43話 山の自宅の拠点化作業
「……行けたかな?」
転移魔法を使ってポンプ小屋の前まで飛んだはずの将一。うまくいったかなぁと、恐る恐る目を開いた。
「おお…ちゃんと行けたっぽいなぁ。しかし相変わらずここは真っ暗だな。月と星の明りがあるとはいえやっぱり外灯の1つは欲しいか…」
先ほどまでいた部屋の中とは違い、いきなり木々の濃い匂いが鼻に届く。視界は相変わらず暗いままだが、匂いだけでも既に別の場所に行けたと実感できた。
とりあえずこうも暗くては歩くのに不便で仕方ないと、魔法で光を出現させる。こちらはこちらで相変わらずよく光ってんなぁ…と思った。
「どうせ街から見えるわけでもないし、時間が来たら光りが点くよう玄関にでもセットしておこうかな? まぁ、来た時に光の魔法を使えばそれで済むっちゃ済むんだけどな。
とりあえずそれは後でいいか。まずは布団布団っと…」
ここに来た目的だけは済ましてしまおうと、出る前にしておいた縁側の雨戸を開ける。
今更だが…この家に鍵が何もないことを少し不用心すぎたか? と思った。玄関にしても鍵なんてなかったように見えた。内側からならいけるのかもしれないが…
人が来るようなところでもないしさして問題はないのかもしれないが、こちらも対策は何かしておくかなと頭の片隅に置いておく。
「よし、これでいいな。明日はこいつを持って帰ってあっちの住居に置けば向こうでも寝れるようになるか」
どうせここにいるならと、表と裏の雨戸だけは開けておいた。保全の魔法がかかっているから掃除の必要はないが、なんとなく風通しはしておきたいと思ってしまう。こればかりは気持ちの問題だと納得する。
雨戸と障子を全開にし、そこに布団を敷く。今の季節なら開けておいても風邪をひくこともないと解放感を優先させた。
「これで寝る準備はできたわけだけど…う~ん、まだちょっと寝るのには早いんだよなぁ…。いくら明日用事あるからって、9時に寝るとか今時小学生でもしないわなぁ…」
夕飯を終え返ってきたのが7時過ぎ、そこから無駄に悩んだ時間…2時間程。
家を出る前にも携帯で時間を確認したが、やはり9時を過ぎたぐらいは変わらない。流石にまだ眠気は来ていなかった。
ちなみに電波状況も確認したが、しっかりと圏外マークが表示されていた。
「どうせだし確認し忘れたこの家の散策でもしますかね。
家の電話番号聞かれた時も思ったけど、ここの電話線って絶対今通ってないよなぁ…」
電波もそうだが、電話線を新たに引き直すとなれば業者の力が必要不可欠なはずである。現状どうすれば山にまで人員を割いてくれるか、そこだけは案が何も浮かんでいなかった…。
しばらく家の中を歩き回り散策し終えた将一は、縁側に腰かけて眠くなるまでぼーっとしていた。
「電話はあったけど案の定回線通ってなかったなぁ…。元の持ち主が家を出るときに持ってかなかった物も物置で見つけたけど…今となってはそこまで必要ではないしなぁ。地図とか古すぎて今じゃ使いもんにならなそうだし…。
一応見て回ったけど役に立ちそうなものはなかったな。どっちかって言うと納屋の方がまだ使えそうなもの眠ってそうな気がするな。今度探すときはそっちをいろいろ見てみるかね」
体勢を崩し、縁側に寝ころび空を見上げる。街からも遠く離れ、光がまったくないここは空に近いおかげもあってか星が良く見えた。
街から離れてるがゆえに見れるこの星空は将一の気持ちを落ち着けさせてくれる。ここにいると時間がゆっくりに感じられるので、考え事をするには最適だなと思った。
「誰にも邪魔されずやることを忘れさせてくれるのはいいんだけど…せめて携帯の電波ぐらいは何とかしておきたいなぁ。
衛星通信とかできればここでも普通に使えそうなもんだけど流石に無理だよなぁ…。
んー……電波って魔法でどうにかなる代物なのかなぁ? 電波って電気エネルギーが伝わってるもん…だよな? なら雷系の魔法で代用できないかぁ? 一応理屈の上では可能な気がするんだよなぁ…」
静かなところでゆっくり考えることができたおかげか、携帯の電波をどうにかできるかもしれない案が思い浮かんだ。
おそらく市や県にお願いしても希望が叶う可能性は低いだろうし、自分で何とか出来るならなんとかしてみたい。
そんな考えから、思い立ったら吉日と試してみることにした。ダメでも今と状況は変わらないのだ。どうせ眠るまでの暇つぶしと考え、魔法をどういう風にするか想像する。
「電波なんて目に見えるもんじゃないし、場所は何処でもよさそうだよな。どうせだからタワーみたいな形にしてみるかぁ。形さえ想像できれば土魔法でいけんだろ。
それに電気纏わすのか? いや…そんなバチバチしてそうなのは危なすぎんだろ。あくまで雷属性を付加するだけであって帯電するようなもんじゃない…はず。
電気のエネルギーを携帯の電波に変換させて…それを街まで飛ばす…って感じか? 後は…遠くの電波を引っ張ってきて…周波数を合わして受信できるようにする…といった感じでいけるか?」
一応どういった形で運用できるのかといった想像をしてみる。理屈の上では今言ったことで出来るはずなのだ。街まで届けるのと引っ張ってくるのは少し怪しいが…そこは魔法、不可能を可能にしてもらいたいと期待する。
将一は庭に降り立ち、それなりに開けてる地面を前にして電波塔? を建ててみることにした。それに電気属性を付加させれば使えると信じて。
「とりあえず魔法だから関係ないんだろうけど…それなりに長い塔の方が電波拾ってきてくれそうだよな。まぁ、これは長かろうと短かろうと同じ役目をしてくれるだろう。とにかく作ってみるかね」
そう言って将一は街中でもよく見る鉄塔をイメージする。大きさは違うがこれが一番わかりやすいと。
そして「鉄塔よ出来ろ!」と言葉にする。イメージは周辺の大きい木より少しだけ長いくらいで。
その言葉の終わりと同時に、目の前に金属の塊が出来上がっていく。まるでイメージした形に液体金属が注ぎ込まれたかのような光景が目の前で起きていた。
しばらくして、見上げるほど高い鉄塔が出来上がった。
本物に比べればずいぶん細く、途中で折れてしまうのではないかという感じではあったが、そこは魔法で折れないように固定してやればいい。
「相変わらずすごいもんだなぁ土魔法での物作りって奴は。昼間訓練室で石の壁をどんどん建ててた人いたけど、土の能力者が集まれば簡単に建物が経ちそうだな。まぁ…建築士の言うとおりにやらないと耐久が怪しくなりそうだから専門家は必要だろうけども。
さて、まずは折れないよう固定化してそこに雷属性付与しなきゃな」
ずっと見上げていてもきりがないと、早速魔法をかけていく。うまくいけばこれでこの辺りにも電波が来ることになるのだ。
折れないよう魔法をかけ、次に電気エネルギーが電波として届いてくれるよう希望を込めて雷属性を付与する。これでうまくいってくれよ…と。
魔法をかけ終わり鉄塔の様子を見る。最初気にしていたような帯電も特に見受けられず、恐る恐る近づき適当なボルトを召喚すると鉄塔に投げてみた。
鉄塔に当たったボルトは雷が流れるようなこともなく、カンッ! といった音を出して地面に落ちた。
「…どうやら触れても問題はなさそうだな。これでバチバチいうもんなら即解体だったけどそうならなくてよかった…」
安全そうだというのがわかると、ゆっくりとだが実際に手で触れてみる。ゆっくりとした動きなのは静電気を感じたことがある人ならわかってもらえるだろう。
「…うん、大丈夫そうだな。あ! 携帯で確認しなきゃ!」
塔自体が大丈夫だとわかると、次は電波が本当に来ているかの確認のため携帯を取り出す。大丈夫なら電波が3本立っているはずだが…。
「……よっし! 電波MAX! うまくいってくれたな!」
手に取った携帯には電波の棒が3本しっかり表示されているのが確認できた。
将一は他の場所でも電波は大丈夫かと、携帯を見ながら庭を一周してくる。心配しながら電波の状況を調べていたが特にブレは感じられず、常に安定性を見せていた。
「フゥー…よかったー…これでここでも携帯がつながるようになったなぁ。県や市にやってもらわないとダメだと思っていたけど何とかなって助かったぁ…。任せてたらいつになるかわかんなかったもんなぁ。
あー…でも電話線は業者がいないと流石に無理だから固定の電話は諦めよう。ここの固定電話に掛ける人なんていないだろうしなくても変わんないよな。連絡先は携帯か貸し物件の番号で事足りるし」
無事にいって安心したのか、ドシンッ っと縁側に腰を下ろした。
これで気にしていたことが1つ片付いた。携帯が使えるのであれば、上田さんや管理部から連絡が来ても即座にわかる。
ここを頻繁に訪れていても問題がなくなった。
「この自宅にいても大丈夫ってのはありがたいわ。ゆっくり過ごすなら街よりは断然こっちだからなぁ…。不便は不便だけどほしいものは召喚魔法で手に入るし、人に見られないから魔法でいろいろやれるしな」
そう思うと急に閃いた。人に見られないようにこっちに訓練場を作ればいいのではないかと。
管理部の訓練室は表に出す土と水の魔法しかすることができない。あちらは人の目がありすぎる。その点、こちらなら背の高い木々が周囲を隈なく覆っており見られる心配は皆無だ。
「えーっと…木々とこの土地との間に見えない障壁でも張って、魔法が森に行かないようにすればいろんな技が試せるよな? 裏庭の地面めっちゃ広かったし、畑があったところは埋めて慣らすか? まぁ使ってて足りなければでいいか」
流石に今からは暗くて危ないこともあり、敷地内の境界を確認しに行くのは明日に回す。
魔塔(命名)を作った事で意外と気持ち的に疲れていることもあり、今日はこれで休むことにする。今なら程よく疲れているし眠れるだろう。
「ここ出発した時と同じように明日朝風呂入ってからだなぁ。露天風呂はそのまま残してあるしお湯入れればすぐにでも使えるだろ。あー…どうせだから隣にシャワー室作ってみるかぁ。ここの風呂場小さかったからなぁ…どうせならでかいほうが使いやすいし。内風呂は天気が悪かったり寒い時に使えばいいや」
明日の事は明日考えようと縁側から引き上げる。思いのほかやることに進展の兆しが見え、うまくいってると喜んだ。
これで後は明日やる訓練場づくりに目途がつけば順調に拠点化が進むなと思った。
神様から最初にこんなボロ屋貰っても…と思ったがこうまで変わるとは思わなかった。まさしくこの世界における拠点が出来上がりつつあることを神様に感謝し、明日の境界作りがうまくいくことを願って床に就いた。




