31話 つかの間の休息 そして後悔…
「本日は新規のご契約ありがとうございました。もしどこか修理が必要な際はお近くの携帯ショップへ気軽にお寄りください」
「ええ、閉店ギリギリまですいませんね。今日はありがとうございました」
無事に契約も終えこの世界の携帯を手に入れることができた。後は設定をいろいろ弄ったのち上田さんに連絡して携帯の番号を教えなければな…。
携帯ショップを出た将一は昨日泊まったホテルへと向かう。
漫画喫茶から山の自宅へ行けば安く済みはするのだが、あの山の中は電波が届いているのか怪しいと思った為結局はホテルの方を選んだ。
「旅行に来て1泊5000円で朝食付きと考えれば安いからな。外に出れば近くに飲食店もあるし十分だわ」
元居た世界では帰って寝るという生活だったので就寝スペースが確保できていればそれでよかったし、終電を乗り過ごせばタクシーで帰らなければいけないという事を考えると5000円での宿泊はそう痛いとは思わなかった。
しばらく車を走らせ再びホテルの駐車場に止める。昨日と同じなら空きはあるだろうし泊まれるかどうかの心配はあまりしていない。
案の定空きがあったので鍵を貰って部屋へと向かう。荷物は全て転送済みだし身に付けている物も財布、携帯、車の鍵くらいなもので随分と身軽だ。
昨日と同じく部屋まで案内してくれた人はいくつか注意事項を告げると帰っていく。
部屋で1人になった将一はさっそく携帯の説明書や契約書の入った袋を取り出した。
「とりあえず上田さんに電話番号だけ教えてしまわないとな。さっさと設定してしまうか」
今は懐かしいガラケーの分厚い説明書を前に若干気落ちするがこれをやってしまわない事には今日の予定が終わらないと、その分厚さを見るだけで辟易してしまいそうな気持ちを押し込みつつ携帯片手に設定をしていく。
幸いにもガラケーを以前使ったことがあるからか、そこまで操作方法がわからないという事がないのが救いだ。店員さんにも言っていたが電話とメールぐらいで十分という事もある。
携帯と格闘していたのは1時間ほどか、上田さんの名前だけが登録された携帯を前に伸びをする。
「あー! これで今日のやる事終了! 上田さんに電話番号もこれで伝わったし、終わった終わった!
時間もいい頃合いだし飯食べに出ようっと」
連絡を終えると目の前に置いてある携帯をポケットに突っ込み飯へ行こうと気分を切り替える将一。
今日やることも終え気が楽になったのか、先程まで取説とにらめっこしていた険しい顔には笑みが浮かんでいる。明日の生命保険の契約については今は頭から除外しているようだ。
「ホテルの人に周りでどこかオススメの店がないか聞いてみてそこ行くとするか。あまりにも場違いなところでない限り一人焼肉も今日は解禁すっかー!」
気分がすっかり乗った将一は鍵を手に部屋を出る。なにがあるかなぁーと今まで部屋の中にいた時とは偉い変わりようだった。
「あー……ぎぼぢわるぅぅ……頭いでぇ……」
次の日の朝、ベッドに横になった状態で呟いている姿がそこにはあった。昨日部屋を出て行った時の服装のままであり何があったかは一目瞭然だ。
(失敗した……久しぶりにやけ酒じゃない楽しい酒だったのに限度超えちまったわ…。楽しい酒だったからこそ限度を超えたと言うべきなんだろうけど…どっちにしろやっちまったなぁ……)
部屋に帰ってきたところまではなんとなく覚えているがその後の記憶がない。酔って寝ただけなんだろうがずいぶんと久しぶりの感覚だった。
(やることやったからって気を抜いちまったのが悪いのはそうなんだけどさぁ…仕方ねぇじゃん? どっかでガス抜きしたかったんだからさ…。この世界に来てからやっと落ち着いた日だったんだから少しくらいは…って思っちまったのがなぁ…)
誰に言い訳をするつもりなのか、頭の中でこうなってしまったことを振り返る。
自分としては寝ゲロまではしてないことをほめてやりたい。最悪死んでた…。
「と、とりあえず…薬をぉ…いや、やっぱきついわ。薬効くまでつれぇわ…。
おお……? そういや魔法あんじゃん…何とか治んねぇかな酔いって」
酔ってることを泥酔状態ともいうし状態異常回復の魔法さえできれば治るんじゃないかと思った。
「アセトアルデヒドが分解されるイメージでいいのか? うっぷ…何でもいい…とにかく酔い状態治ってくれぇぇ…」
そう言って自分自身から酔いの要素がなくなるイメージをする。
すると次の瞬間、あれほど痛かった頭から急にそれが消えた。おまけにムカムカしていた胃がすっきりし何ともない。
急激に治ったことに頭が追い付かず、しばらくベッドの上でポカーンとなってしまった。
しばらくそうしているも、いい加減動くかとベッドから半身を起こす。自分の胃の辺りを擦るが本当に何ともなかった。
「自分でやっといてなんだけどやっぱ魔法って便利だわ……。まさかこうも簡単に治まってくれるとはなぁ」
ベッドから完全に体を起こし自分の状態を見下ろす。昨日そのまま寝たのをはっきりと思い出せた。服が若干酒臭い…。
口に手を当て、はーッっと息を出す。魔法でアルコールは飛ばしたはずだが、こちらも若干酒臭い。
「うーん…この状態で生命保険の契約しに行くのはちょっとなぁ…。これも魔法で何とか出来るか? 体の状態だけ昨日の夜の状態に戻せば酒の匂いも消えるかな?」
さっきの時にこれをしとけば一緒に消えたと思うが先ほどはそんなことを考えてるなんて余裕はなかったので仕方がないと自己完結する。
とりあえず記憶はそのままに、体の状態だけを昨日飲みに行く前へ戻るようイメージしてみる。時間よ巻き戻ってくれー…と。
一応イメージをしながら魔法を使ってみたが特にこれと言って変化が感じられない。失敗したかな? と思いつつ先ほどのように口に手を当て「はーッ」っと息をもう一度吐いてみた。
「お? 酒臭さが消えてる。これは成功してるのか?」
自分の服の臭いを嗅いでみるがまだ酒臭かった。これは服に染み付いた臭いだろうと考え下着を残して服を全部脱ぐ。
そうして今度は服だけに、昨日の状態に戻れとイメージをしてみた。
そして再び臭いを嗅いでみる。
「おー! ちゃんと消えてる。じゃあ酒の匂いが付いてしまったベッドもいけるか?」
そう言って服を着なおすと、同じ魔法をベッドにかけ顔を近づけて臭いを嗅いでみる。こちらもしっかりと酒の臭いが消えているのを確認できた。
「いやーよかった。酒の匂い残すのは流石に気まずいからな。じゃあついでにこの部屋全体もやってみるか」
服とベッドの臭いが元に戻ったことを確認すると、今度は1部屋という規模に拡大してみる。そしてかけようとして慌てて気が付いた。部屋のそのものにかけたら時計の時間も戻っておかしくなるんじゃないかと。
記憶をそのままにできるという事もわかっているので時計だけを今度は対象外として魔法をかける。
部屋の中からしていた酒の臭いが消え去った。そして注視していた部屋のデジタル時計は今も変わらず同じ時間で進んでいる。これまた成功だ。
「うんうん、これなら今後使うことになったとしてもホテルの人に迷惑そうな顔で見られることはないよな。いやー何とかなってくれてほんとよかった。神様ありがとうございます……」
手を合わせて感謝の言葉をつぶやく。こういった事態の為に与えたものではないかもしれないがこの力を使って感謝されるのなら神様も悪い気はしないだろうとそう思っておくことにする。
「とにかくこれで気にすることなく出かけられるな。
待てよ…そういや昨日の状態に戻ったんだからアルコールなんて飲んでないってことになってるよな? …飲酒運転には引っかからないか? どうやってか調べらんないかな…。あの警察が使うアルコール探知機があればいけるか? でも使い方わからんしなぁ…幸い元の世界じゃ飲酒運転でお世話になったこともないし……」
大丈夫だとは思っているが、もしかして万が一という可能性を考えどうにかして調べらんないか方法を探る。
しばらくしてこちらの世界に探知や探査といった能力者がいたことを思い出した。将一はその能力を魔法でできないかと試してみる。
「要は鑑定ってことだよな。昔やってたゲームで宝箱を鑑定するのにそんな魔法使ってたしこれもいけるか?
よし、イメージしろぉ…酒が残っていれば赤く光って、大丈夫なら体よ青く光れっ」
そう言って魔法を使った瞬間、その言葉が示す通り将一の体は青く光っていた。
「おおー…出来た出来た。青ってことは大丈夫ってことか。これで車も運転できるな。無事鑑定の魔法も出来る事が分かったし万々歳っと。これも怪我の功名という奴かね。
それに体が昨日の状態に戻ったってことはアルコールで荒れた胃も無事な状態なわけだし魔法万歳! だな。
神様方本当にありがとうございます。これからはおいしいお酒でも適量を守っていきます……」
再び手を合わせて力を与えてくれた神々に感謝の言葉を告げる。こうなってもお酒を断つわけではない自分に少し呆れるがこればかりは仕方ない。お酒自体はおいしいものだと体が既に知ってしまっているのだから。
起き抜けにいろいろとあったが今ではもう安心と、生命保険の契約をしに行くためホテルをチェックアウトする。
しかしもう大丈夫と思っていた将一だったが、チェックアウトする際に昨日は大丈夫でしたか? と心配されることとなった。どうやら鍵を貰う際に酔っているところをばっちり覚えられていたらしい。
特に醜態はさらしていなかったようだが心配させていた(自分か部屋かもしくは両方か)こともあり、ほんとお酒は気を付けねばと再び戒めることにした。




