38話 管理部見学をしよう
少し長くなってしまったかも。1話の文章量はどれぐらいがいいのかまだわかんないですね。
ロビーに設置されている休憩所を出て反対側にある階段を上る。1階と2階の踊り場まで上ってくるとやっと2階がどうなっているのか見えてきた。
しかし…この光景はなんかどこかで見たことがあるような…。
(あ! あいつに連れられて行ったハローワークになんか似てるかも! パソコンが並んでる所なんかそんな感じがする。横にプリンターも付いてるし。受付はここまでしっかりしてなかったけども。
しかしこれどう言う風に依頼受けるんだ? もしかしてパソコンに依頼内容があって、各自が受けたい依頼を印刷してそれを受付に提出するのか? ますますもってハローワークじみてんなぁ…)
ここから見てる分ではその想像であってるのかどうかもわからないがなんかそんな感じがする。
異世界だとボードに張ってある依頼書を剥がして持っていってる姿を想像するが、現代だとパソコンという名のボードから各自が受けたい依頼を印刷して受付に出すのか…と、どうにも不思議な気分だ。
(今は特に受けないけど、落ち着いたらここにきて実際に依頼受けてみるかなぁ…。
どんな依頼があるのかわからないけど、コンビニの店員さんが言っていたような魔石を手に入れてきてほしいとかそんな感じか?)
将一はいつかここも利用してみようと思うと1階に引き返した。
受付を左右に曲がった通路から食堂や、会議室という名の多目的ルームにつながっているのはエレベーターの所の案内板を見たので知っている。ここまで上がりはしたがまずは下から見ていくかなぁと、わざわざ引き返したのだ。
階段を下りるとそのまま左側の通路に向かった。
こちらには売店があり、ノートやペンといった文房具から武器を整備する為の砥石といろいろ揃っていた。
(探索者をサポートするための道具売り場だな。ずいぶん広い建物だと思ってたけど、店が入ってりゃそりゃでかくなるよなぁ…。
という事は…隣の倉庫はこの店の在庫置いてたりしてそうだな。ここでダンジョンに潜れる道具が揃えられるなら便利か)
目の前にスーパーやホームセンター、薬局などを足したような規模であり、あまりの広さに驚く。
案内板では売店と書いてあったが、このサイズを書くスペースがなかったのか、縮小されていたのでそこまで不思議には思わなかった。まさかこうまで本格的なお店だとは…。
色々見て回りたいが、現地で貸し物件の説明もあるだろうと早々に切り上げることにしている。何を売っているかの確認はまた今度と、別の場所に向かう。
売店の手前の道を更に進むとそこは食堂だった。管理部のスタッフや探索者の利用を目的としているのか、ここも広くスペースがとられている。
武器をそのまま持ち込んで食事をすることもあるだろうからと、互いの間隔は広くとられている。これなら武器が邪魔だの何だのといった喧嘩は少なそうだ。
「にしても…いくら何でも広すぎやしないか?」
「おや? お客さんですか? ご注文ならあちらの券売機で買ってからお願いします」
食堂の入り口でぼーっと見ていると横から声をかけられた。セリフからしてこの食堂の関係者だろう。
「いえ、ずいぶん大きい食堂なんだなぁって思ってみていたんですよ。管理部のスタッフさんや探索者の方だけでここまで大きくする必要あるんですか?」
「ん? あなた知らないんですか? ここは一般の人にも開放されてるんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、後ろ振り返って扉の上見ると書いてありますよ」
そう言われて後ろを振り返る。扉の上を見てみると、ここから先ダンジョン管理部関係者エリアと書いてあった。
「こんなの書かれてたんですね…そっち側から入ってきたからわかりませんでした」
「あっちの一般の方が入る扉にこの文字から先の所へは行かないでくださいって書いてありましてね。
ところで…新人さんですか? 初めての人はここで食事して出ようとするとそれに気が付きますからね」
「今日探索者登録したばっかりのルーキーなんですよ。今はこの施設の見学をしてまして」
「ああ、そういう事ですか。
ようこそダンジョン管理部へ。私はこの食堂で働いている調理師の神田って言います。これからどうぞご贔屓に」
名前を聞いてまたか…という気持ちはあるがそれを飲み込み、こちらも自己紹介をする。
どうやら神田さんは今は時間外らしく、休憩中という事だった。
「ここは24時間やってましてね。そのためこうして交代しながら対応してるわけです」
「へー、24時間ってすごいですね。厨房はずっと火をつけっぱなしじゃないですか。かなり大変なのでは?」
元居た世界で将一は神田さんと同じく調理系の仕事をしていた為、その大変さがわかった。
クローズの時間からオープンまでの間に掃除や仕込みなどを普通はやる。もちろん手が空けば営業中にもやるが、だいたいは店を閉めた後からオープンする間だろう。それをここでは営業中にやっていかなければならない。
ここの広さを見る限りそれだけのお客をさばきつつ、同時にその作業をやらなければならないという大変さに感心した。
「もちろん24時間やってますから定休日を作って、そこで一斉に掃除やら点検をやるんですがね。
普段は確かに大変ですねぇ…調理してるときに仕込みの素材持ってこられたりしてタイミングがぁ! ってなることもしょっちゅうですよ」
神田さんはひきつった笑顔を見せながら質問に答えてくれる。確かにそのタイミングはやめてほしいわなぁ…と共感できた。
「一般のお客さんは…まぁ時間が読めるんでまだいいんですが、探索者の方達は時間が読めませんからねぇ。ダンジョンから出てくるのが真夜中だったりして、そこから何か食べたいって人らが結構いましてね。
そんな時間に空いてる店もこのダンジョン街では結構あるんですけど、探索者をサポートする管理部がそれを率先してやってないと示しがつかんってわけですよ。まぁ24時間やり始めたのは管理部が最初ってのもありますし、他の店が管理部のやり方に乗っかってやってるって感じです」
「なるほど…確かに探索者をサポートするのが管理部の理念ですからね。大変だからと言ってこのやり方は早々変えられませんか」
「まぁ…休みだったり交代時間は結構しっかり調整されてるんで、大変ではありますが自由な時間がないってわけではないですね、ブラックな所よりはだいぶマシですよ」
「世界共通のダンジョン管理部ですから。ブラックとかになったら…別の意味で大変そうではありますね」
神田さんも「違いない」と言って頷く。
中田さんが藤田さんを正式スタッフとしてはやく育てたいと思っているのは交代の人員確保が管理部としても必須だからなのかもなぁ…と、神田さんの話を聞いて思った。
受付も24時間体制のはずだし…。
「っと、そういえば施設を見学している最中でしたか? ではあまりお引止めするのもあれですね。
石田さんも探索者になられたという事ですし、ここを利用されることも今後あるでしょうから注意をいくつか。
この食堂ではお酒も出していますからそれなりに騒がしくなることもあるかもしれません。ですが他のお客さんに迷惑がかかることは避けてくださいね。中にはこれからまだ作業に戻る人たちもいるかもしれませんからね」
「まぁ…当然ですね。どこのお店だろうと酷い客は出禁になるかもしれませんし。絡み酒はやめましょう…と」
「ええ…。探索者の中にはどうしても気性の荒い人はいます。周りがそれなりに力を持ってる人が多いですからそこまで問題になったことは少ないですけどなくはないですからね。
いざという時は石田さんもに頼むかもしれませんね」
「まぁ…自分でできる範囲でですかねぇ…」
なるべくならそういう時がないことを祈る。絡み酒は絡む方だろうと絡まれる方だろうと碌なことになりそうにない…。
それと探索者の中には気性が荒い人はやっぱりいるんだなぁ…ということがわかった。
登録の際に絡まれるというお約束はなかったが、そういう人がいるなら今後はどうなるだろうかと考えさせられる。
「それと先ほどもちらっと言いましたけど周りには力を持った人がそれなりにいますからね。食い逃げとか考えないでくださいね?」
「えーっと…それはつまり…以前そういう人が?」
まさか食い逃げについて注意が来るとは思わなかった。元居た世界でもそんな客は流石に見たことがなかった。
いたのはお店の商品を帰り際に持っていこうとした人だろうか。結局後日捕まってお店に来たのを丁度見ることになった。
「食い逃げというか…まぁ、これも酔っ払った所為なんでしょうかねぇ? お金を払わずに出ていった人がいまして。最初の食券の後に追加注文をして、その分の会計をせずにといった感じでしたか」
「あー…なるほど。追加注文のたびに一々料金を払われるのも店側としては面倒ですからね。お客さんには追加注文でも食券を必ず買ってもらった方が楽ですよね店側としては」
「ええ、お金に触る機会をなるべく減らしたいってのもありますからね。
食い逃げしないようにというより、注文は必ず食券を買ってくださいと言うべきですね。すいません」
「いえ言いたいことはわかりました。注文は食券で、ですね。了解です」
お酒が入ると一々食券を買うのも面倒になって直接注文したくなる気持ちはわかるが、食べたらそのまま出ていけるという気楽さが客側にはあるからなぁ…。会計を気にしなくていいんだよな食券システムって。
やはり酒か…と、自ら決めた戒めを一層気を付けようと思わされる話だった。
後はうるさくしない事やあまり汚さないでくださいねといった当たり前な事だった。こちらもお店側の気持ちはわかるため問題ないと頷く。
神田さんとは今度食堂で会った時にでも探索者の話を聞かせてくださいと言われ別れた。こちらもまた今度話しましょうと言っておいた。
酒場というわけではないが、ここに来る探索者からいろんな話を聞いてるだろうし、参考になる話があるかもと思ってだ。
RPGの情報収集としてのお約束でもある。これも一度やってみたかったことなのだ。
その後はめちゃくちゃ多い会議室をどんどん回ってみた、が、感想としてはありきたりな部屋だなぁとしか思う事がなかった。
会議している部屋に入ったわけではないし、何か特殊なものが置いてあるわけでもない。大きな会議室も講堂みたいな広さなんだなぁ…ぐらいしか思い浮かばなかったのだ。
その次は資料室に向かった。しかし鍵がかかっており、中を見ることはかなわなかった。
ドアの透明な部分から少しだけ見えたが特にこれといったものはなく、今度頼んで見せてもらうかなぁ…と、今日は諦めることにした。
倉庫にも行ってみたがここも資料室と同じく鍵がかかっていた。
重厚な扉をしており、こちらは中を見ることができなかった。
どちらも探索者には開放しているはずだが、入る際には受付で許可がいるのだと後になって知る。確かに常に開けっ放しにしてるなんて不用心な事してるわけないかと、少し考えればわかりそうなことだった。
最後に地下にあるという訓練室に向かう。こちらは常に開いているのか中に入って見ることができた。
「ここが(建設上秘密がある)訓練室かぁ…ずいぶんだだっ広い地下空間だな。このぶっとい柱があるから上の施設は支えられてのか。太いって言っても邪魔にならない程度に分散してるし訓練に支障は出なさそうだな」
目の前にあるぶっとい柱を手でバンバンと叩くが、当然こんな程度じゃびくともしない。重機で突っ込めば折れるかどうかといった感じだろう。
「結構皆利用してるんだな。あっちこっちで能力使ってんなぁ」
火の魔法だろうか? 火炎放射器のように使い、壁を黒く焦げ付かせるほどぶっ放している人がいる。
水の魔法と思われる能力でハンドボールサイズの水塊作り、石の壁にどんどんぶつけている。どれぐらいやっているのか、石の壁には罅が入っている。威力は結構ありそうだ。
土の魔法を使っている人はいろんなところに石の壁を作り出している。攻撃する対象づくりだろうなあれ。
風の魔法を使って、この地下空間の壁にぶつからないように低空飛行している人もいる。洞窟の通路はともかく、広間ならあれは有効だろう。風使いは索敵班だな…と、思った。
能力以外にも普通に武器を使用して訓練している人もいるし、ずいぶんな賑わいだ。
模擬戦をしている人達の所にはギャラリーができている。時折数字が聞こえるが賭けの対象にでもしてるんだろうか?
「はー…かなり本格的な場所なんだなぁ。広さもこれどれぐらいあるんだろうな? 通ってた学校のグラウンド以上は確実だが…」
「そこの君。訓練所を使用するのか? それならまずはこっちで使用申請書を書いてくれ」
特に訓練をするでもなく、適当に他の人の訓練内容を見ていると後ろから肩に手を置かれ話しかけられた。
使用申請とかもいるんだなぁと思いながら肩に置かれた手を基点に振り返る。
そこには美人系とクール系を足して割ったようないわゆるカッコイイと思わせる女性がいた。将一より少し年上に見える。
「使用申請がいるんですね。実は今日登録したばかりで見学してるんです」
「ほう、ルーキーだったか。それなら使用の仕方もわからないか。今日は見学だけか? それならば別に書く必要はないぞ」
「そうですね、どういう風なことをしているのか見てみたかっただけなのでもうしばらくしたら上に戻りますよ」
「そうか、ゆっくり見物していくといい。私はここの観察員をしている田島という。
ここのスタッフはこの腕章をしているからな、使用申請書が必要ならばこの腕章をしている者に声をかけるといい」
〇田ではないが結局この人も名前に田じゃねぇか! と、ちょっとした違いではあったが何でこうなんだと心の中でツッコミを入れた。
まぁ少し意表を突かれたがもう慣れたものだ。わかりましたとすぐに返事を返しこちらも自己紹介をしておく。
「しかし石田、ルーキーという事はダンジョンはまだか? 登録が終わったのならいつでも行けるからな。
やはり探索者になったからには一度は潜ってみたいだろう?」
「そうですねぇ、今はまだこの街に着いたばかりでもあるので慣れたらという事になりますが行ってみたいと思ってます」
「うんうん! やはりダンジョンには人を引き付ける何かがあるよな。
私もこうして観察員の仕事をしていないときにはダンジョンに潜っているんだ」
「え! 田島さんも探索者なんですか? てっきりここのスタッフだとばかり思ってましたけど…」
スタッフだと思っていた人は実は探索者だった。管理部の仕事と探索者を兼任していいのだろうか?
こちらの疑問を見抜いたのか、田島さんはフフフ…と笑うとその答えを口にする。
「私の職業は探索者だよ。観察員は依頼…というかバイトみたいなものさ。
それなりに探索者として覚えられるとこうして持ち掛けられることがあってな。実入りはそれなりにいいんだ。
やることいえば使用申請書を書かせること、ふざけたことをしていたら注意すること、使用場所まで案内をすること。それと能力があるならそれで出来る事ならやってもいいってぐらいか」
「へー、監視ではなく観察だからそこまできっちりとした感じではないんですね」
観察機関と監視機関ではどっちが受け入れやすいかみたいな話だな。
あの組織もこういう言葉のちょっとした違いで世間に認められた経緯がありそうだなとひそかに思った。監視だと能力者達からの反発は大きかっただろう。
「そんな感じだ。まぁバイト扱いだからな。そこまで重い役はさせられんのだろうさ。ダンジョンに潜るとき以外はこういう楽なことをしているぐらいでちょうどいい。
石田も息抜きの仕方を覚えるといい。ダンジョンを潜るモチベーション維持は探索者にとってなくてはならないものだぞ。
っと、見学の最中だったなこれ以上邪魔はせんからゆっくり見ていくといい」
そういって田島さんは片手を出す。同じ探索者、今後ともよろしくといったところだろう。
将一としても先輩探索者との思わぬ出会いだ。よろしくしておくに越したことはないと思い手を握った。
「今日登録したばかりのルーキーですが今後ともよろしくお願いします。息抜きについてはこの街を散策しながらでも考えておきますよ」
「うむ。もしかしたらダンジョンで鉢合わせするかもしれんな。潜っていると知り合いに出会うこともある。危ない場合は助け合うといいぞ」
「わかりました、ありがとうござッ!?」
感謝を述べようとした瞬間握手した手に予想外な力が込められた。なんでいきなりこんなことを! という理由と、見た目的にこんなに力があるようには思えなかったので2重に困惑した。
驚いているこちらを見て、してやったりといったような表情をして笑う。
「私の能力はこれさ。戦闘時はもっと力を出せるぞ。
ダンジョンで困ったことがあれば聞きに来るといい。ここで観察員をしている時はそれなりにあるからな。
ではな石田。お前の健闘を祈ってるぞ」
それだけ言うと田島さんは手を離して離れていった。
将一としては握られた手をプラプラさせて、呆然とその姿を見送ることしかできなかった。いきなりすぎだろう…と。




