199話 ダンジョン1層(PT) 索敵は習得必須技能?
あれからしばらく先に進み、順調にボス部屋までの道のりを歩き続けた将一達。最初の方針通り出来るだけモンスターを無視して進んでいたこともあってか、最後の戦闘はあの戦力確認をした1戦だった。
ほんと…索敵能力者が居るとこうも徹底的に避けていけるんだな。
そして今も、明日香さんが先行偵察で通路の確認に向かっていた。
「索敵班が居るというのはやっぱり楽ですね…結構手前でわかるんですから通路の変更も早めにできますし」
一応モンスターが近くに居るという事で小さな声で話をしていた。とはいえ奏さんの能力範囲外でもあり、直線距離にして25mは離れているのだが…。
「まぁ、これがPTの利点ね。いろんな能力者で潜れるんだからそれぞれの役割が絶対出てくるわ。こればかりはソロだと真似できないでしょう?」
「属性魔法についてはモンスター素材の武器なんかで応用も出来るが索敵に関しちゃな…。
有料だが…軍がうまい索敵の仕方なんて講習やってたりするし、それだけモンスターを探すって事に力を入れてるって聞くぜ? まぁ、実際に受けた事ねぇからどんなもんかはよくわからないけどな?」
日向さん曰く…お金はかかるが、ダンジョンで索敵がうまくなるための研修を軍が教えているとのことだ。これは契約コースとかと関係なしに幅広く教えているらしい。自分の場合は頼めばそれで教えてもらえるのかね?
探知の能力があっても偵察の技術があるわけではない。能力が良くても技術的にお粗末であれば先行偵察なんかも出来はしないだろう。
「私の能力はパッシブだからどちらかと言えば奇襲を防いだりするのに便利。だから守りなりこうして待機組にいることが多いわ。索敵班でも明日香さんの方が先行偵察には向いてるのよ。
一度その軍の講習を受けようかという話も出たけど…今は保留中ね」
奏さんから、先行偵察に出ることが多い明日香さんがその講習を受けるかどうか迷っているという話を聞かされた。現状に不満があるなら受ければいいんじゃないのかね? 講習がどれぐらいのものかはわからないがそう長いものでもなかろう。
「明日香さんの護衛兼早馬役にリーダーをあてがうという話もあってな。2人して講習受けてきてくれってさ」
「無駄になるものでもないから別にいいんだけど…俺覚えが悪いからなぁ…。その技術習得するまでそれ相応の時間はかかるっての先に承知しておいてくれよ?」
「リーダーは変な所でうっかりをやらかしてくれるからな…先行偵察を任せても大丈夫なのか偶に不安に思う時があるぞ?」
京谷さんの言葉に周りのみんながウンウンと頷いている。うっかりとはなんだ?
「あれは偶々だって…そう頻繁にやってはないだろ? 石田さんもあんまし気にしないでくれ」
「はぁ…」
なんだかよくわからんが…理人さんは偶にうっかりをやらかすらしい。大事な場面でなければいいのだが…。
そんな話を皆でしていると、奏さんが急に表情を険しくして前方を見つめた。
「皆さん注意を! 範囲内にモンスターの気配です! だんだんこっちに近づいていますっ!」
「っ! 全員戦闘配置! 奏さん、明日香さんは!」
奏さんの発言を聞くと理人さんは速やかに戦闘準備に移れと声を発した。そしてここにはいない明日香さんの安否をすぐさま聞き返す。
「わからない…私の能力はあくまでも私に害意を持つものに反応してるから。ただ近づいてくる反応は1よ。おそらく明日香さんが偵察で見に行ったモンスターだと思う」
「ってことは…そのモンスターの先を走ってこっちにきてるかもしんねぇってか。
前衛! 明日香さんが駆け抜けてくっぞ! 道開けとけよっ!」
「承知した!」
「おう!」
日向さんの注意に丈さんと蔵人さんが答える。
理人さんは万が一に備えて後方で待機だ。理人さんの能力なら前衛に戻るのも直ぐだからだろう。
後方に来たという事もあって剣を抜いている理人さんに声をかけてみる。
「どう思います?」
「普通に考えるなら明日香さんの偵察にモンスターが感づいてって所でしょうか。最悪は…」
考えたくはないが、明日香さんの姿は見えずにモンスターだけが姿を現す可能性…。口にすると本当になりそうで嫌なのか、その続きを口にすることはなかった。
奏さんから後どれくらいという数字を聞きつつ迎撃準備に備える理人さん達。こちらとしてもいつでも迎撃できるようモンスターが近づいてくる方向に意識を向けておく。
「音がだんだん近くなってきてる! そろそろ来るぞっ!」
「もうすぐそこです!」
蔵人さんと奏さんの注意を聞いて一層通路の奥に意識を集中する。すると、奥の通路を曲がって1つの姿がこちらの視線に映った。
「明日香さんっ!」
近くに居た理人さんがその見えた姿の主の名を呼んだ。声と表情から喜びの感情がうかがえる。最悪の結果はこれで回避できたか…。
向こうからもこちらの姿が見えたのか、直線という事もあって一気に駆けよってくる。大声を上げながら…。
「ロックスネークっ! たぶんレベル3ッ! 壁作ってぇっ!」
こっちに駆け寄りながらもそう大声あげて、こちらにモンスターの正体と迎撃法を伝えてきた。
(ロックスネーク…名前の通り岩の蛇だったか? レベル3ってことは…太さ1m以上~2m以内の奴か。普通に大物だよな。全長については見てみないとわからんか…)
モンスターの名前を聞いて頭の中でそのモンスターについての情報を思い出した。
ロックスネーク…通称岩蛇。こいつは大きさが結構まばらで、太さ50㎝以内のをレベル1。1m以内のをレベル2。2m以内のをレベル3という風にして判別していた。今の所、広場で見かけた4、3mというレベル6が最大だと資料には書いてあった。
外皮に岩を纏っており、測り終えるまでは先ほどのレベルが良くわからなくなるという厄介な所がある。
当然防御力は岩を纏っているのでかなり硬い。攻撃力も自身のその重さが武器にもなる。レベル1の小さめの奴でもなければかなり厄介なモンスターだ。(それでも厄介には変わりないが…)
重さも問題だが、牙から麻痺毒が出てくるところも注意しなければならない。大物ならば牙自体が太い為普通に致命傷でもある。
固有能力としてダンジョンの壁と同じ色に擬態する能力も持っている。遠目からではまず見分けがつかない程だとか。
おそらくこの通路の大きさ的に3mの奴は通れないだろう。つまりここでは11号も立った状態では使えないわけだ。10号までもかなりギリギリだと思われた。
(ゴーレムを出すのは厳しいな…普通に壁を張るしか無いわけか)
「石田さんっ、聞こえたっ!? 明日香さんが通れる隙間の壁を張るわっ! 私のと合わせる感じで追加で張って頂戴っ!」
「了解だ!」
そう言うと由利さんは、通路の中央に1m程の空きを作った状態で左右に壁を張り始めた。それはロックスネークの外殻と同じ石製だった。
(枚数揃えても石製じゃ壊されていきそうだな…こっちは鉄板張ってくか。思いっきり加速でもかけないと鉄板までは壊せんだろ)
そう思うと由利さんの張り終えた壁に重ねるようにしてこちらも壁を作り始めた。由利さんの張った石の壁4枚と同じ数の鉄の壁を張る。
枚数重ねるより連結して1つの分厚い壁にした方が良かったかもしれないな…コレ。
自分の張った壁に由利さんが驚きながら目をやった。鉄の壁だとは思わなかったらしい。
とりあえずこれで相手が突破してくることはまずできなくなったと考えていいだろう。何ならもう数枚壁を増やしておけばなお安心だ。
「まさか鉄の壁とはね…それに結構分厚そうだし…もしかして土とも相性良かったりするの?」
「どうなんでしょうかね。少なくともあれで疲れてはいませんよ」
「あれ一気に作っておいて疲れないんだ…タグに堂々と水と土を使えますって書くだけのことはあるわね…」
由利さんが若干呆れながら見つめてくる。つまり普通の人だと一気にあれだけの鉄板作ると疲れるってことか?
じゃあ自分がこの街着いた時に見たあれってかなり能力と相性良い人がやってただけなんだろうか? てっきりあれが普通ぐらいだと思ってたぞ…。
「学校行かずに練習してた甲斐があったんですかね? なら嬉しいですね」
「どうなのかしら? 少なくとも私には鉄の壁を咄嗟にあれだけ作れって言われたらきつそうよ…。
はぁ…もっと練習量増やさなきゃダメかしら?」
まだまだ練習不足だと思っているのか、溜息を吐いて自分の手を見つめる。能力が足りなければ武器にも手を出すか考えているんだろうか?
そんなことを2人で話していると、自分達が作った壁の間を通って明日香さんが戻ってきたようだ。皆して明日香さんに駆け寄っている。もちろん自分達も近寄った。
「明日香さん! 無事でしたか! いったい何があったんです!?」
「はぁっ! はぁっ!…ちょっ、まっ…て…。お水…」
「今出します」
荒く息を吐いている明日香さんに石で出来たコップに水を入れて渡す。それを一気に飲むとおかわりを要求してきたので2杯目を注いで再び渡した。
2杯目も一気に飲み干すと、その場に腰を落として休憩し始めた。かなり足に来ていたのだろう。
後ろでは壁にガンッ! ガンッ! と、勢いよくぶつかる音が聞こえた。明日香さんの事も気にはなるが、数m向こうのモンスターの出す音はもっと気がかりだった。
「とりあえず少し場所を変えよう。話にするにしてもこう五月蝿いとね…」
「だな…落ち着いて話も聞けねぇや」
「なら数本手前の通路まで戻るとしよう。ここだと流石にな…」
「さっさと移動しよう」
「明日香さん、歩ける?」
皆してここでは落ち着かないと移動を勧める。今休み始めた明日香さんには少し酷だな…。
「ちょっと…まっ…て。腰が…」
「無理もあるまい…ロックスネークに追いかけられもすればそうもなろう。安心できたと思った瞬間力が抜けてもおかしくないな」
「どうする、リーダー? 担いでいくしかないわよ?」
由利さんの言葉に理人さんが少し考えだした。
「蔵人さん、明日香さんの荷物をお願いします。京谷さんが明日香さんを。丈さん、日向さん、前衛2人の手がふさがるので注意してください。意見がある人?」
『問題なし、了解』
「りょ…了解…」
移動についての割り振りを即座に決める理人さん。その言葉にすぐさま返事を返す皆。一拍遅れて返事を明日香さんがするがこれは仕方ないだろうな。
蔵人さんが明日香さんの荷物を片手で掴んで持ち上げる。怪力の能力便利だよなぁ…。
「それではこっちも。明日香さん抱え上げるぞ」
「ふぅ…全く、恥ずかしいったらないわね…。出来れば背負ってくれるとありがたいんだけど?」
「荷物があるのにどうやって背負えって言うんだ? 我慢してくれ」
「あ、なら荷物は私が持ちましょうか?」
『んん?』
皆して不思議そうな声を漏らした。
自分の荷物を一度地面に降ろすと、中から怪力の手袋を取り出して手にはめた。
「こいつも手に入れてまして。結構メジャーな部類? らしいですしこいつについてはご存じでしょう?」
「怪力の手袋…そんなものまで持ってたのか…」
怪力の能力で荷物を手に持っている蔵人さんがそう呟いた。現に自分がこうしてできているし、怪力の手袋なら可能なのが言わずとも全員理解できた。
まさかそんなものまで持っているとは…と誰もが言いたかったが、移動を優先しなければいけないのも事実。
京谷さんは自分の荷物をこちらに預けると明日香さんを背負う。そして自分は京谷さんの荷物を受け取って移動を開始した。
移動中に京谷さんの荷物を片手で持っているのを見て本物だと理解したらしい。やせ我慢だとでも思われていたのだろうか?
そして別の通路に着くと、明日香さんから何があったのかをさっそく聞くこととなった。
「熱感知ね…。モンスターの中にはそういった索敵能力持ちがいるでしょ? あいつもそれね。角から探ってたんだけど…向こうはよりはっきり分かったみたい。厄介なものね…」
「熱か…そりゃあ厄介な索敵能力だわなぁ。暗い洞窟じゃよくある能力とはいえ、対策がねぇ…」
「熱遮断する物なんて売ってましたっけ?」
「見た覚えないなぁ…」
全員が熱感知と聞いて唸っている。どうやら熱感知という索敵の対処法はどうやらまだ出回ってないらしい。
(確かサーモグラフィーを効かなくするシートだか服みたいなもんあったよなぁ…こっちの世界じゃまだ作られてないんだろうか? 今回のを体験すると結構必需品な気もするなぁ…)
熱感知をしてくるモンスターは多いはずだがその対策製品がまだ出来ていない。出来ていても採算が合わないとかで見送られているのだろうか?
なんにしても面倒なことだ…と、あのロックスネークを見て思い返す。
先行偵察する人間はそこら辺の注意もしなければならないようで、偵察/索敵というのは探索者にとってかなり必須な習得技術なのではないだろうか?
今回の件、自分でもその内軍がやってるとか言う講習に行くべきかと考えさせられる話だった。




