326話 お宅訪問前夜
「お、やっぱもう出されてたか」
夕飯を食べ終え、2階にある依頼受付けのパソコンを操作しながら小さくそう呟いた。仕事が早い…。
ちなみに、先ほど夕飯を食べた時にミノタウロスの料理が有るかどうかを確認した所、メニューにはスジ煮以外の料理はなかった。やはり需要は少ないという事だろうか?
そのスジ煮にしても1杯1500円とかなり割高だ。それでも食券が売り切れだったのはコアなファンがいるのかもしれない。味は普通に美味しかったので、値段さえ気にしないのなら頼む人は結構いるのかもしれないが…。
閑話休題。
パソコンに表示されている依頼内容を確認した所、広場にある軍の所で設置をする物を受け取ってから潜ってほしいと書かれていた。特に必要な条件等は書かれておらず、誰にでも受注可能な依頼という事だ。
(こうして一般に出されたってことはその手の依頼を受けていたPTとは連絡がつかなかったって事なんかな? 指名依頼とかもあるらしいし)
こうして誰もが見れるという事はそう言う事なのだろうと推測する。やはり1層に潜ってるとかだろうか?
(まだ誰も受けてないのなら自分で受けちまうかな。なんにせよ宝箱の設置って言う仕事? もあるわけだし…)
その依頼を受注すると印刷された用紙が出てきた。後は受付けに提出して…っと。
「ほんとにハロワだよなぁ…」
そう呟きながら受付けに向かう。久しぶりの依頼だな。
「すいません、この依頼をお願いします」
「はい、少々お待ちください」
用紙を受け取ると確認が行われた。タグの用意しとかんと…。
「仮設トイレの設置ですね。出発日時は何時頃になりますでしょうか?」
「明後日の朝を予定しています。広場の軍の人達が集まっている所に行けばいいんですよね?」
「はい。そちらに運搬物を用意するよう伝達しておきますので出発前にお立ち寄りください。こちらに記入をお願いします」
「わかりました」
出された書類に名前と探索者番号を書く。必要な所を書き終えると返した。
「タグの提出をお願いします」
「これで」
そう言ってタグを渡すと、少し確認をしてから返却された。
「確認いたしました。依頼を終えましたらまたお越しくださいませ」
「はい」
そう言って依頼受付所を後にする。これで後は依頼をこなすだけだな。
「必要な物資は大丈夫だし、ゴーレムも特に問題なしと。
これって運び終わったら普通に探索してもいいんだろうか?」
どうせ潜るのだからついでに探索もしてしまいたいと思った。しかし、設置したという情報を更新しなくちゃいけないわけだし、置いた後はさっさと帰ってくるべきと思いなおす。その情報1つでどこで休憩するべきかも変わってきそうだしな。
ついでの作業は目的地に着くまでにやるかと、今回は依頼の方を優先することにした。
「転送された場所によっては目的地に着くまで時間がかかるってことも有りそうだしな。設置後は大人しく帰ってくるか」
転送がランダムだと、こういった時不便だと感じてしまった。帰還陣に転送されるんだったら設置も楽なんだけどなぁ…。
「ランダムか帰還陣かで選べれば便利なんだけどな。まぁ、愚痴っても仕方ないか…。なるべく近くに転送されることを祈るしかないわけだ。
さて、倉庫に寄ってから帰るとするか。ついでに1層攻略の報酬も貰っておこうっと…」
明後日以降には用意をすると言われていたし要件を告げれば一緒に出してくれるはずと、夕食を食べながらついでに済ませてしまおうと考えていた。
「あ、それと森田さん達にも連絡しとかないと…。準備はしてたってことだし大丈夫だよな?」
前々から準備はしていたという事らしいし、明日お伺いするのでも平気かと思い携帯を取り出して電話を掛ける。ダメなら…どうしようかねぇ?
数回の呼び出し音の後、向こうが電話に出た。
≪もしもし、森田です。石田さんですか?≫
「ええ、そうです。夜分に申し訳ない。今お時間大丈夫ですかね?」
≪はい、大丈夫です≫
「でしたら以前のお話の件ですけども、明日にお伺いさせていただくって事でいいでしょうか? ほら、明後日からは2層の攻略が始まるわけですしその前にって事で」
≪そうですね…明後日から再開なんですよね。ちょっと待ってもらっていですか? 今両親に聞いてきますので。多分大丈夫だとは思うんですけども…≫
「よろしくお願いします」
そう言うと森田さんは携帯を保留にして聞きに行ったようだ。大丈夫だといいんだけどね…。
しばらく待つと保留が解除された。はたしてどうだろうか?
≪もしもし、お待たせしました。大丈夫という事です≫
「それは良かった。もっと前に言えればよかったんですけどね」
大丈夫と聞いてホッとした。準備はしていたと言っても連絡して次の日だからね。
「時間の方は10時頃でもいいですかね?」
≪問題はないかと。1日空けておくという話ですし≫
おそらく夜まで接待コースなんだろうなぁ…と、内心でそう思った。娘の命の恩人ならもてなす為にするだろうと。
「それではご両親にも10時頃にお伺いさせていただくと伝えておいてもらえます? それと田々良さんと浅田さんの所にも確認をして大丈夫のようならそちらにも回るつもりなので…」
≪時間の都合的にそう長い時間はいないかもしれないという事ですね? その辺は2人もわかってると思います≫
「慌ただしくて申し訳ないね。ご両親にもそのように伝えて貰えると助かります」
≪はい、伝えておきます。それでは明日の10時頃という事で≫
「ええ、そのぐらいにお邪魔させてもらいます」
≪わかりました。お待ちしていますね≫
「それではこれで。夜分に失礼しました」
≪いえ、大丈夫です。それではおやすみなさい≫
「ええ、おやすみです」
そう言って通話を切った。よし…森田さん家は大丈夫っと。
「次は田々良さん家だな。1日で回り終えるといいんだけどねぇ」
慌ただしいことではあるが、1人1日で3日に分けて行くのもそれはそれでちょっと…といった感じだ。なるべくなら1日で終わらせてしまいたい…。
「ご両親達にするともてなしは1日事なんだろうけどねぇ…。申し訳ないけど3軒あるし、時間を区切らせてもらわんとな」
おそらく後日にでもまた…といった話になるのだろうが、一度でも顔見せしておけば後は時間がある時にでも寄ればそれでいいだろう。時間が経てば向こうも落ち着くだろうしな。
そんなことを思いながら、次は田々良さんの携帯へと電話を掛けた。明日で顔見せが終わるといいんだけどねぇ…。
「では明日の午後…田々良さんの家に寄った後でお伺いさせていただくと言う事で」
≪はい、お待ちしております。おそらく夕食をご一緒に…っといった感じになると思います≫
「あはは…前の2軒でも同じようなことになるだろうからねぇ…。お腹の容量を空けておくことにしようかな。
それではこれで…」
≪はい、おやすみなさい≫
「ええ、おやすみです」
そう言って通話を切った。これで3人に確認OKっと。
「どうやら1日で終わりそうだな。予定通り行きそうで良かった良かった…」
後はそれぞれの家で引き留められるだろうから、それをうまく断れれば何とかなるだろう。最後に回る浅田さんの所で伸びてしまわないよう気を付けないとな。
「次の日に行く依頼の話を切り出せば大丈夫だとは思うんだけどねぇ…そこは自分でしっかり言わんとだな」
明日の用事の確認も無事? に終わり、ホッと一息吐いた。
田々良さんとの電話の際に、途中でお父さんが代わろうとなりかけた時はちょっと焦ったけどね。あのままだと長電話になるところだった…。
「よし、じゃあ倉庫行くか。鑑定もう終わってるよな?」
忙しそうではあったけど流石に終わっているだろうと思いつつ倉庫へと向かう。
おそらくは荷物になるだろうと、1層の報酬受け取りは後にしてまずは魔石の方から聞きに行くことにした。
「それではこちらが石田様の1層での報酬となります。こちらの用紙を素材担当へお渡しください」
「わかりました」
そう言って渡された紙に書いてあったのは、上位のアイアンゴーレムの膝から上部分と、上位のロックゴーレム1体分だった。これって貢献度的にはどんなもんなんだろうな?
「おっしゃっていただければ個人倉庫までお運びしておきますよ。このまま管理部へと卸される場合は今計算をさせていただきます」
「では、後で取りに行きます。倉庫の裏の所ですかね?」
「はい。そちらに台車もございますので、ご自分でお運びになる場合にでもお使いください」
「わかりました」
「本日はご利用ありがとうございました。石田様のこれからの探索のご無事をお祈りしております」
スタッフさんに頭を下げられながら受付けを離れる。これで後はこの用紙を渡せばいいわけだ。
倉庫の裏手に回り、確認をするついでに1層の報酬も一緒に受け取る。個人倉庫に寄って運搬要員のゴーレムも連れてきているので台車はいらんだろう。
「夜とはいえここはずっとこんな感じなのかねぇ? まぁ、明日の競りの用意なんかもあるだろうしこんなもんなんかな」
ライトが大量に点けられた下でスタッフさん達が忙しなく素材の管理に勤しんでいる。管理部へと卸された素材がここで分けられて各地に運搬されていくというわけだ。
素材管理の部署は忙しそうだなぁ…どこもそんな感じなんだろうけどさ。
アイアンゴーレムが寝かされて積まれているけど、あの中に自分が今日運んできた奴も入ってるんだろうか?
「24時間体制ってのは過酷だよなぁ…。探索者も同じとは言え、こっちは自分でペースを考えてやれるしな。
と、いうより…探索者に合わせて24時間体制になってるが正解か。探索者基準の仕事ってのは大変だわ…」
ダンジョンありきの世界故こんなことになっているのだろうな…。夜もこうして動き回っているスタッフさん達に感謝の念をかけておく。
そんなスタッフさん達を横目に見つつ、個人倉庫へと荷を置きに行く。
24時間忙しいというわけではないが、こちらはこちらでダンジョンを歩きっぱなし+命がけという別の意味で大変な仕事なのだ。
明日の事もあるし、今日はこれで帰ろうと思いさっさと荷物を置きに向かう。
こいつ等の使い道なんかはまたそのうち考えればいいやと、今は明日の事が一番気がかりだった。




