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29話 新車より高い中古車だったのか…



 「お疲れさまでした。いかがでしたか、乗り心地の方は?」


 周辺を少し走り魔石車の試乗を終わらせ戻って来ると、駐車場に車を止めたところで坂田さんがこちらへ近寄ってくる。ずっと待ってたのか?


 「乗り心地はよかったですね。取り回しも楽でしたし、ブレーキの効きもよくて運転しやすいかと。後は慣れなんでしょうね。バックして駐車しようとしたらなんどか仕切り直ししてしまいましたから」

 「そうですねぇ…そういったことはやはり乗り慣れないと感覚がつかめないでしょうね。

 他に何かご不満な点はございませんでしたか?」

 「あとは…特にないですかねぇ。乗ってれば不満は出てくるのかもしれませんが…」

 坂田さんはそれもそうですねぇ…といって頷く。今の試乗だけでわかるようなものがそうそうあっても困るはずだし。


 「それでどうされますか? 他の車も乗られてみます?」

 「あー…それなんですけど…走ってる最中にも思ったんですが、近くに他のメーカーさんもありますよね? 一番近かったからとりあえずここに入ったんですけど…他のメーカーさんの最新車も乗ってから考えさせてもらっていいですかね?」


 少し言い出しづらい話ではあったが、将一としてはなにもここで絶対決めなければいけないというわけではない。

 高い買い物になるわけだし、近くに他のメーカーがあるのであればそちらの情報も知ってから決めたいと思っていた。


 「あー…確かに近くにありますもんねぇ。そういうお客様もいらっしゃいますし構いませんよ。本当ならうちで決めていただくのがありがたいですが無理強いはできませんからね」

 「すみません、もし他の所でいいのが無かったらこちらにまた来させていただきますね」

 「ええ、わかりました。またのお越しをお待ちしております」


 最後の言葉が本心だろうか? 買うならうちで買ってほしいというのは商売しているものとしては当たり前だろう。

 坂田さんは道まで誘導してくれると最後にお辞儀をして送り出してくれた。最後まで印象をよくしておけばまた来てくれると思ってか、それとも車屋さんのお見送りとしてこれがデフォなのかは知らないが対応は丁寧だったなと思いつつ他のメーカーさんの所へ向けて車を走らせた。



 とりあえず3社で車の説明を聞き、そこで試乗をした感想としては何処もそれほど変わらないかなぁ…というものだった。


 土の魔石から効率よくエネルギーを引き出す技術は独自の物ではなく、研究機関が見つけたものを各メーカーに知らせた結果どこも新車を作ったのだろう。

 説明を聞いてるうちに他社との差は今はそこまでないという事が聞けた。メーカーによって車のデザインにバリエーションは出るだろうが魔石の引き出す力は今は何処も同じらしい。


 新車の説明を聞き自分が選ぶなら最後の所で紹介された車が一番よかったかなぁと思った。

 ここは自分が今乗っている軽トラのメーカーさんで、乗り入れた軽トラを見ていたく感心していた。

 どうもこの軽トラは約40年ほど前に販売された物らしく、現状このような綺麗な状態で稼働しているのが大変すばらしいと最初から対応が丁寧だった。


 しばらくして車を買い替えようと話を持ち掛けたところだいぶ交渉がスムーズに進んだ。

 3番目という事もあって新車の状態はだいたいわかっていたし、差がそれほどないと教えられたのもここでだ。前2つの店では説明がなかったこともあり、こちらの方が説明も丁寧で印象としては一番よかったこともある。


 「というわけで、3番目に来たメーカーさんの所でお世話になろうかねぇ。担当の上田さんは午後もいるって話だしな」


 流石に3社も回るとお昼時が近いこともあり今はファミレスで昼食タイムを取っていた。考えをまとめる為にもいったん休憩がしたかったのもある。

 

 「しかし…自分が石田で1番目の所が坂田さん、2番目の所が沼田さん、3番目の所が上田さんって…ずいぶん田が付く人に出会うな。ありきたりな苗字とはいえこうも立て続けとはね。

 今思い出したけど…ゲーセンのお兄さんが新田だったな。偶然って怖いもんだ」

 お昼も食べ終わり食後のお茶をしている所、小さいことではあるがなんとなしに気になったことを思い出した。こうなるとコンビニの女性店員さんを初めとして今まで会話してきた人達も名前に田が付く関係の人だったのではないかと邪推してしまう。


 「まぁ、そんな偶然は流石にないか…。

 さて、そろそろいくかね。車を早めに決めて携帯見に行きたいしな」


 レシートを手に会計へ向かう。お札を手に入れた今、会計をする際も普通に払えるようになり気が楽になった。


 ファミレスを出た将一は3番目に行った車屋へと向かった。ファミレスともそう離れていなかった為大した時間もかからずに到着する。

 

 「到着っと。上田さん昼休憩終わってるといいんだけどな…」

 将一は車を止めて建物の中に入っていく。前に来てから1時間もしないで来店したためか、受付の店員さんも覚えていたらしく名前を呼んでテーブルへと案内してくれた。


 「またのご来店ありがとうございます。戻っていらしたという事はもうお決めになられましたか?」

 「ええ、話を詰めたいのですが上田さんはいらっしゃいますか?」

 「少々お待ちください。ただいまお呼びしてきます」

 「ああ、大丈夫だ。もうここにいるから」

 店員さんはその声を聴くと驚いた様子で後ろを振り返った。流石にそこに居るとは思ってなかったらしい。


 「もういらしたようですね。それではごゆっくりどうぞ」

 「はい、ありがとうございます」

 それだけ言って店員さんは持ち場に戻っていった。そしてその後ろから代わりに上田さんが来て目の前の椅子に座る。


 「ご来店ありがとうございます。再度来られたという事はうちの車に決められましたか?」

 「ええ、買い替えに関して詳しい話を聞きたいのですが大丈夫ですか」

 「構いませんよ。では書類をお持ちしますので少々お待ちください」

 上田さんはそう言って受付のところまで戻る。そこに書類が用意されているのか新しいパンフレットを何枚か持って再び戻ってきた。


 「お待たせしました。こちらが車を買う際の書類になります。それとオプション等はこちらのパンフレットに載っておりますので必要なものをお選びください」

 「追加でいろいろ変更できるんですね。特に何もつけない場合は最初聞いた時の500万になるんですか?」


 特にオプションが必要だとは思っていなかった。試乗してみたがあの状態で走る分には十分に感じられた。

 車オタのあいつなら色々交換して自分の好きな部品に取り換えるんだろうけどそこまでの必要性を感じてない自分としてはデフォルトのままで十分だ。

 

 「あー…実は値段の事で少々おかしなことになりまして……。石田様のお話ですと、車の買い替えという事ですから今乗っておられる車は手放されるんですよね?」

 「ええ…2台も必要ありませんし、新車に買い替えたのなら今乗ってる車は中古としてどこかで買取してもらおうかと…。あ、こちらで買取の査定もしてらっしゃいますか?」

 「実はそのことなのですが…あれほどの状態の物があるとうちの社長に話してしまいまして…。石田様のお名前を出したわけではありませんが、お客様の中にそのような車を現在持っているという話をしましたら社長自らがコレクションとして買い取りたいとおっしゃっておりまして…」

 「はぁ…車会社の事はわかりませんけど、ご自分の会社で作っていた物なら同じものを新たに作れるのでは? 確かに物珍しいかもしれませんけど、作り直したものでいいのでは? それほど希少というわけでもないでしょう?」


 いまいち話の内容が理解できない。自分の会社で作っていた物なら設計図だってあるだろうし作り直すことも可能ではないかと思った。

 それとも自分が知らないだけであの軽トラは希少なものだったのだろうか?


 「実は…今ではそれが難しくなっておりまして。何しろ約40年前のものですからねぇ。

 あの戦争の際、本社があったところが壊滅した所為で一部のデータが損失しておりまして…作っていた技術者も既に亡くなっております。

 その所為で作れなくなった車も現在はございまして。石田様がお乗りになっている車もその一つなのです。

 最初来られた時にざっと見させていただきましたが、凹みも傷もない状態ですし土の汚れはありましたがこれは落とせますからね。実質新品と言っても過言ではないかと。

 あの戦争があったにもかかわらずここまで状態がいいものが残っているのは奇跡なようなものです。

 そう言った理由で、むしろ買取させてもらえないかと本社から言われておりまして…いかがでしょう?」


 その上田さんの言葉を聞いて、将一はやっちまったなぁ…と軽く後悔していた。

 戦争があった所為で本社のデータが吹っ飛び現状制作不可能なんて理由があるとは思いもしなかった。

 見つけた状態は錆さびで動かすため新品状態に戻してしまったのが裏目に出てしまった。乗るためには仕方なかったとはいえまさかこんな結果になるとは……。


 (ここで買取すればばらして車の設計図も取れるし、社としては現存している貴重なものだからなぁ…何が何でも買取したいか……。

 自分としては買取をむしろ高値でしてくれるんなら逆にありがたいけど変に目立つことにならなきゃいいんだが…。売らなかったら悪印象与えてそれはそれで記憶されそうだし、仕方ないよなぁ……)

 

 「えっと…こちらとしては買取してくださるんならむしろありがたいわけでして……。別に手元に置いておきたい理由もありませんし私は構いませんが……」

 「そうですかっ! いやー助かります! この話をして他所に持っていかれたら実は困ったことになるかもと思っていまして。あ、車の買取の書類はこちらになります。

 石田さんが納得してただけて助かりましたよ。希少なものだから手元に残しておきたいと思われるかなぁと実は諦め半分でしてね……」


 最初から買取の書類まで用意していたのかと驚いたが手に入るチャンスがあるなら見逃さないのが商売人かと納得する。


 それにしても…困るのならそんな話わざわざしなければいいんじゃないかと呆れてしまった。希少なものならなおさら寝かせればもっと価値が上がるはずの物を自分達からばらすかね?

 今回は車を買うことで邪魔だから売り払うが普通はその話を聞いたら手放さなくなるよなぁ……と。


 「今日そちらの書類を書いていただけたら車の汚れを落として買取金額を調べた後、石田さんにお知らせしたします。

 それと社から最低買い取り額として1000万は出すと言っておりますので新車の方のお代は大丈夫だと思われますよ」

 「はい…?」

 最低買い取り額が1000万と聞き驚くやら呆れるやら…思考が一瞬止まってしまった。今日買う新車の2台分とかどういうこっちゃ……。


 「やはり新品同様というのも大きいのですが…あの車が手にはいれば設計図もわかりますからね。型としてみれば完全に時代遅れのコレクション扱いですが、それゆえ希少性もありますので。それらの事も踏まえて最低それぐらいは買取額として出すという事でしょう。

 上の方で検討された後に金額の方はお知らせいたしますので、それまではお待ちください。

 それはそうと…新車のオプションの方はいかがいたしますか? 買取の差額分もありますので色々変えられても大丈夫だと思いますよ?」

 「あー…試乗した際そこまで気になることはありませんでしたからデフォルトのままで構いません。正直そこまで車にこだわらないからこそ今の車を手放すわけですし…」

 「そうですか…わかりました。ではオプションの方はなしという事で。

 それでは、後々必要になりそうな消耗品などはいかがですか? 足置きマットやワイパーの交換部分、洗車に使う掃除セット等そろえておくと便利なものもございますよ」


 重要な話が終わった所為か上田さんは商売トークをし始める。

 今までの話は本社の意見ばっかりだったがここからが商売人の本領発揮とうまい言葉に乗せていろいろ買わす気満々のようだった…。




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