28話 車を見に行こう
銀行を出た将一は、車を走らせながら街を眺める。お金の件が片付いたので気分はただのドライブだ。信号待ちをしながら街のいろんなところへ目を向ける。
「やっぱりこうやってみると別世界なんだなぁってのがよくわかるな。カバンから防具の一部出てたり、細長い袋で武器を仕舞ってたり、武器ケースらしいものを担いでる人結構いるんだよなぁ。
これ、やっぱどこかに武器屋か防具屋あるんじゃないのか?」
街中で歩いてる人を見るに、中が分からないようにして武器や防具を運んでいる人達を結構見かける。看板がないだけでどこかに店があるはずだと注意深く探してみた。
しかし店の外見からはそれらしいものは結局見つけられず、素直にどこかで聞いた方が早いよなぁとそう思った。
困ったときは人に聞く。これが一番わかりやすいはずだと、次どこか入った店で聞いてみようと頭の片隅で覚えておく。
「やっぱり住宅地とは違って店多いんだよな。ここは戦争に巻き込まれなかった場所なんかな? 見た感じでは古そうな建物もあるし復興後に建てましたって感じじゃないもんな。
ここから見える光はそれなりに遠いけど一番町の近くってことはモンスターを1体は倒してた場所なんだろうか? この街の外へ出ると更地になってる場所もあったりして。復興の規模次第だろうけど」
ここから一番近くに見える光の柱の根元にはダンジョンがある。
モンスターを1体でも倒してるところは湧きがなかった場所になるはずだし、ここはモンスターの脅威から逃れることができた地域なのかもと昨日調べた情報を思い出して当てはめてみる。
市役所にでも行ってみればその時の情報が書いてある資料も置いてあるとは思うのだが。
「実際日本だと被害ってどれぐらいだったんだろうか? 世界の規模では相当やばかったってのは知ってるけど日本の被害についてはそういや調べるの忘れてたわ。
地図を見た限りだと県が丸ごと無くなってたようには見えなかったけど……市のいくつかはやっぱ全滅してるところもあるんだろうなぁ……」
こうして街並みを見ている分には戦争があったなんて思えない。やはり一度は復興がまだされてない場所を見て実感する必要がありそうだと考える。早めにこのズレは無くしておいた方がいいだろう。
この世界で生きていくうえで知らなければいけないことが全然足りていないと再認識することとなった。
「とりあえず地盤を固めたら色々出かけてみないとなぁ…。幸い資金や時間を気にする必要は特に無いわけだし元居たところだと活動範囲狭かったからな。こっちでは日本を横断するぐらいの気持ちで動いてみるかね。
まぁ、そのためにも普通の車は手に入れとかなきゃいけないんだけどさ……。公共の乗り物も被害でてたら使えなくなってそうだしなぁ。飛行機はともかく新幹線や電車はレールが無くなってるところもあるかもだし」
この街の様子をこうして見るにまずはいろんなところへ足を延ばし実際に見てみようと目標を立てる。
そしてそれを実現するにはやはり買うべきものは買っておかなければなと思った。
将一は街中でのドライブをある程度楽しむと目標の為にまずは車を買い替えようと車屋を探し始めた。
「前評判とかわからんけど元居た世界で聞いたことのある車メーカーがあるしまずはそこへ行ってみるかね」
路肩に車を停車させると地図を取り出し最寄りの店がどこにあるかを探す。こういう時にはやっぱりナビがほしいよなぁと、どうせ買うのならナビがついてる車にしようとひとまず基準を決めてみた。
「ここが一番近いかな? 近くに他のメーカーもあるしそのあたりで車探ししてみるか」
目的地を確認すると停車させていた車を道路へ戻し走り始める。幸いそんな離れている所でもなかったようで着くのはそんなに掛からんだろうと気を楽にして道を進む。
しばらく走ると目的地である車屋の前まで来た。予想通りそこまで時間はかからずに来れたのでいろいろ選ぶ時間も取れそうだと喜ぶ。知り合いに車にむっちゃ拘ってる奴がいたけどそいつは車の買い替えで1日ずっと居たというからな。
自分としてはそこまで何を決めることがあるんだとしか思わんが、そいつに言わせればそんな簡単に決めれるもんじゃないとめちゃくちゃ講釈を垂れていた覚えがある。
「正直乗ってて不便じゃなければそれでいいとしか思わんからいいけど…あいつ、部品から何から何まで拘ってたよなぁ。車オタクには正直ついてけんかったわ。店員さんがまともな人であることを祈ろう……」
車選びに多少の不安を感じながらも、最初のメーカーさんとこの駐車場に車を止め店の入り口へ向かっていく。なるはやで決まってくれればそれでいいなと思いながら…。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
入ってきた自分にすぐさま近寄ってくる店員。人の入りはそれなりだが受付の担当だろうか?
「実は車を買い替えようかと思いまして。今乗ってる車がだいぶ古い型で、新しいので何かいいのはないかなぁと」
「買い替えですね。ではこちらのお席にどうぞ、今係の者を呼びますので」
そう言って店内にあるテーブルとイスの所に案内される。案内されるとすぐに別の店員が来て何か飲み物を飲むかどうかの確認に来た。とりあえず無難にコーヒーでも頼んでおくとする。
注文してから少し待っているとコーヒーを持って再び現れる。
「ごゆっくりどうぞ」
「どうも」
軽く会釈をしてから持ってきてくれたコーヒーに口をつける。作り置きかもしれないがただのインスタントの味ではなさそうだと係の人が来るまでコーヒーを楽しんだ。
「お待たせいたしました。私担当する坂田と申します」
「石田と言います。よろしくお願いします」
「石田様ですね。本日は買い替えという事でしたが…すでに何かお決めになられている条件等はございますでしょうか?」
手元のパンフレットをこちらに渡しつつ用紙にメモを取ろうとする坂田さん。
「車にはそれほど詳しくはないので…少し最新の車の説明をしてもらってもいいですか? 燃費とかついてる設備とか」
「わかりました。ではこちらのパンフレットをご覧ください」
そう言って目の前に置いたパンフレットを数枚めくると1台の車が載っているページで止める。
「こちらは本社の最新の型なのですが、従来の車に比べ魔石から効率よくエネルギーを変換できるようになっておりまして。交換時期が1月以上伸びていることが特徴となっております」
「へー…ちなみにこれの前の型だと燃費はどんなものなんです?」
「これの前の型になりますと、航続距離にもよりますが2ヶ月で魔石内部のエネルギーがなくなりますかね。各スタンドで魔石を交換していただくか補充してもらうことになります」
(補充ってなんだ? また新しい言葉が出てきたぞ? エネルギーの補充って言葉の意味はわかるがどうやるんだ?)
魔石の交換はまだわかる。しかし、エネルギーの補充ってガソリンみたいなもんでもないし将一の頭はなんじゃそりゃ状態だった。
「あー…なるほど? それでこの最新のやつは他と比べて他はどんな感じですか?」
これだけ流行っているというのに動かす大元の魔石の補充って何ですか? と聞くのは流石に常識知らずと思われそうで聞くに聞けなかった。迷ったら聞こうとは何だったのか…。
坂田さんはこちらのそんな思いに気づくことなく次の質問に答える。
「はい。エアコンも前と後ろに計4つ付いておりますし、音楽やラジオも聞きやすく、またわかりやすいよう変わっております。ナビも少し大きくなり見やすくなっていますね。
ナビに関しましては従来の物をはめ込むことで多少お値段は変わりますが今までの物も使えますよ。
あちらに実物がございますので少し見てみますか?」
パンフレットにペンで他と違うところを説明していると後は実物をご覧下さいという事らしく奥に飾ってある車へ手を向けた。
「あれがそうなんですか。では少し見させていただきますね」
「ええ、実際に運転席に座られてお確かめください」
2人は座っていた椅子から立ち上がると実物を見に向かう。今は誰も確認していないこともあって自由に見ることができた。
「どうでしょうか? 座り心地や前の見やすさなども従来の物と比べてよくなっていると思われますが?」
「そうですね…確かに見やすいとは思います。ナビや備え付けの物も座りながらいじりやすいですかね。後は実際動かしてみるまでわかりませんがよさそうです」
2人して車内を確認し合い外からはライト周りやドアの開け閉めのしやすさ等を確認する。
将一としてはこれより高性能で使いやすいナビを知っていることもあってかそこは少し不満が残ったが概ね言った通り使いやすいかなと評価した。
「今なら表に試乗できるものがありますので乗って確認されますか?」
「そうですね、運転中の乗り心地とかブレーキの効きとか運転のしやすさなんかは知りたいですかね」
「わかりました。準備ができるまで少々お待ちください。今確認してまいりますので」
そう言って坂田さんはドアから出ていった。とりあえず知らせが来るまでは手持ち無沙汰になったのでパンフレットでも見ようと椅子に座って眺めることにする。
(ナビ周りは仕方ないとして…それ以外は十分なんだよな。
値段が550万ってのがちょっとネックだけど最新の車種ってことだし魔石車ってこんなもんなのかね? 中古とかだといくらだろ?
正直そこまで拘わんないから燃費と運転しやすさ、あとはナビを最新のにできたらそれでいいんだよな)
パンフレットに書いてある他の車の所をパラパラと見ながら最低限ほしい条件を考える。見た目は多少型遅れでもいいし事故車とかでもなければそれでいいとさえ思う。
元居た世界の車オタのあいつなら何時間でもここにいるんだろうけど、あいにく自分がこだわるところなんてそんなもんでしかない。
この後で携帯も決めたいし出来る事なら早めに終わらせたいなと思った。
「石田様、準備ができましたのでこちらにどうぞ」
「あ、はい。わかりました」
考え事をしているといつの間に戻ってきていた坂田さんがドアの前からこちらに声をかけてきた。
意外と準備速かったなと思いながら坂田さんと一緒に外へ出る。
外に出てみると玄関前の駐車スペースに先ほど見た車が回されていた。
車の隣にいた人から鍵を受け取り将一はさっそく運転席に座ってみる。座席やミラーの調整を終わらせると車内を確認する。こちらは先ほど店内で見た車と一緒なのですぐに終わった。
(魔石車って普通の車と違ってP、R、Dしかないのがすっごい違和感あんだよなぁ……。確かに他の奴ってあんまり使わんけど削除しちゃって大丈夫なんかね? 車は詳しく知らんから必要性わかんないな…。まぁ大丈夫だからこうまで広まってるんだろうけど)
「では石田様、乗り終わりましたらまたここに戻ってきてください。お気をつけて」
「わかりました。それでは少し走らせてもらいますね」
こちらの疑問などおそらく今の人達は感じてないんだろうなぁと思いつつ、窓からお辞儀をして発車を知らせる。
1人は道路で誘導をしてくれており、待たせるのもあれかと早速動かしてみることにした。
今はPの状態になっておりそれをDへと動かす。この辺はAT車と同じ感じなので特に迷うこともない。
そしてブレーキから足を離して、ゆっくりアクセルを踏み込む。
「やべぇ…マジでエンジンのぶぉぉぉーんって音がしねぇや。ほんとにすっごい静かなんだな魔石車…」
アクセルを踏んだはずなのにエンジンの音がしないことに戸惑いを感じた。今まで乗ったことがないような感覚に少し緊張するが、車がゆっくり動いているのを確認すると道路の前で一時停止し左右を確認する。店員さんが出す合図に合わせて、再びアクセルを踏み道路へと出た。
後方でお気をつけてーという声が聞こえるくらいに車内は静かだ。エンジン音がないだけでこうも違うもんなんだなぁと実感しつつアクセルを更に踏んで車を走らせた。




