2話 異世界へ?
「まあ地上に関わった神様の事はわかりました。それで…結局私はどうなるんでしょう?」
「そのことで石田さんにお話がありまして。異世界…興味はございませんか?」
「異世界?」
これまた突飛な単語が女神様から出てきたことに驚く。この風景や状況に対してのパニック、先ほどまでの怒りの感情がどうのこうのといったことがどこかに行ってしまった。
「本来の運命が変わってしまったのは、私達神の所為というのはすでにお聞きの通りです。ですが私達神の所為だというのにそのままでいいのかと、代わりの人生を別の世界で与えるべきでは? となりました。
無論強制というわけではありません。その意思がないのであればここでの記憶は消し、本来魂が向かうべき場所にお送りいたします」
「はあ…異世界ねぇ。詳しく知りませんけど、今アニメで流行ってたりするあの異世界転生という奴ですか? 本当にあるとはなぁ…」
まさかの展開にあっけにとられる将一。アニメやら小説の話が自分に訪れればなぁと1度は思うが、だいたいはすぐに無理だと自己完結し諦めるものだ。
異世界に行って何がしたいのかもしっかり考えたことがない将一にすればどう返答していいか困る話だった。
それにいわゆるチート、力が貰えるか貰えないかで生活も大きく変わるだろうし、知識を利用してなり上がるだのも頭が良いと思わない自分には自信が持てない。
行ってはみたいが、行った先で悲惨な結末になるような話も聞いたことがある。奴隷になったとか笑えもしない…どうするべきなのか。
もう一つの選択肢。諦めて人生終了を受け入れるのかと言われると、せっかく異世界に行けるチャンスがあるのにそっち選ぶのもそれはないよなぁと。
「ちなみにですがどういった世界なんです?」
「石田さんにわかりやすく言うなら、アニメやゲームの世界みたいな剣と魔法、貴族や王様がいる世界でしょうか。
それと私達神が迷惑をかけたことに対する罪滅ぼしです。神々からもこれからは好きに、自由に生きてほしいと言葉をもらっています。何がご要望がおありなら叶えることも可能ですよ?」
どうやら転生後お先真っ暗な人生になるのは避けられたみたいだった。
「とはいえなにが必要なのか…。財力? 武力? 知力? どれもあって困るもんではないけども…」
ここでこの世を手にする力! なんて豪語できれば地球でももう少し生きやすかっただろうに。Yesと言えない人間だったからなぁ…。
将一はしばらくウンウン考えるが、結局死んでもYesとは声を大にして言えなかった。
「決めました。地球では無理だった魔法の力を頂きたいです。それと肉体的に20歳ぐらいまで戻せたりとかできます? 30歳になるにつれて体が衰えてきた節がこのところ感じていて…。
後は試行錯誤して生きやすい環境を見つけるとします。異世界に転生させてもらえますか?」
「それが石田さんの答えならば私達が何を言うべきこともありません。
果たされなかった人生、異世界で良きものとなるよう頑張ってください」
女神様はそこでようやく笑顔を見せた。関係がなかったとはいえ、神々が決め事を破った事には違いがない。負い目があったのだろう。
将一は椅子から立ち上がると女神様に感謝の気持ちで頭を下げる。この女神様もただの犠牲者なのだ、自分の転生の手間がどれほどの事かはわからないができることは頭を下げることぐらいだと。
女神様がしばらく何事か呟くと、将一の足元と周囲が光り輝いた。これが転生させる準備みたいだ。まるで転送魔法陣だな。
「石田さん、ついでに異世界なので言語や文字を理解し、相手に伝えることができるようにもしておきましたのでいろいろな人と話しをしてみてください。良き出会いがあることを祈っていますよ」
「そういえば言語や文字とか異世界人の私には重要ですね。ありがとうございました。神の方々に頂きました力ありがたく活用させていきたく思います」
そう言って将一は再び頭を下げる。会うのも最後だろうし、感謝しておくに越したことはないだろうと思って。
頭を上げた将一は最後の見納めと、この何もない世界を見渡す。最初に見たときは理解が追い付かず不思議に見えたこの風景も今にして思えば生きていると絶対に見ることさえできなかった景色なのだと。
そう思いながらしばらく風景を見ていると、しだいに意識が薄れていく感じがしてきた。これは異世界行ったらまた倒れてるんじゃないかなと思っていると意識が完全に途切れた。
将一が女神様と話している頃。ただただ神格剥奪の処理を待っている地上に関わった神。己のしたことで1人の運命がゆがみ、予期せぬ死を招いてしまったことを嘆いていた。
この神も地上に手を出した後は影響が無いよう力を使っていろいろ頑張ってはいたが、結局は石田が犠牲となってしまった。どんなに頑張ろうとこうなっては何も言えぬ身であるためおとなしく処置を待っている。
そこに、姿は見えぬが声がかけられた。
「彼の者は無事に異世界に送られることになったそうだ。魔法の力と若返りを貰って行ったらしいがうまくいくといいですな」
声をかけてきた者がそれだけ言うと再び場に静寂が戻った。
処置を待つ神はその言葉を聞いて幾分か気が楽になった。勝手なことだとは思うが、先ほどの声の主が言うよう残りの人生良くなることを願う。
しかしそこでふと思ってしまった。異世界に地球のものが行ったとして良き生活ができるものなのかと。
地球の、それも日本で暮らしていた一般人の感覚からして異世界に憧れがあるのはわかるが、生活様式ががらりと変わる世界だ。地球の中で見ても日本の生活水準は高く、衣・食・住において全てが格段に劣っている場所で果たして望む生活が送れるのだろうかと。
そして気になりだしたら、自分の所為でそうなってるのだと余計に考えてしまう。
待機故、直接謝りにも行けぬ身で何ができるかと思うが、何もせずこのまま果てるのは神としてあまりにも無責任なのではないか。せめて彼の者に力を渡す際に自身も加わる事が出来ていればこのように思うこともなかったのだろうが。
神はどうせ失う神格だと己の事を気にする必要は無くなった。今から新たに力を授けることは難しかろうと力を別の方向に使うことにする。
神は先ほどの不安もあってか、異世界に向かう石田の行く先を変更させた。人が生活する上で衣食住にストレスを抱えるというのはかなり先行きが不安になる。生活水準がいきなり下がるのは日本人として生きてきた彼の者には辛かろうと。
自分勝手な思いだが、幸せに生きてゆくのであれば最低限それらはしっかりとした基盤の元でいてほしいという願いを込めて。
次は転生先の生活空間だろうか。転生者が別の世界に戸籍を持ってるわけもなく、文化的な世界であれば必要となるはずのもの。神は再び力を使い、石田の転生先に戸籍が初めからあったかのように作る。そしてその戸籍で仮の住居を用意した。ついでに謝罪等の書置きや、転生後に必要そうな物資もこの家に用意する。
住があればとりあえず別世界に行った直後でも気が休めるようになるだろうと。
そして最後に神は、自身の力をすべて使い果たす覚悟を決める。
神は石田が世界を渡った後、向こうの世界に出る影響を全力を持って無くすと。
以前のように努力はしたがダメでしたとならぬよう、残っている全ての力で仕上げを施す。自分の世界ではないから関係ないという気など起きもしない。今度は1人として犠牲者が出ることなど許さぬと、自身を戒める気持ちを込めて最後の力を使いきる。
最後の仕上げに時間がそれなり掛かったが、神はやり切ったという表情をすると息を短く吐き出した。
力を使いきった神はその場に膝をつく。既に体が薄く透けており、存在の残滓がかすかに残る程度でしかない。もうしばらくすれば完全になくなるだろうと推測する。そんな薄れゆく意識の中、神はもう会うこともないだろう他の神々に向け謝罪した。
異世界へと新しい人生を用意した他の神達には申し訳ないが、彼の者の死の責任は自分にある。彼の者の行先きは自分が用意してやりたいというわがままを許してほしいと。
石田に女神も言っていたが、神とは自分勝手なものだ。
神は希薄になった意識の最後、伝わることなどないが石田に向けて頭の中で告げる。
『どうか彼の者の人生に幸あれ。変わった世界に行けて良かったと…』
その想いを最後に、神の存在は完全に消え去った。待機していた場所にはまるで最初から誰も居なかったかのように。
こうして誰も知らぬところで石田の異世界転生は変更されることになった。本人も未だ何も知らず異世界に行くものだと信じ切っていたが。




