30話 携帯を買いに行こう
「本日はご来店誠にありがとうございました。買取のお話はまとまり次第今日お買いになられる携帯の方にお電話差し上げますのでしばらくお待ちくださいませ」
「わかりました。何かありましたらこちらからもお電話させていただきますので、よろしくお願いします」
将一は店の前に回された新車に乗りながら窓の外にいる上田さんに挨拶をして車を進ませる。道路で誘導してくれている店員さんの声を後にしつつ目的の一つを終えられたことに安堵した。
「まさかこんなことになるとは思いもしなかったなぁ…まぁ、買取差額で新車を買えたんだからこっちとしては喜ぶべきことだよな。
結局言葉に乗せられて消耗品は買ってしまったけど魔石車初特典ってことでいろいろサービスしてもらったし別にいいかぁ…」
車の後ろに積まれている消耗品の類を思い出し負けたと感じた将一。お得感を出されて結局上田さんに色々買わされてしまった。
しかしその後、魔石車初乗り換えという特典を貰った分むしろこっちの方が得をしたんじゃないかなぁとも思ってしまう。
今の時代に魔石車が初という人はいないだろうとサービスの内容を発売当時そのままにしていた店側の落ち度だろう。
まさか土の魔石が小サイズとはいえもう1個ついてきたのは貰った側の将一ですら呆れてしまった。
「並の普通サイズが40万…並の小サイズは半額だとしても20万相当。初期のころはこれぐらいの特典あってもよかったんだろうけど今でもその特典を残してるとはなぁ。上田さんも最後の方苦笑いしてたぞ」
貰った小サイズの魔石で約1月分のエネルギーになる。魔石のエネルギー補充がどれくらいかかるかは知らないが1月分のガソリンが付いてきたと考えればだいぶお得だろう。
「結局魔石のエネルギー補充について聞くのも忘れたしダンジョン街に行ったらこれも聞かなきゃな。初心者講習とかあるといいけど…」
上田さんなら聞けば教えてくれそうではあったが小さなプライドがそれの邪魔をした。結局性格を直さなきゃどうにもならない問題かぁ……と複雑な思いだ。
「っと…ここだな、上田さんが教えてくれた携帯ショップは。
店を出る前に近くに携帯ショップはないかと聞いといてよかったよ。探す手間が省けたわ」
実は車を買う際に連絡先を書いてくれと言われて困ったのだ。慌てて免許証から住所は書けたのだが家の電話番号が分からない…。
流石に家の電話番号を知らないとは言えず、今は電話線の調整中ととっさの言い訳をしたがこれで携帯の必要性を再認識してしまった。
「早めに携帯手に入れて電話の連絡先書けるようにしとかんとな…。上田さんの名刺は貰ったし、携帯を手にいれたらすぐにでも連絡するか。
家の電話の方もそのうち何とかしないとなぁ。電話自体はあるだろうし電話番号も書いてあるだろうからまぁ良しとして…電話…届くのか、あの家は? 途中で電線切れてそうなんだよなぁ…」
山の中にある家の電話の心配をしつつ携帯ショップの駐車場に車を止める。
まだ新車になれていない所為かバックで切り返しを何回かしてしまう。ちょっと車が長いのも原因かと、早めに慣れるようドライブでもして少し乗り回すべきだろうか。
「まぁ、そのうち慣れるだろうし今はいいか。とりあえず携帯携帯っと」
いつか慣れるさと、考えを放棄し携帯ショップに入る。目の前にガラケーばかりが並んでる光景を見て少し懐かしさを感じてしまった。
(最近じゃスマホだったり液晶タイプのばっかりでガラケーなんて隅に追いやられてたからなぁ…なんか新鮮だわ)
「いらっしゃいませ、本日はどうのような御用でしょうか?」
入ってすぐのところで店員さんに声をかけられた。商品の補充をしていたのか足元には液晶に貼るシールだったりストラップの入った箱が置かれている。これもまた懐かしいなぁ…。
「新規契約をしたいんですけど今からでも大丈夫ですかね?」
車屋で少し時間を食ったこともあって、今からでも大丈夫か聞いてみた。携帯の契約も無駄に時間かかるし、もしかしたら断られるかもしれないと。
「大丈夫ですよ。あちらの席にいる係の者に新規契約をしたいと申し出てください」
「わかりました、ありがとうございます」
「いえいえ、お好きな携帯をお選びください」
店員さんに軽くお礼を言って教えられた席にいる人の所へと向かう。
自分以外にはお客もおらずすぐに対応してもらえそうだと内心喜ぶ。
「すいません、新規登録をお願いしたいのですが」
「はい、かしこまりました。ではこちらのパンフレットを見ながら説明させていただきますね。
機種は最新のものだとこういう感じなのですが、すでに決められたものはございますか?」
「特に決めていませんがなるべく操作が簡単な奴がいいですね。電話とメールができればそれでいいという感じなので」
こちらの言葉を聞くともういくつかパンフレットを取り出しページをペラペラとめくる店員さん。型は最新でなくて構わないので多少古臭くても気にしない。
「ではこちらの物はいかがでしょうか? シンプルではありますが若年層向けに多少機能が付いております。画面も大きめですのでメールも見やすいですよ」
「ふむ…実機はありますか?」
「少々お待ちください。今持ってまいります」
そう言って席を立つ店員さん。
やはり実機を触りながらの方が分かりやすいし用意できるのならそれに越したことはない。
しばらくして店員さんが奥から携帯を持って現れた。それを電源に差すとこちらへ渡してくる。
「こちらが実機になりますね。形はそれでよろしければプランの方に移らせていただきたいと思います」
「そうですね……はい、携帯はこれで大丈夫です。今だとどんなプランがあるんですか?」
「こちらがプランになります。現在は……」
「では以上でよろしいでしょうか?」
しばらく店員さんとプランを巡ってのやり取りが続いた。
気が付けば店内にいたお客さんもほとんどが帰っており、だいぶ時間が過ぎている。
「はい、それでお願いします。
ところでこの携帯ずいぶん軽いんですけどこんなものなんですか?」
店員さんとやり取りをしている最中用意してもらった実機をいろいろと触っていたがずいぶん軽いことに驚かされた。
軽量化できたとはいえここまで出来る物なのかと疑問に思う。昔使っていたガラケーの記憶はあいまいだがここまで軽かったかなぁと。
「ええ。内部の電子部品はそのままですが、それ以外の部分は魔石の粉末が混ぜられていますので軽量化と強度が向上しております。落としても壊れにくくなっておりますよ」
魔石を利用の次は魔石の粉末を利用したという言葉が出てきた。また知らない情報だなぁと、本格的に魔石について調べなおさなくてはいけない気がしてくる。
「粉末をですか…。実際どれぐらい混ざってるものなんですかね?」
「さて…どのくらい混ぜ込んでるかは実際に作ってる人たちぐらいしか知らないんじゃないでしょうか?
私共も携帯にどれぐらいの割合で混ぜられてるかの情報はありませんので申し訳ありませんがお答えできかねます。やはり企業秘密なので外には伝わりませんねぇ」
割合を知らなくとも軽くて丈夫ならそれで良しと納得している店員さん。確かに使用者としてはそれで何ら困ることはないか。
(しかし魔石を粉末にかぁ…。軽量ってことは風の魔石か? けど強度も上げてるってことは土の魔石とかも混ぜ込まれてるのかねぇ…。
もしかして車とかにも衝突対策に強度上昇として使われてたりすんのか? 上田さんにその辺りも聞いときゃよかったかなぁ…)
粉末を利用することで強度や重量を変えられるという事実に更にいろんな魔石の使い道が想像できてしまった。その辺のガードレールや電柱にすらそれが使われているのではないかと考える。
(割れてしまった魔石は廃棄じゃなくて粉末状にして更に使えるってことだよな…。実質魔石を使用した合金があるんだなこの世界。この携帯を見るにプラスチックにも混ぜられるってことだし、ほんと利用の幅が広すぎるな…)
新たな事実を知り更に困惑する将一。こりゃ早いとこダンジョン街に行った方がいいなと思ってしまった。わかってはいたが知らないことが多すぎる。
「この携帯だけではありませんけど、お年寄りの方は落とすことも多かったんですよ。魔石の利用によって強度が上がり壊れにくくなりましたので今では修理に出されることも減りましたね。あ…ですが水には相変わらず弱いのでそこは注意していただきたいかと」
「強度は上がっても耐水はまだという事ですね。わかりました」
「それでは石田様のデータを入れてまいりますので携帯に付けられるストラップ等でも見てお待ちください」
そう言って店員さんは奥のスタッフ以外立ち入り禁止区域に消えていった。
最後にストラップも買ってくださいと若干念押しされたような気もするがあまり気にしないでおこう。
店員さんが帰ってくる間店の隅に設けられた休憩所みたいなところで飲み物を買って休む。一応これで今日のやるべきことは終えられたはずと肩の力を抜いた。
(とりあえず車も新しい物を手に入れられたし携帯も買えたな。後はあの分厚い説明書を読みながら設定弄らなきゃいかんか。それから上田さんに電話番号教えるために電話をすれば今日の予定は完全に終了だなぁ。車両保険だの携帯プランの契約だの、やっぱ疲れるわ……。
それと明日は生命保険とかにも入っとかなきゃいけないか。ダンジョン街行ったら貸し物件の契約もあるし家電もそろえなくちゃなぁ…。ああ…そういやダンジョン街で貸し物件借りたら住所変更の手続きとかもしなくちゃならんのか…だりぃなぁ…たくっ。
異世界だとこういう契約契約ってのがないから楽ではあるんだろうけど…自分の為でもあるし手が抜けない所だよな。面倒でもやっぱやんないとだなぁ…)
こっちの世界だとこういうところが面倒くさいんだよなぁと思いながら今後の予定を考える。
何をするにしても契約がらみな事しか思いつかず、理解はしているが面倒くさいという思いが常に付きまとっていた。
休んでいるはずなのになんか疲れてしまう。早く店員さん戻ってこないかなぁ…と、ため息を吐きながら手元の飲み物をぐびぐびと呷った。




