318話 ダンジョン2層(ソロ) リキッドの実地試験
「あっちぃ…。これダンジョンに着いた瞬間気温の差で体調崩す奴とかそのうち出てくるんじゃないか? もう既に居てもおかしくないわなぁ…」
広場で転送の順番が来るのをゴーレムと一緒に待ちつつ、相変わらずの青空を見上げながらそう呟いていた。
昨日はあれから、店にトラックを無事に返すと次の日が探索という事もあってか、ダンジョンへ潜る準備をすると早々に寝ることにした。
そして次の日、もろもろの支度を整えてダンジョンへと向かった。酒を飲んでも居なかったし体調は万全だ。
「しっかし…2層の攻略を3日後にいよいよ開始かぁ…今度はどうすっかねぇ?」
出発前に見た管理部のお知らせ欄の所にそんな記載が載っていた。受付でも聞いてみたがどうやら間違いないらしい。
報酬の分配が終わったという事もあり、準備を整えたら攻略再開とのことだ。
「一応攻略が始まる前には戻ってくるつもりだけど参加はどうすっかな…。やっぱり階層を進めるのを優先した方がいいかねぇ? 2層を攻略しちまわないと3層4層と先にいけないしな。
様子見をしていた中堅クラスの人達とかも参加するって話だし、広場の攻略自体は1層よりも早いかもって言われてるんだよね…。
問題は運搬班と護衛班の数だけど…まぁ、足りなければ管理部から知らせがあるよな? その様子を見て参加するかどうか決めるとするかね」
なんにせよ、今は3層へ行けるようにしておかねば2層の攻略が終わったとしても付いていく事は不可能だ。出来れば2層の攻略は皆に任せ、自分は階層を進めることに注力したい。
まずはその階層まで進んでるということが前提なわけで、こういう時低階層までしか行けてない初心者探索者は困るよな…。階層が上がるにつれて初心者探索者が減るのは仕方がない話か。
「次の方どうぞー!」
「おっと、自分の番が来てたか…」
そんなことを考えている間に列は進んでいたらしい。スタッフさんにタグを見せて転送陣へと向かう。
「出来れば2層の攻略前に森田さん達との約束も済ませておきたいしなぁ…明日には帰ってこれるようにして、次の日に3人の家へ行かせてもらうとするかね」
こちらも結構待たせてしまっているのでなるべく早めに終わらせてしまいたかった。
次の日から2層の攻略開始となればそうそう引き留められるという事もあるまいと、うまいこと理由をつけて早めに帰る作戦だ。2層攻略の話を利用させてもらうとしよう…。
「まぁ、初日の参加はしないつもりだけどね…。
さて、気を入れ替えていきますか! お前たち、転送後は指示があるまで警戒態勢だ」
転送陣の上に乗りながらゴーレムへと指示を出す。後の事はとりあえず帰ってきてからだ。
装置を操作して2層への転送を始める。しばらくして転送陣が光で満たされると、陣の上から将一達の姿が消えていった。
そして今まで見ていた視界が切り替わる。無事転送が終わったようだ。見た目からしてどこかの通路だろう。
「……大丈夫…か? やっぱり戦闘中のとこに飛ばされるってのがあってからこの瞬間は緊張するな…。お前達、警戒解除だ」
視界内の通路にモンスターの姿は見当たらなかった。ゴーレム達も特に反応を見せない事から近場にはいないと判断する。
「さーって…ここは何処なのかねぇ?」
地図を取り出して周囲の探知を始める。近場の見える光石にもタグは付いて無いしな。
しかしそんな気を緩めたのもつかの間、探知を始めてすぐに警戒の表情へと変えることとなった。
(おいおいっ! 視界内には居ないけど結構近くにモンスターいたじゃないか! 探知をすぐにしなかったら向こうから近寄られてたぞ)
声に出す事無く、内心でそう思いながら探知で判明した場所を警戒する。ゆっくりとだがこちらへ近づいてきてるようだった。
(さっきの声聞かれたか!? にしては移動速度が遅いな? ただ単に移動してきてるだけか?)
通路の角の奥からゆっくりと近づいてくる反応を探知で捉えつつ、向こうに既に知られているかどうかを考える。知られているにしては移動速度がゆっくりなのが気がかりに思えた。
(まだ知られてないのなら先に角で待機出来そうだな…ゴーレムを一度仕舞って角まで行くか…)
そう思うと駒を取り出してゴーレム達を仕舞っていく。風魔法で少し浮けば足音を向こうに聞かれる心配もないだろう。
腕防具をつけた状態だったので少し心配だったが、駒を落とす事無く仕舞い終えると移動を開始する。
角に着くと探知でモンスターの反応を確認したが、どうやら相手の移動速度が上がったという事はなさそうだった。
(気づかれてないって事か? 転送後は探知で確認するまで警戒は継続させたままの方がいいな…)
視界内にモンスターが居なかったからといって、すぐに警戒解除を出したのは失敗だったと反省をする。あの転送後に戦闘開始の印象が鮮明に残りすぎてる弊害だなこれは…
(やっぱ視界内に居ないって思うとどことなく気が緩んじまうのか…。広場ならともかく通路だと先が見えないから危険だな。
前回はしっかりやってたってのになぁ…探知を終えるまでは声出し厳禁を徹底させないと。
まぁ、反省は後でするとして…それはともかくゴーレムを改めて出すか。戦闘準備戦闘準備…っと)
駒を落とさないよう気を付けながらゴーレム達を出していく。
指先に滑り止めとして薄くゴムでも付けた方がいいかもしれないと、頭の隅でそんな調整内容を考えていた。
8体+リキッドを通路へと出し終えた。高さ的には問題ないしな。
(そろそろ姿が見えるか…。転送場所でってわけじゃないけどさ…転送後は戦闘無しでゆっくりと現在地把握させてくれんものかねぇ…)
そんなことを思いながら通路の奥からやってくるモンスターの確認を行う。何が相手かまだ分からないので、隠蔽効果のある魔法を纏って待機だ。光石の範囲に入れば見えてくるはずだが…。
(見えたっ! あれは…鉄塊蟻か? どうりでゆっくりなわけだ)
ぼんやりと視界に浮かび上がってきた姿は以前見た事のあるモンスターだった。移動がゆっくりな原因もこれで納得がいった。
(数は…5体か。戦力的にはこっちが勝ってるな。
いや…でもここはリキッドの実戦と行くか? あれぐらいなら手ごろな相手だろうし)
相性的には相手が5体だろうと問題はないだろう。大きい分硬さで受ける事も出来るだろうし、液体状なら物理攻撃しかできない鉄塊蟻の攻撃なんて痛くもかゆくもない。
スピードも遅いし、人と同程度に動けるリキッドにとっては脅威ではないだろう。
(攻めるだろうから武器は変更させるか…。ゴーレム達が持ってるメイスのちょっとでかい版を作ってやればいいかね? 壊れないように強化だけはしっかり掛けといてやらんとな…)
鉄塊蟻をリキッドの実戦相手と決定し、武器を作って持ち替えさせてやる。これでどんな戦闘をしてくれるか楽しみでもあった。
相手がこちらに近づくまでリキッドには待機を指示。合図とともに強襲させる作戦を選ぶ。
のしのしと歩いてくる鉄塊蟻を鏡で観察する。こちらに来るまでもうちょっとだ…よし、あと数歩…。
「……」
リキッドに対し無言で合図を出す。行けっ! と。
視界がどうなっているのかはわからないが、リキッドはこちらの合図を理解したのか通路から飛び出していった。
作戦内容を長々としゃべるわけにもいかなかったこともあって、小声で一言だけ「襲え」と指示を出しておいたがはたしてどうなっただろうか?
敵がいることは向こうも既にわかっているはずなので今更姿を隠しておく意味はない。大盾のゴーレムを先頭に立たせ、角の向こう側を確認する。
「おおっ! 1体もう沈んでるのか、あれ…」
隠れていた通路はT字になっており、モンスターがやってきた方向とは反対側の場所に移動しながら戦況を把握する。
一番近くに居た鉄塊蟻は既に動かなくなっていた。よく見ると首が無くなっている。斧状の部分で首を叩き落としたのだろうか?
「あ…足元で潰れてるあれ頭じゃ…リキッド踏みつぶしちゃったのか」
動かなくなっている鉄塊蟻の近くに何やら踏みつぶされたと思われる染みが地面に出来ていた。
確か顎の部分はナイフとして買い取れたはず…と思い出したが、もう手遅れだ…。まぁ、言わなかった自分が悪いか。
「お? 2体目も動かくなったか。あっちも首落としたっぽいな」
大盾のゴーレムをリキッドと鉄塊蟻達が戦闘してる所へじりじりと進ませつつ、戦況の確認をする。残りのゴーレムは死んだ鉄塊蟻を後ろへと運ばせておく。後で仕舞うとしよう。
2体目を倒したリキッドは、3体目の頭部に向かって面になっている部分を叩きつける。その振り下ろしは結構的確に頭部を捉えてるように見受けられた。微妙に軌道を修正しているらしい。腕の動きが滑らかだからだろうか?
いくら装甲が厚いとはいえ、ゴーレムの一撃…それもリキッドのサイズに殴られて平気なわけがない。首への負荷は相当な物のようで、動きが鈍い鉄塊蟻の動きが更に遅くなっていた。
仲間をカバーしようと思っているのか、他の2体がリキッドへと体を押し付けようとしてきたがその移動速度に違いがありすぎた。
物理的に体でブロックをして追撃を防いだはいいものの、今度は自分達が狙われる始末。しかも的確に頭部を殴りつけられ、カバー自体も移動の遅さの所為でだんだん間に合わなくなってきていた。
動きが遅い鉄塊蟻だとカバーとか無理じゃないかね、これ?
動きが遅くなった鉄塊蟻は、リキッドにとってもはや敵でも何でもなかった。正確な軌道で振り下ろされる斧状の部分が、首の付け根に吸い込まれるようにして入っていく。
その1撃によって、首が体から離れる個体がもう1体増えた。これで残り2体だ。
「正確な攻撃がゴーレムの力と合わさってかなり強力になってんな。体が自由に動くゴーレムってのはここまで一方的になるもんなのか…。まぁ、相手が遅いってのも影響してんだろうけどさ。
人型で武器を持てるってのも強みだな。槍とか持たせても結構いい働きしてくれたりするかもな」
重い一撃を正確に放てるというリキッドの状態を目にすることが出来、その動きに満足感を覚えた。
これで防御力も並み以上にあるというのだから、これから前衛としていい活躍をしてくれそうだと、4体目を屠る後姿を見ながらそんな感想をリキッドへと抱いた。




