です。私の注文したファイアーゴーレムの金属なんて通常よりも時間がかかったんですよね?」
「まあなぁ……。火や熱に耐性があるから溶かして成形して焼き入れと……手間がかかる素材にはちげぇねぇな」
「いやはや……有難く使わせていただきますね」
「おう」
鍛冶職人の夏は大変なんだなぁ……と、使う側からすればその苦労はよくわからないが、暑さ自体は広場でも汗水を垂らしていたりするので一応わからなくもない。あの広場でキャンプファイヤーでも起こしているぐらいだろうと想像すると一気に気が滅入ってしまったが……。
そんな灼熱地獄の帰りに飲む酒がまずいわけがないと一酒飲みとしては共感できる。夏場の暑い日ほど美味しいビールは無いよな。
「石田さんファイアーゴーレムでなんか作ったんっすか?」
こちらの飲みに便乗して自分でもちゃっかりと缶ビールを確保している苗さん。こちらもゴクゴクと喉を鳴らしてコップのビールを飲み干すとそう聞いてきた。ビール好きは明人さんの影響なのかな?
「ゴーレムの武器を更新してね。形状的にお店の前に出てるようなあんな旗の形をした大剣? 大斧? まぁ、そんな感じの武器を作ってもらったってわけ。さっき届いたからテストもまだなんだけどね。
明日にでも管理部の地下にある訓練室でちょっとテストしてみようかなって思ってる所」
「へー、ゴーレムの武器更新したんっすか。ファイアーゴーレムっすか……あれ相手にし辛くて嫌なんっすよね」
能力的にも苗さんだとあれの相手は大変だろう。自分より大きかろうと生物系のそんなモンスターの方が苗さんには向いてるだろうな。
ゴーレムのような無機物系モンスターの相手は一撃の威力か遠距離攻撃でもないと面倒そうだ。
「望ならハンマーをもってぶっ叩いたりが出来るんすけどね。それでもファイアーゴーレムは近づくのが嫌っすから」
「暑いからね。洞窟エリアで気温が上がったと思えばそう言ったモンスターが居るとわかりやすいんだろうけどさ」
「溶けた鉄とかも種類によっては飛ばして来るっすからね。アイツ等の武器っすかぁ……」
「苗にとっちゃもう相手をすることもねぇんだろ? あんまり気にすんじゃねぇぞ」
明人さんがそう言いながらビールを飲み干す。おかわりを明人さんのコップに入れながら考える。正直もう関わることが無くなってホッとしているんだろうなぁ……。
そして自分が探索者の武器防具を作る以上その手の話題は避けられないと。ダンジョンであんな体験をした以上、こういった話題は明人さんもしたくないと内心では思っているのかもしれない。
しかしこの世界で生きている以上ダンジョンの話題から逃れる事は出来ないだろう。テレビを点けるだけでも否応が無しに耳へと入って来るのだから。
ダンジョンとは関係のない仕事に転職をしたとしてもどうにもならないだろうね……。なんとか折り合いをつけるしかないというわけだ。とはいえ……。
「あんまりこの手の話題はしない方がよろしいでしょうか?」
「ん? いや、石田さんが気にする事じゃねぇよ。街を歩けばダンジョン産の何々だとか嫌でも耳に入るんだ。看板だってそこら中にある。ダンジョン街から引っ越せば少しは少なくなるかもしれねぇがそれでも0じゃねぇ。完全に関わらねぇで生きるなんて山奥でひっそり生活するんでも無きゃ無理ってなもんだ」
「私もそこまで過敏じゃないっすよ。ただ探索者としてダンジョンに潜る気はもうないなぁ……ってだけで」
「苗もこう言ってますし石田さんはあまりお気になさらないで結構かと。本当に関わるのが嫌なら既にダンジョン街から引っ越しぐらいしていそうです」
3人からも気にするなと、そう言われてしまい逆に畏まってしまった。確かにずっと気を使ってるとか、それをするぐらいならまず家に来ないだろうけどさ。
自分の方が気にしすぎなのだろうかと、そう思いながらビールへと口を付ける。普段とはなんだか別の意味で苦い物を感じながら喉の奥へと流れていった。
「香苗の言うようにダンジョンそのものを嫌悪してるんだったらまずはダンジョン街から引っ越してるだろうよ。まぁ、魔石だったり食材だったりで結局はどうしようもないがな。俺だってダンジョン関係以外の鍛冶仕事をしてても魔石の粉末とか鉄材からは逃れらんねぇし」
「生活にかなり密着してますからねぇ……」
「そうそう。それに空を見上げれば嫌でも天高く伸びてるあの光が目に入っちまう。正直山奥に行ってもダメだな。行くんなら空も見えねぇ地下になりそうだ」
「洞窟エリアで散々地下は見てるからそれもどうかと思うんすけどねぇ……」
「それもそうだな……」
室内なんかでもずっと居ると息がつまるとあって別の意味で洞窟エリアを思い出すという話だ。地上も地下もダメと既に手遅れ状態だ。
以前コンビニで聞いたようなモンスター拒絶症のような症状を患ってしまうとかなり生き辛い世界となりそうだ。空に伸びてるあの光ですら憎しみや恐怖の対象となってしまうって事だからな……。
苗さん達がまだそこまでいってないのが救いだったと、関わった自分としてはそう思うしかなかった。
「だぁぁぁっ! やめだ、やめっ! せっかくの飲みが辛気臭くなっちまう。ほれっ! 空気の入れ替えに別の酒でも飲もうぜ。香苗、別のコップ取ってくれ」
「はいはい」
そう言って香苗さんから貰ったコップに別の酒を入れ始める明人さん。今度はウイスキーか。
「なんかで割るか? お湯、水、炭酸、氷と用意はしてあるぜ」
「では最初は水割りでお願いします」
「じゃあ入れてきますねー」
香苗さんはそう言うとこちらのコップを持ってキッチンへと向かった。いきなりロックだと濃いからね。
「しっかしなぁ……石田さんから注文貰った武器を作ってても思ったんだけどよぉ」
「どうかしましたか?」
何か製造の段階で問題でもあったのだろうか?
「いやな? 鍛冶仲間での話なんだがよ。最近ゴーレム用の武器を作ってくれって話がちらほらあるんだとか」
「へー……」
原因には思い当たりがあるが黙って続きに耳を傾ける。苗さんも同様だ。
「店で売ってるのは人間サイズのもんがほとんどだから持ち手の握りが小せぇんだわ。武器自体も人間用に作ってあるから重量なんかも重くしてほしいとかな。ゴーレムなら基本が怪力の能力者が使うような武器だろ」
「まぁ、そうですねぇ」
「鈍器系はそれこそ土の能力者が適当に作ったもん持たせればいいから注文があるのは刃が付いた武器だな。最近そっちの注文なんかが来るようになったらしいぜ。まぁ、誰が欲してるとかは言えねぇが」
「そりゃそうっすね」
誰かはわからないがそう言った注文が明人さん達鍛冶職人の間ではちらほらと耳に入っているらしい。
鈍器系の武器でもゴーレム用に太くしてくれとか、中にはゴーレムそのものを連れてきてこいつに合わせてくれとかそんな話もあるのだそうな。そう言えば米田さん達もアイアンゴーレム製のトンファーを取り付けたって前回の探索で言ってたけど何とも思われなかったのかね?
何とも不思議な事になってやがると口にしながらウイスキーを飲む明人さん。事情を知っている身としてはその疑問に答えられるのだが、軍の発表があるまでは黙っていることにしている。
苗さんも駒というマジックアイテムを知っている側だけになにか言いたそうな感じだった。自分の個人倉庫の中を見ているのもあってかゴーレムの有無に関しては一目瞭然だからねぇ……。
不思議ですねぇと言いつつ、香苗さんから受け取ったウイスキーの水割りを口にする。
駒を手に入れた探索者がゴーレム用の武器を求める。ゴーレムに関して何か起きている事がもろわかりだなぁ……と、軍の発表がいつになるのか何とも気になるところだった。
この分だと園造さんの方もいろいろと疑問を感じてそうだよねぇ……。




