286話 護衛班の足取り説明
「まぁ…そんなことがあって昨日帰ってきたってわけ。ダンジョンの湧きどうなってるんだろうなぁ? 後でなんか情報来てないか見に行かないと…」
森田さん達が使っている個人倉庫にやって来ると、整理の傍らにダンジョンであったことを説明していた。大型モンスターの事を聞いても少しは耐性が付いてくれているようで良かったな。さっきはああだったけどね…。
「いきなり戦闘中の広場に転送ですか…そんな事もあるんですね…」
「よく対応出来たっすねぇ~」
「いや…石田さん自身無我夢中という話だったろうに。知り合いの探索者で助かったという感じですか…」
3人が広場での咄嗟の戦闘に巻き込まれた話を聞いて、はあ~…と驚きのような呆れの声を漏らした。自分達だととてもではないけど無理と言って。
自分でも何とかなって今でもホッとしてるよ…。
「ヴァルキリーPTですか…一応聞いたことはあります。全員女性だけと、同じ女としてすごいなぁ…って思ってましたね」
「一緒のPTに入りたいって話も聞いたことがあるっすよ? でもレベルの差を感じて自主的に抜けたって話も聞いたっすね。だからPT人数的にはそんな多くないって事っすけど?」
「6人だね。そう言う理由であの人数なのかぁ…」
「初めは12人いたという話ですよ。ただ途中で他のダンジョン街に行くことになったり、結婚してPTを抜けたりであの人数になったのだとか。
半減したというのに中堅PTとしてそれなりに名を響かせているんですからすごいものです。まぁ…本人達はその二つ名をあまり気にしていないそうですけどが」
森田さん達から田上さん達ヴァルキリーPTの事を聞かせてもらった。そんな話があったのかと、新しい事実に驚きを感じながら聞いていた。PT半減かぁ…すごいもんだなぁ。
「二つ名に関しては約2名が気にしているらしいけどねぇ…。他4名はあんまりらしいからあってると言えばあってるのかな?」
鹿田さんは表面上はニコニコしていても人が居ない所で溜息吐いてそうだよな…。田島さんは静かに黙している姿が目に浮かぶねぇ…。2人の二つ名に関して苦笑いを浮かべながら森田さん達に答えた。
外からの印象だとそんな感じなんだなぁ…というのが聞けたし、今度会った時にでもこのことについて聞いてみようと頭の隅に置いておく。田島さんの能力について詳しく知っていないというわかったしね。
「しかし念話の能力って便利ですよねぇ。特に洞窟エリアみたいな場所だとトランシーバー以上に役に立ちますし」
「壁とか関係ないってことっすもんねぇ…。距離もトランシーバー以上って事みたいっすから」
「他人の情報は一方通行だが受信可能、念話持ち同士なら相互でのやり取りが可能だからなぁ…。しかも口に出さなくていいというのが便利すぎる。やはり連携を取るのであれば念話持ちというのは大きい要素だな…」
「あのPTで双璧って呼ばれてるらしいからねぇ…。余裕が無かったからそう連携取っている所は見られなかったんだけどさ。通路でのやり取りは便利そうだったけどね」
田町さんと須田さんの念話を使った運搬班の前後でのやり取りは本当に便利だと思った。
護衛をするうえで離れていても即座に連絡が取れるというのはかなり楽になるのだと実際にその場で見ていたので理解している。通信にラグが無いって言うのは重要だよな。護衛でなくとも、普通の探索の最中に離れている状況で即座のやり取りが出来るのは重要だろう。
田上さん達のメイン攻略エリアである森林エリアの場合、地上に1人、空中に1人を置いておけばどちらからの攻撃にも即座に対応が可能だ。
特に空中からの奇襲は森林エリアだとそれなりの頻度で起こるらしい。事前に察知出来て注意喚起が出来るのならば危険が減らせるしな。
探知の場合は空中というのが分かったとしても、それが木の上か下かの判断が難しいらしい。枝を伝ってきてるのか、葉の上を飛んできてるかの微妙な差が厄介とのことだ。
「飛行してる人がトランシーバーで連絡するっていうのもありらしいけど、それだと声が聞かれることもあるらしいしね。無言で連絡が取れるっていうのは大きいってさ」
「洞窟エリアだと先行偵察がありますからね。念話でその結果がやり取りできるなら危険も減らせるでしょうし」
「念話+風魔法持ちって事っすから、先行偵察した後素早く戻ってこれるんっすよね。足音も立てないからバレる心配もかなり減るっすね」
「聞いた話では念話で相談した後、囮として引っ張ってくるようなこともしたとか。その場で本隊と相談できるのは便利ですよね」
通路でゴーレム5体を相手にした時、先行偵察に出かけた須田さんの念話を田町さんが受信、その報告をトランシーバーで田上さんが受け、ゴーレム5体ならばと一気に殲滅する指示をその逆で須田さんへと伝えられた。田町さんが傍にいれば間にトランシーバーをはさむ必要はないが、今回はそんな感じで連絡を取り合っていた。これだけでもだいぶ無駄な時間を省略して動けたと思う。
「連絡を取り合うって事になると念話は便利だよね。せめて2人居てくれれば相互通話が出来て楽なんだけど…」
「募集をかけて集めるか、運よくPTに入ってくれているかですかね。
正直この能力はダンジョンでなくともいくらでも働き口がありますから。まぁ、他の能力もそうなんですけどね?」
「あたしみたいな空中ジャンプの能力とか…使い所が限られるっすからねぇ…。念話の能力なんか憧れるっすよぉ…」
「曲芸師に向いてるからな、苗の能力は。ちょっとトリッキーな使い方になってしまうからそれで活かすしかないだろう。一応すごい事はすごいんだけどなぁ…」
「そうよ? ジャンプした際、足にかかる負荷が0になるって言うのはすごいものなんだからね?
使い方を研究したから見てくれって言われて、家の屋根から飛び降りたアレを忘れたとは言わせないわよ? 寿命が縮まったわ…あの時確実にね」
「全くな…」
「…そんなことしたの?」
「あー…そんなこともやったっすねぇ…」
あはは…と笑う田々良さん。田々良さんの能力がそう言ったことも可能だという事に驚かされた。勿論それを実践した行動にもだけど…。
うーん…足にかかる負荷を0にねぇ…。
「私からすれば苗の能力だって憧れよ。忍者の真似とか言って木から木へと跳んで行ってたアレ、内心結構面白そうだなぁ…って思ってたのよ?」
「実際森林エリアとかだとその移動が出来そうだからな。それと学校の窓から飛び降りてショートカットしてたのを今思い出したぞ?」
「あー、あったっすねぇ。それやって教師に何度も怒られた覚えが…。
いや、あたしとしては能力の練習も兼ねてだったし? まぁ…楽だったからというのも無くはないっすけども…」
「男子からは受けよかったわよね。スカートでそれやってる所為だったんだろうけど…」
「理由としては絶対後者のが大きいだろ…。
しかし苗、学校時代は人気あったよなぁ…付き合いは0だったが」
「いや…卒業後はさっぱりみたいな言い方やめてほしいんすけどねぇ? それとちゃんと下に短パン履いてたじゃないっすか」
「スパッツだったり黒のパンストだったりのが多かったじゃない…。はぁ…思い出したら頭痛くなってきた…」
「なんでか知らないが教師から私達まで注意をされたからな…能力の練習ですでよく通ったものだ」
「実際間違いってわけでもないから強く言えなかったんじゃないっすかね?」
『そんなわけない…』
何とも疲れたといった様子で溜め息を吐く森田さんと浅田さん。
田々良さんからすれば能力の把握と、結構死活問題と思っていたからかそこまでおかしいとは感じていないようだ。んー…何ともアグレッシブな学生時代だったんだな。
「あー…学校としては能力を個人個人が勝手に使われると収拾がつかないからじゃないかな? 能力の練習をする時間が別にあったのならそっちでやれって事だろうね。少なくとも練習だからと言って、校内でやたらと使われるのは注意するしかないと思うよ」
「その通りよ。集団行動の大事さは教わったでしょう? 1人が勝手をすると周りにも迷惑がかかるなんて今更言うまでもないわよね?」
こちらに同意をするかのように森田さんが自分の後に続いて口を開いた。おそらく学校時代はもっと激しかったんだろうな。
「練習をする時間は卒業後にいくらでもあるしな。学校にいる間は勝手をするなという事だ」
「能力が能力っすから、あの時は卒業が近づくにつれて焦ってたって言うのもあるんすよ。本気で使い道に迷ってたって言うのは事実っすよ」
「ならば尚更、探索者となった後に練習へと打ち込むしかないだろうさ。先輩たちの意見も聞けるし管理部の情報も見れるようになる。苗が焦っていたのは見ていたからわかるが、だからと言って好き勝手に能力を使うというのは別問題というわけだ」
「何とも中途半端な能力なんすから使い道の模索が大変なんっすよ? 実際今それで何の役に立つのかで迷ってるんじゃないっすか…」
「それとこれとは話が別でしょうに…。うーん…これ以上話しても今はどうしようもないわね」
「そもそも何の話からこうなったんだっけか?」
3人がこんな話になった元を思い出し始めた。なんだっけ?
「えーっと…あたしの能力が何とも使い難いって話っすよね?」
「その前よ。ああ、念話の能力は何処でも便利って話じゃなかった?」
「それだ。そこから苗の能力の使い道があまりないという話だったか…なんか話がずれていったな」
その言葉を聞いて自分も思い出した。
ああ、うん。確かに念話が便利って話だったな。3人の学校時代の話なんか聞いていたらそっちに思考が持ってかれてたわ。
「とりあえず話を戻そうか。
念話持ち2人の連絡を使用して通路を進んでいったって所だっけか。けどまぁ…それ以外は特に言う事はないかな。そう言う方針で今回は進んできたわけだね」
「その途中でですか? あのモンスターと遭遇したって言うのは?」
「いきなり湧いたんすよね?」
「あまり近くに湧くことはないんだけどなぁ…運が悪かったですね、石田さん」
「あはは…そう言えばいいのかな…」
エメラルドゴーレムについては一応隠しておく。森田さん達にとってそう必要な情報じゃないしな。ああ…でも通路に強力なモンスターが湧いたって話は関係があるか? エアーマンティスで納得してくれるかな?
調べようと思えは管理部で聞くことも出来るだろうと、今は伏せておくことにした。自分達と運搬班の共有の秘密でもあるしね。
そしてエメラルドゴーレムの存在を伏せたまま、エアーマンティスを討伐するまでの流れを語った。エメラルドゴーレム戦を省けばだいたいそのまま話せる内容だしな。
「挟み撃ちですか…。通路に恵まれていたんですね」
「やっぱり石田さんのゴーレムが良い壁役してくれるっすねぇ」
「鋼製になったのですか…エアーマンティスの鎌にも耐えてくれるとなると頼もしいですね。飛んで反対側にも来れないようですし…通路だと便利なものなんですね、ゴーレムって」
「まったくね…。良いマジックアイテムが手に入って嬉しい限りだよ。飛べないとなればエアーマンティスも挟み撃ちでどうしようもない感じだったし、そのまま追い込んで終了ってところかな。2対14だったし、これだけの差があればね」
「分かれていたって事ですけど…1対6、1対8と、モンスター側がだいぶ不利ですね。納得のいく戦闘です」
割れた魔石の破片なんかを利用して通路戦での状況を説明した。3人共、これではどうしようもないと納得している様子だ。よし、説明終了だな。
「で、戦利品の鎌を頂いてきたってわけ。やっと自分の倉庫に荷物が出来たよ」
「それでその後はそのまま全員で帰還陣へ…という事ですか。最初のハプニングを除けば危なげない探索だったんですね」
「それが一番ひどい話っすけどねぇ。そんな事も体験せずに済んでホッとしてるっすよ…」
「土魔法で身を守れてゴーレムを出せたからこそ、という事ですもんね。
私の場合は武器で身を守るにしても危なさそうですし……ほんと、そんな事が起きなくて助かった…」
やはり森田さん達3人にとっても一番印象深いのは転送直後に戦闘中の広場へと飛ばされた事についてらしい。一通り話しを聞くと溜息を吐いていた。
「それと最初にも言ったけど…途中の広場でおそらく湧いたんじゃないかなぁ? と思われるモンスターと遭遇したんだよね。だけどこれが少し不思議なんだよねぇ…」
「湧いたモンスターがバット系とアイアンゴーレムって話ですか? 1層ですしおかしな組み合わせではないのでは?」
森田さんの言葉に2人も頷いている。自分達も今まで何度と戦ってきているから、そうおかしく思わないといった感じだ。
「自分達が変に感じてるのは通路ではエアーマンティスのようなモンスターが湧いているというのに、広場では1層とかでありきたりなモンスターが湧いていたという点でさ。広場にその数を湧かせるのなら大型モンスター1体のがマシだろうって皆も言っててね?
もしかしたらまた湧きに変化が起きたんじゃないかって心配してるんだ」
そう言って自分達があの時言った仮説を森田さん達にも話してみた。
探索者をやめようとダンジョンと関わらないというわけではないからな。いや、まだこれからの事は未定だったか。でも知っていても悪いことではないよな?
「確かにそうなるといろいろ困ることが出てきますよね…。大型モンスターがいなくなったかもしれないというのは大きいでしょうけど…」
自分達がその広場の大型モンスター達にやられただけあって、純粋に広場の戦力が低下としたことは喜ばしいと感じているようだ。しかし…
「初心者探索者が広場目指して入っていきかねないっすね…。いや、確実に入っていくと思うッス。あたしなら入りそうっすからね」
「大型モンスターがいなくなったと聞けば今まで我慢していた分、広場へと向かう探索者は多いだろうな。広場の宝箱には良い物が入っている可能性が高いと噂されてますからね」
「噂になってるんだそれ…」
ならば止まらないだろうなぁ…と余計に思った。探索者の多くは、マジックアイテムを手に入れてみたいという考えを持っている者が多い。自分も潜る理由の内としてそれはあるからねぇ…トレジャーハンターってこんな気持ちだよね?
特に無能力者は自分以上にマジックアイテムへと固執する気持ちが強いだろう。広場が手薄とわかれば絶対人が押し掛けるわな…。
「後でその情報に詳しいことが無いか聞きに行くつもりでさ。自分達以降に戻ってきてるPTも居るだろうしね」
「私達も気になりますね…。もう潜る気はないんですけど、どうしても関わらずにはいられないでしょうから…」
「これからは外からダンジョンの事を見させてもらうッス。でも今まで自分達が潜っていた階層の事っすからねぇ…」
「気にならないわけがないですね」
3人共何か変わったのかなぁ…と、それぞれダンジョン内をイメージしているようだ。荷物整理の手もだんだん止まってきている。今日はこれぐらいでお開きかなぁ…。
「そういえばさ? 3人は今日お昼だけど管理部までやって来てたんだね。人目気にしてたんじゃないの?」
ちょっと気になっていたことを聞いてみることにした。前回はそれもあって夜に管理部へと来ていたからな。
「ああ…テレビのインタビューにもこれで答えたのでカメラは大丈夫かなぁって思いまして。一応人の目をごまかすように帽子とサングラスもしてきましたから。夏場ですし不自然じゃないので」
そう言うと森田さんは手荷物から大きな帽子とサングラスを取り出した。田々良さんと浅田さんも同じようなものを手荷物から見せてくれた。確かに季節的には何らおかしくないわな。
「連絡したら唯の両親が迎えに来てくれることになってるッス。今頃どこかの喫茶店で涼んでるんじゃないっすかね?」
「とりあえず移動に関しては大丈夫だと判断したのでこうして昼にやってきまして」
「なるほどね…了解、理解したよ。
3人共まだ整理続けるの? 自分はそろそろ行こうかなと思ってるけど。話を聞いてたら整理も進まないだろうしさ」
そう言って置いてあった椅子から立ち上がる。
ここで武器の手入れなんかもしていたのだろう。椅子が壁際に置かれていた。
「そうですね…今日はもうやめにします。石田さんの倉庫から荷物を運び出すという優先するべきことは終わってますし」
「移動に苦が無いのなら時間が空いた時にゆっくりやれるっすからね」
「当分はここの荷物整理をしなければいけないでしょうから管理部でお会いすることも増えるかもしれませんね。まぁ、ほとんど個人倉庫に籠っているのでしょうけど」
「まぁ、ここの整理は3人がやるしかないからね。食堂とかであったらお茶ぐらいは奢るよ」
そう言うと、皆して個人倉庫から出た。鍵を返すのだけ忘れないようにしなきゃな。
「あ…そう言えば両親がですね?」
「うん?」
受付に向かって歩きながら森田さんの言葉に返事をする。ご両親がどうかしたのか?
「私達を助けてくれたお礼をぜひ一言言いたいからと、時間の都合がいい日に1度来てもらえないかと言ってましたね。今の1層攻略作戦に出ているからしばらく無理だとは言っておいたんですけども…」
「あ、あたしもッス」
「私の両親もですね」
「ああ…」
その言葉を聞いて若干嫌な汗が流れた。絶対一言の御礼で済むやつではないだろうと…。
家まで行ってしまえばなんだかんだで引き留められる気がしてならないのだ。3人の家に行かないといけないと言って何とかお邪魔することが出来るだろうか…? うーむ…。
「あー…その内こっちの予定が空き次第3人に連絡を入れるからって伝えておいてもらえるかな? ほら? 経過観察とかもあるだろうしさ?
初心者探索者が安心して潜れるようになったか確かめる為に中堅クラスをお守りに付けて実際に探索へと向かわせるかもしれないし…。もしかしたらそれに自分が行くかもしれないからってさ?」
「そうですね…ちょっと様子を見てからの方が良いですよね?」
「あたしもそう伝えておくッスよ。来ると決まったらバタバタとしてそうなんで今のうちに準備するものあるんならしといた方がいいって」
「私の両親もたぶんそんな感じですね。茶菓子とかを買ってくるのを直前までやってそうです、掃除とかも…。今日その話だけはしたと伝えておくので日についてはゆっくりで大丈夫かと」
その言葉に内心ホッと溜息を吐いた。一応こちらとしても気構えが出来る時間は稼げたな…。まぁ、そう日は開けれんかとは思うけどね。
こちらとしてもなんとも胃が重い話だなぁと、最後の最後で気になる予定を伝えられた。
出来ればそう大ごとにならない事を祈りつつ、1層の情報を聞くために管理部の受付けへと足を進める。その足取りが今までより確実に遅くなっていたのは言うまでもないだろう。はぁ…。




