40話 夕食は管理部の食堂で…
「やっぱダンジョン産の料理食べるならまずはここからだよな!」
将一は再び管理部の前に来ていた。なぜまた管理部に来ることになったのか、それは夕飯をどうするか…というところから始まった。
貸し物件の契約をし終え、部屋の中でゆっくり休みながら将一はこれからどうするかなぁ…と考えていた。
住居の事も一段落し、あとは武器防具屋だったり夜間学校だったり街の散策だったりと特に急ぐ用事ではない。田村さんに言ったように自分のペースでゆっくりやっていけばいいことだけなのだ。
「そうなると今日はもうゆっくりマッタリでいいからなぁ。昼のモンスター肉のハンバーガー美味しかったし、夕飯はどこかでゆっくりしながら食べてきたいなぁ…。どこがいいかねぇ?」
田村さんにどこか美味しいお店を聞きに行く? 街を探索ついでに店を自分で探す? 知ってるお店に行く? 選択肢としてはそれぐらいだった。
「夕飯時だし今から聞きに行くのはなんか邪魔した気分になるから却下だな。
ならどっか探しに行こうかな? 時間は十分あるしそれでもいいんだけど、選択肢が逆にありすぎてどこ行くか迷うのよなぁ…。後自分が知ってる店に行くって言ったら…昼も行ったハンバーガー屋か管理部の食堂か? あー、そういや管理部の食堂ってこの街ができた時からある店なんだよな? 丁度管理部に用事もあるし、食事のついでってことで行ってくるのはいいかもなぁ…」
やらなきゃいけない事となるとどこか気が重くなるが、ついでと考えればそれほど苦に感じないのはなんでだろうか? 結局同じことなのになぁ…。
「神田さんがいれば早速情報収集できるかもだし、食堂に行けば一石二鳥の可能性もあるから気分が乗るのが理由か? まぁ別にいいか、用事はついでだついで。とにかく今は夕飯にモンスター料理食べに行くぞぉ!」
そうして行き先が決まり、将一は再び車を運転して管理部までの道をだらだら走っていったのである。
「で、今に至るってわけだ。今度はさっき入ったところと違う一般客の扉からだけど…なるほどね、こんな感じだったのか…」
車を駐車場に止めて、将一は一般客が入ってこれる側の扉を探していた。昼に来た時はこちら側を見ていなかったので見ておきたかったというのもある。
「管理部の建物だっていうのにここだけ普通のお店レベルで目立たせてんのなぁ…。モンスター料理有ります! ってでかでかと書いてあるし客寄せとしてはインパクトあるな。まぁこっちの人からしたら普通の光景なのかもしれんけども…」
将一からすれば目を引く売り文句だが、ダンジョン街にいる人からすればモンスター料理を扱っている店は普通に見ていそうだし、これが客寄せに役立っているかの判断は将一にはわからなかった。
「まぁ一般客用の入り口も見たことだし早速中に入って注文しますかね」
今はとにかく飯だ! という思考が強い所為か、興味が薄いことは頭から追いやられることとなった。
将一は扉を開き店の中に足を踏み入れる。そこには昼間とは違う姿を見せている食堂の姿があった。
店内はその席を埋め尽くすかの有様だった。
昼間はお昼時を少し外していたこともあって、どちらかといえばガランとした有様だったのに、夕飯時のこの時間はすごい混雑を見せている。
多くは探索者が占めているように見える。ダンジョン帰りなのか、武器や防具を机に立てかけ仲間内で食べている姿がそこら中にあった。
一般客は一般客で固まっているテーブルもあれば、探索者の中に交じり一緒に酒を飲んでいる人たちもいた。ただ単に知り合いなだけか、休暇中の探索者なのかはわからないが。
(やっぱり探索者って避けられる傾向があるのかねぇ? 武器とかが邪魔ってわけでもなさそうだし、ダンジョン街に住んでいたとしてもどことなく近寄りがたい雰囲気があるのか? まぁ普通に静かに食事したい人にとっちゃこの食堂は合わないかもな。
管理部スタッフの人もいるけど、あの人たちはこれから仕事あるから離れてるんだろうな。隣で旨そうに飲食されてると無性にこう…来るものがあるからなぁ…)
扉をくぐったところから内部の様子を見ているとそんな考えが思い浮かんだ。いろいろごっちゃになっている食堂は軽くカオスだ…。
そんな様子も見ているうちに慣れたのか、自分も早速何か食べるかなと思い、食券売り場に向かった。
(んー…流石はダンジョンおひざ元の食堂なだけあるな。モンスターの名前の料理がいっぱいだなぁ。店選びには迷わなかったが料理が豊富すぎて料理選びに迷っちまう…)
食券を買う列に並びながら視線を上に向けると、モンスターの素材を使った料理の写真がずらりと並んでいた。これ全部がモンスター料理かと思うと、ここで何回食べれば制覇できるのかといった考えが頭を過る。
食券を買う列の人は冊子サイズのメニューを見ている人もおり、まさかこの写真だけではないのかと、豊富すぎるメニューに驚かされる。
「ん? そこに居るのは石田じゃないか? お前もここで夕飯を取りに来たのか?」
名前を呼ばれ料理の写真を見ていた視線を下に向ける。そこには昼間遇った訓練所観察員の田島さんがいた。
「お昼時以来ですね。ずいぶんと早い再開になりましたが」
「まぁ互いに管理部の関係者だからな。この建物にいるなら普通に会うこともあるだろうさ。ところで列に並んでいるという事はお前もここで夕飯なのだろう? 食べるものはもう決まったのか?」
「いやー…流石に種類が多すぎて迷ってましてね。どれも興味が引かれるので食べてみたくは思うんですけど、あいにく胃の容量は有限ですからねぇ…とりあえず考え中といったところですよ」
ほんとにどれを食べるかなぁと考え込むレベルの量で、どうせなら事前にメニューか何か見ておければなと今更思う。神田さんに言えばメニュー表のコピー貰えるかねぇ…?
「まだ決まってないと言うならどうせだ。私が選んでやろうか? 石田としてはどれでもかまわないのだろう?」
「そうですね…見たところそんなゲテモノを並べてるようにも見えませんし、田島さんのオススメがあるなら今日はそれにするのでもいいですかねぇ」
このままだと決まる前に自分が買う番になりそうだ…という事もあって田島さんにお任せしてみた。
少なくとも自分よりここで食事をしている機会は多いはずであり、どれが美味しいかどうか知っているだろうと。
「そういう事ならば選ばせてもらおうか。一応どういったものが食べたいという希望はあるか? 何品選べばいい?」
「そうですねぇ…今日は食事をゆっくりとりたいんで時間経過で味も食感も悪くなりそうな奴は除外で…2品お願いできますか?」
「なるほど。それならば……ソードチキンの親子丼とオーク肉の生姜焼きでどうだ? 少し重いか?」
ソードチキンとオークの料理…。親子丼と生姜焼きはいっぱい食べたことはあるが、それのモンスター食材。是非食べてみたいと思った。
確かにどちらも肉だが、酒も飲まないならいけるだろうと思う。
「いえ、では今日はそれにしてみたいと思います。どちらも食べたことがない素材なので」
「そうか。こいつらはどちらも11層以降の森林地帯にいるやつらでな。10層までの洞窟を超えたPTが狩ってくるから、石田はまだ見ることはないだろうな。
ダンジョン街では意外と流通している素材だが…石田は街の外からやってきたのだったか? ダンジョン街以外ではまだそこまで広まっていないだろうし、食べたことがなくてもおかしくはないか」
そう。ホテルの朝食でもモンスター食材は見たことがないし、ファミレスにも入ったがモンスター料理は見当たらなかった。ダンジョン街以外では、本当に依頼として調達しなければ食べることはないんじゃないかというほど見当たらなかったのだ。
酒を飲んで酔っ払った焼肉屋でもモンスター肉は置いてはいなかった。意外とありそうなものなのだが…。
「ええ、ですのでしっかり味わわせてもらいますよ」
「ならば買うといいぞ。ほら、お前の番だろう?」
そう言って券売機を指で指し示す田島さん。話し込んでいるうちにいつの間にか前に並んでいた人はもう買い終えたらしい。
将一は後ろの人達に頭を軽く下げ食券を買い求めた。
あいうえお順に料理名が分けられているので探しやすくて助かる。迷うことなく食券を買った将一は待ってくれていた田島さんと合流した。
「すいません、お待たせしてしまったみたいで」
「なに、構わないさ。私が食券を出して席を取っておくから石田は水を入れてきてくれ。あっちにウォーターサーバーがあるからな」
「わかりました」
そう言って自分の食券を田島さんに渡すと、ウォーターサーバーがあるところに向かう。
この人数をさばくためにサーバーも3,4台とあり、そこまで待たずに水を確保することができた。
水を確保すると、とりあえず先ほどいたところまで戻る。どこで席を取っているかを探すため、人が密集していない場所で探すことにした。持っている水をこぼすわけにもいかないわけで…。
「おい石田! こっちだ!」
自分の名前が呼ばれた方に目を向けると、田島さんが厨房前のカウンターの席から手を上げているのが見える。将一も田島さんを確認するとすぐさまそこに向かった。
「お待たせしました。やっぱり混み具合すごいですねぇ。先に席を確保してからじゃないと絶対探す羽目になりますね」
「まぁこの時間帯は仕方がないな。
ダンジョンから出てきた探索者、休暇中の探索者、管理部スタッフ、一般客と一気に来るからな。
ダンジョン産の料理を出す店としてはこの街1を誇る管理部の食事処だ。街に住んでいる者もここの料理は食べたい店ナンバー1なんじゃないか」
「なるほど…他のお店もダンジョン産の素材は使いますけどこの食堂程豊富ではないと…」
やはりダンジョンを管理するときにできた店としての年季は伊達ではなさそうだ。
「もちろん味としてはまた別だがな? ここはまぁ…いろいろ騒がしいのもあるし、多くの人を捌くためにといったデメリットはあるからなぁ…。どうしても高級料理店と比べるとそっちの方がという奴もいるだろうさ」
「それは…仕方ありませんね。お店によるターゲットが違うのですから、客層の差はまた別の問題でしょうし。
ここの食堂の料理人たちだってそれで負けているとは思わないでしょうね。あくまでも客層の狙いが違えば料理も変えなければいけませんから」
ホテルのコース料理と食堂のランチセットを比べるようなもので、仕方がない差があるのだと思う。
「どちらがいいかはお客が決める事ですからね。そういうところと違ってこの食堂にはここにしかない味が魅力なんでしょう」
「なんだ、ずいぶん詳しそうだな? どこか料理店でバイトでもしていたのか? 今日ここを見たばかりだというのにそう判断できるとはな」
「ははは…まぁ、料理が好きなので自然と知識が身についちゃったと言うべきですかね」
「ふむ…料理が趣味なのか? 探索者でなくともやっていけるほどならばいざという時にはありがたいか」
しばらくこの食堂について2人であーだこーだと話をしていると、自分達の番号なのだろう。田島さんが呼ばれた番号に反応を見せた。
「出来たようだな、どれ…とってこようか」
「ああ、私が行ってきますよ。田島さんはそのまま席を確保しといてください」
「そうか? では任せよう。途中で落としてくれるなよ?」
「了解です」
そう言うと将一は席から立ち上がり、番号を呼んだ店員の所に向かう。
盆には計3品と付属している小鉢や瓶が数点載せられており、それなりに重い。それを人にぶつからないよう慎重に席まで運んだ。
「さて…では食べるとするか。石田も初のモンスター料理だろう? しっかり味わうといいぞ」
「ええ、そうさせてもらいますとも。果たしてどのような味なのか…それとも食感からして違うのか…。期待が高まりますねぇ。それではいただきます」
将一は手を合わせると、ソードチキンの親子丼から手を付けようと蓋を取った。
そこにはプルプルとした綺麗な黄色をした卵に、出汁を吸って茶褐色に変わった玉ねぎが卵の中から飛び出してしっかり主張をしている。
そしてメインのこんがり揚げられたチキンカツは下部分が出汁を吸って、衣が若干しっとりしている。上の部分は衣がまだしっかりしており、揚げたてを乗せたのだという事が見て取れる。(人によっては衣はしっとり派と揚げたて派がいるが将一は揚げたて派だった)
最後に緑色の綺麗な三つ葉が添えられ、それが蓋を締めた時の湯気で若干熱が入り、カツの上に広がっていた。
丼ものは蓋を開けた時の、この何とも言えなさが楽しみの瞬間でもある。それを楽しんだ後は実食である。
ソードチキンとはどんなモンスターかわからないがオススメとして推された物でもあるし、味を確認するその瞬間まで将一はわくわくが止まらなかった。




