426話 ご紹介の物件は? 1
「あ、どうも石田さん、おはようございます。今日も暑いですねぇ」
「おはようございます、幸作さん。そろそろ涼しくなって欲しいものですけどね」
連絡を貰った次の日。探索者の多くが管理部へと詰めかけている中、自分は別の用事で浅田家に訪れていた。
家の前に車を止めると窓を開けて挨拶を交わす。暑いのに家の前で待ってたのか?
「もうすぐ着くという事でしたのでお待ちしてましたよ。一度家の中に入って涼んでかれますか?」
「いえ、せっかく待っていてくださったようですからそのまま行きましょう。あー……でも奥さん達に一度ご挨拶だけはしておいた方が良いですかね。奥さんや望さん、叶恵ちゃんは中です?」
「望は森田さんの所へ遊びに行ってますね。叶恵も連れて行きましたから家には妻1人だけですよ」
「へー、叶恵ちゃんも行ってるんですね」
内向的な叶恵ちゃんも遊びに行ったという一言に若干驚いた。連れて行ったという事は本人はあまり気乗りしていなさそうだけど知らない間柄ってわけでもないしまだマシかもな。
そういや叶恵ちゃんにゴーレムを云々ってのはどうなったんだろうな? 森田家ならいろんなゴーレムがあるだろうから参考になったり? 掃除もしておくって言ってたしな。
ともかく家の中には奥さんの幸さんが1人だけらしい。旦那さんをお借りしますって一言だけ声を掛けておくとしようかね。
玄関で挨拶だけ済ませると言って車を降りる。幸作さんにはクーラーの利いた車内で待っていてもらうとするか。
車に幸作さんを待たせた状態で玄関へと向かう。どれぐらいかかるかわからないけれどしばらくの間旦那さんをお借りしますよ。
「そこの道を次左へ行ってください。その後はしばらく道なりです」
「わかりました」
幸作さんのナビを頼りに目的地の場所へと車を走らせる。やはり行き先は工業地帯の当たりらしいね。
「先方の不動産会社の人に軽く聞いたのですけども、どうやら今から見に行く倉庫は少しばかり手直しがいるそうです。なんでも屋根の部分が少し脆くなっているとか」
「穴でも空いたんですかね? 確かにそれだったら雨なり雪なりが入って来て困りますか」
目的地へと向かうがてら、今から見に行く所の情報を幸作さんから教えてもらう。幸作さん自身も詳しくは聞いていないようだけどね。
屋根が脆いという話だけど確かにそれは少しばかり問題だわな。ゴーレムの作製にはそこまで影響は出ないかもしれないけど雨漏りがしてるような建物ではね。直すのはそこまで苦労しなさそうだけどさ。
「修理後に倉庫の買い手なり借り手を募集するとすぐ埋まりそうだという事で少しばかり無理を言って見せてもらうよう頼みまして。不動産側もお客に見せるのであれば修理後の見栄えが良い時がいいでしょうしね」
「わざわざご無理を言って話を通してくださり申し訳ありません。流石にそこまで急ぎという事でもなかったのですが……」
「望から近いうちにと聞いていたものですので、それなら早いに越した事は無いかなぁ……と。丁度うちの会社に修理依頼が来ていたので修理の下見という事に。ついでにお客も連れてくると言って話を通しました。
ここが石田さんのご要望に合う物件だといいのですが……」
「そうなんですか。私の方としては内部がそれなりの広さであればそれで構いませんので。
やはり見るべきはその脆くなっているという屋根の部分でしょうかね? 外側はどんな感じなんでしょうか?」
条件としてはゴーレムを作って立たせられる広さがあればそれで問題はない。トラックを何台も停めておけるようなスペースとかも要らないしな。
「外側の部分は塗装が少し剥がれている程度だと言っていましたね。ペンキを塗るにしても全体を塗り直す必要はそこまでないかと。まぁ、その方が見栄えは良くなりますが。
窓は高所に数カ所。設置されている発電機に火魔石を入れれば電気で空けられる仕組みのようです。日光の取り込みは正直言ってそこまでではありませんが……まぁ、倉庫ですからね。遮光板もスイッチで操作が可能だそうです」
「物を保管するのであれば日光は天敵ですからね。屋根の穴も困りものですか。私としては物置に使う用途は少ないのでまだマシですが」
「ゴーレムを作るというのであればむしろ日光を取り入れて作業をしたいかもしれませんね。そういった意味だと開閉式の屋根がお勧めではありますが」
「流石にそこまでは要りませんかねぇ……明かりもライトで十分でしょうし。照明関係って聞いてますか?」
「天井にいくつか設置されてるそうで明るさ自体は確保されているようです。こっちも発電機を動かせば正常に作動するとは聞いていますよ。取り換える必要は特に無いとのことです」
ライトがしっかり点くのであれば問題は無い。倉庫用の発電機用に火魔石を用意しておかないとな。
天井の修理さえOKならばそれで問題ないように思った。発電機も備え付けが付いているのであれば用意するのは火の魔石だけでいいわけだ。
「内部は雨漏りもあるようなので一度業者を入れないといけないそうですけどね。物の運び出しは全て終わっているようです」
「元々は何の倉庫だったんですか?」
「資料によるとお菓子系の一時保管庫だったようで。雨漏りによって段ボールが濡れて積んでいた物が崩れてしまったらしいです。災難ですね」
「雨漏りによる直接の被害は無くても他の段ボールによって潰されたんですかねぇ……確かに災難か」
紙は水に弱いからいくら強度のある段ボールとはいえ雨漏りはまずいよなぁ……。段ボールが崩れたことによる落下となれば雨に直接濡れなくとも被害は甚大そうだ。保管ケースが紙の場合は水気厳禁だな。
「うちの会社が建てた倉庫でなくてホッとしてますよ。自然劣化ならともかくそうではないって事ですからね。周りが大丈夫なだけに屋根の部分も問題なしと判断されたんでしょうね」
「屋根全体の見直しも必要ですかねぇ……まぁ、その辺は建設関係の人に見てもらうしかないわけですが」
「直すとなれば鑑定の能力者に来てもらってしっかり確かめますとも。うちの会社は安全安心がモットーなので」
「そういつは頼もしい事です」
能力でしっかり見るのであれば安心と思った。最初に建てた時は屋根の部分の鑑定はおざなりだったっていう事なんだろうか?
最終的には自分でもしっかりと鑑定しなおした方が良いのだろう。この倉庫を使っていた会社も独自に鑑定しなおしていれば防げた事故かもしれないな。
「外的要因による雨漏りとかは流石に鑑定したとはいえどうにもなりませんけどね。あ、そこの道に入ってください。それでしばらくいった所が目的地です」
「わかりました」
目的地まではもうしばらくという事らしい。工業地帯とはいえ街の中心部に近いのは有難い。確かに修理を終えたらすぐにでも買い手や借り手が付きそうだな。
いったいぜんたい実物の建物はどんなものなのかと思いながら幸作さんの指示した道へと車を向かわせた。不動産会社の人はもう来ているようだしこっちも早めに行くとしようかね。
「お待ちしておりました、浅田さん。ご予定の時間より若干早いですね」
「どうもどうも、お待たせして申し訳ない。そちらは何時ごろお着きになったので?」
「私も今しがたですね。車の中で涼んでいました」
「そうでしたか。ああ……ご紹介します。こちらがこの倉庫を見たいとおっしゃっている石田さんです」
そう言ってこちらを目の前の女性に案内する幸作さん。この人が不動産会社の人らしいね。
「石田です。今回はちょっとご無理を聞いていただいたようで申し訳ありません」
「いえ、お客様がご覧になりたいと言うのであれば私共はご紹介するのが仕事ですので。申し遅れました、こちらの物件を担当している沢田と言います」
そう言って沢田さんがこちらに手を差し出してきたのでそちらを握って握手を組み交わす。幸作さんの知り合いという事だからそこまでお堅い紹介にはならなさそうで安心した。
「沢田さんは元々私が勤めている会社の経理を担当しておりましてね。元同僚という事なんです」
「そうだったんですね」
「建てる側から建物を紹介する側に変わりまして。浅田さんから紹介出来る倉庫は無いかと聞かれましたので今回ご紹介させていただきました」
「本来であれば直した後での紹介という事なのに済みません。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。それでは早速ご紹介させていただきますね。とは言っても、もう目の前に見えていますが」
そう沢田さんに言われて改めてその建物を見上げた。優に10mはあるだろう倉庫だ。大型ゴーレムを作るにしては大き過ぎるぐらいだな。
とはいえ、今後を考えればこれぐらいはあったほうがいいかと思いながら倉庫を見上げる。大は小を兼ねるとも言うしな。
「まずは正面のスペースですね。トラックが2台ほど停車出来るスペースがあります。一時保管庫として使われていたので大量のトラックを止めるスペースは不要と判断されたそうでこうなっています」
「私もそれほどのスペースは必要としていませんのでこれでも大きいぐらいですね。自分の車を停められれば十分ですよ」
「なるほど。それでは次に外装のご案内をさせていただきますね」
そう言うと3人で倉庫の周囲を歩きながら沢田さんの説明を聞くことにした。こちらの話は幸作さんに聞いた事と一致していたのでウンウンと頷くに終わった。ペンキの塗り直しは要らないかねぇ?
「次は内部ですね。浅田さんに少し聞いていらっしゃるかもしれませんが中は業者さんに掃除をしてもらう事になるかと」
「地面の修理が必要かもしれませんしね。多少の傷ぐらいであればそこまで大掛かりな事はしなくてもいいかもしれませんが」
そう言って内部の案内に移った。正面の大扉は電気で開けるらしくスイッチを操作する沢田さん。発電機に火魔石は既にセットされてるらしいな。
大扉を開けたそこは随分とガランとしていた。荷物は何もないので当たり前か。
「内部にあった物は既に撤去済みです。ただ砂埃が入り込んでいるので清掃は必要かと。それとこの床ですね」
「これが天井からの水漏れか……」
そこにはそれなりに水が溜まっている地面があった。外が暑いとはいえ蒸発するには内部は日が当たらないとあって水が今でも溜まっているらしい。以前の大雨の日の所為か、これ?
「屋根から水が漏れる以上そちらを修理しないとどうにもなりませんで。まずはそちらを修理してから内部の清掃となりますね」
「んー……ぱっと見問題があるのはそれぐらいですね。あの奥は何でしょうか?」
そう言って倉庫の奥にある扉の部分を指差した。外へ通じる扉なんてあっちになかったよな?
「ちょっとした小部屋ですね。数名でデスクワークをするのに使用されていたのかと」
「なるほど。あっちは問題ない感じか」
そちらにある机なんかも撤去済みらしい。必要ならこちらも自分で揃える必要があるわけだ。
とりあえずは一番気がかりの屋根を見た方が良いんじゃないかと幸作さんは提案してきた。確かに……幸作さんとしてもそちらが気になるのだろう。
3人して2階の通路に移動するため階段を上がる。幸作さんはそこから更に屋根へと上がるそうだ。見るのは良いけどここは気をつけないとだな。




