190話 親睦会…の、はずだったんだけどなぁ…
あれから正式に依頼を受理された将一は、田中PTに誘われて夕飯を共にしようと食堂に来ていた。
「なるほど…一緒に攻略するはずだった水魔法の能力者がダンジョンで亡くなってしまったと。それで急遽募集の依頼をかけたという事でしたか」
「そうなんです…全員で攻略しようと言いあってたんですが…」
「間が悪かったとしか言いようがないわね。PTの誰もがこんなことになるなんて思いもしなかったわ…」
「自分等の不注意だと言われればそれまでなんだけどな。でも1人だけこんなことになるなんてよ…。良い奴だったのに…」
「俺達の不注意で亡くなってしまったあいつの事は悔やんでも悔やみきれん…まだ17だったんだぞ?」
「でも私達だってあの時はやばかったよ? 正直2,3人は覚悟してた…。逆に1人だけっていうのはすっごいもどかしいよ…」
夕飯を食べながらPTリーダーの理人さんを始め、明日香さん、蔵人さん、京谷さん、凛さんが亡くなったというそのPTメンバーの事を思い出して難しい表情を作る。
そして凜さんの言葉に同意するかのようにして、残りのメンバーも小さく1度頷いた。
「少し気弱な所があったけど根は優しい人だった。とっさの判断が遅れてしまった所為で避け損ねたの。本来は私がそこにいたはずだったのに…」
「でもそれが彼の利点でもあったわ。メンバー全体の様子をチェックしてくれていたのは彼だったもの。あなたの所為じゃないわ…」
「気は弱ぇがそれだけ周りが見れたんだよな、あいつはよぉ…。くっそっ!」
「たまたまその時最後尾に居たのが不運だったとしか言いようがない…。殿に適した配置をしそこなった私達のミスではあるが…ね」
亡くなった時の状況を思い出してか、奏さん、由利さん、日向さん、丈さんが後悔の言葉を口にする。
亡くなったのは最後尾に居たからか…やっぱ殿は危険だな。人間後ろには目がないんだし…。
話を聞くにたまたま最後尾にいた所為でモンスターの初撃を貰ったようだ。
とはいえ、本来は奏さんがその位置に普段いるという事らしいが…。
「なにかいつもと違ったんですか? 奏さんが普段は最後尾…殿についているという事らしいですけども?」
「私の能力は私に危害を持つ存在が25m内に入ると感知して教えてくれるというものなの。前衛はいるから後ろに私を配置しておけば後方からの襲撃は高確率で事前に察知できるはずだった…。
先行偵察なんて普段やらない事やらなければよかったのに…帰還に意識が行きすぎてたわ…」
「それに関しては頼んだ俺の所為だよ…。マジックアイテムを手に入れたばっかりに帰還優先を意識してしまったんだからね…」
「マジックアイテムを?」
奏さんの言葉にリーダーの理人さんが責任は自分の所為だとフォローを入れる。なるほど…それで普段とは違う隊列にしていたのか。納得がいったわ。
素材や魔石もそうだが、マジックアイテムを地上に流すことも探索者には求められる。まぁ、多くは自分達で使う事が多いんだが…。
「マジックアイテムを手に入れたから急いで帰還しようとしたわけですか?」
「ええ。私達のPTには鑑定の能力者が居ないの。だから管理部に戻ってきて早く効果を知りたかったのよ。その結果が…」
「そんな時こそ確実に戻るよう注意しなきゃいけなかったんだんだけどさ…。俺達は気が逸ってしまったというわけ」
「全員が反対しなかったからな。せめて隊列を組みなおしていれば…と後悔ばかりだ」
「マジックアイテムを手に入れたことで皆どこか浮かれてたよね…」
明日香さん、蔵人さん、京谷さん、凛さんが深いため息を揃って吐く。悔やんでも悔やみきれないといった所らしい。
食事の手も止まりがちになり、当時の事を思い出しては後悔しまくっている。自分で聞いたとはいえこれはまずい話題だったな…。
しかし聞いてしまったものは仕方がない。今更話題を唐突に逸らすのもあれなので、区切りがよさそうな所まで聞いてみることにした。
「それで見つけたマジックアイテムというのは? 既に鑑定はなされたんでしょう?」
「これも私達の不注意極まりないな…。手に入れたマジックアイテムが何であれ、どんなものか気になってしまうだろう? 少しの間だけとはいえ、効果も不確かなものを使ってしまったのが運の尽きだった…。
いや…私達の誰もが使ったという意識は持ち合わせていなかったというべきだろうな…」
丈さんがその時の事を思い出して説明してくれた。
にしてもこの若いPTの中でこの人だけ浮いてるんだよね。まるで米田さんPTにいる塚田さんポジだな…。声しっぶ…。
「鑑定して後で判明したのだがね…。私達が見つけたマジックアイテムは自分達に気づいてないモンスターを引き寄せる効果を放つお香だったのだよ。香炉の蓋を開ければ自動で発動するらしい。
効果もわからずに蓋を開け閉めしてしまった自分達の過ちが招いた事件だった…。そう長い間ではなかったのだが…十分に効果は発揮されていたようだ。
結果、誘引されたモンスターが後ろから我々を襲った…。
先行偵察に出ていた奏さんの能力は範囲外。犠牲になった彼の悲鳴で我々は気がついたのだが…全く…間抜けなものだよ」
「…モンスターをおびき寄せるお香ですか。何とも言い難いマジックアイテムですね」
まるで自分を責めるかのような口調で話す丈さんのセリフにはつっこまず、手に入れたマジックアイテムについてのみ気になるそぶりを見せる。最年長として責任は感じてるんだろうな…。
「こいつも使い方次第ではかなり有用なマジックアイテムなんだろうが…俺等にとっちゃ災厄みてぇなもんだったぜ…」
日向さんがまるでまずいものでも食ってるかのような表情をしながら、手に入れたマジックアイテムについて評価を下す。
確かにPTメンバーがそれの所為で亡くなっているともなればそんな感想だわな。
「マジックアイテムの所為ではないわ。これは私達の不注意の所為。よく知りもしないのにマジックアイテムを手に入れたからってあれこれ触りまくった所為よ…。あの時弄ってなければ奏が先行偵察してようが問題は起きなかったはずだもの。
過去に戻れるなら当時の自分をひっぱたいてでも止めてやりたいわ…」
「全てが今更なのよね…。私だってあの時キャーキャー言いながら触ってたんだし…後悔しかないわ…」
まるで蓋を開けて災厄が飛び出たパンドラの箱だと口にする由利さんと明日香さん。
中には希望が残っているわけでもなし…ダンジョンにおいてモンスター誘引はよほど実力があるか、態勢を整えている状況でもなければ遭遇したくないものだ。
初心者探索者PTには手に余るマジックアイテムだと口にした。
「という事は管理部に流したのでしょうか?」
「いえ…一応まだ自分達の手元にあります。
やはり初めて見つけたマジックアイテムですし…曰く付きの品ではありますけど自分達の後悔を思い出して戒める意味合いもあると言いますか…。
ですが本音を言うと手放したくも思ったりします。見ると思い出すというのはなかなか厄介なものでして…」
理人さんが個人倉庫に保管してあるという。何やら厳重に封をして、開封厳禁と張り紙までしてあるとか…。まぁ、わからんでもないけどさ。
「ちなみにおいくらだったんですか? 管理部から買い取りの値段言われました?」
「持つ人によって価値が変わると言われましたからね。正確な値段はなんとも…。
管理部が効果をしっかり言い含めて、それでも欲しいという人が居たらその値段で引き取ると言われてます。競りみたいな感じでしょうかね?」
その話を聞いて少し悩んだ。
モンスターの誘引は確かに怖いものがある。自分達の手に負えないモンスターが来る可能性もあるのだ。何が来るかわからないというギャンブル性がそのマジックアイテムにはあった。特に今みたいなモンスターの異常湧きなら尚更だ。
しかし歩き回らなくていいという利点は確かに存在している。モンスターの位置を把握できる自分としては、何処で使えばどいつが来ようとしているのか手に取るようにわかる。後ろからの不意打ちも問題ない。
わざわざモンスターが居る場所に向かった2回目の探索もこれがあれば少しは楽が出来ただろう。本来予定しているルートでモンスターと遭遇出来るのだからありがたい。
それにこれを使えばこちらの有利な状態で戦闘が開始できる。待ちの姿勢が取れるのは便利なことこの上ないんだよな…。
(どんなモンスターが来るかというギャンブル性はあるけど、待ちが出来ているなら結構何とかなりそうに思うんだよね…。
こっちはただでさえ待ちが得意なゴーレムが居るわけだし…有利な地形を構築して万全の準備を整えたうえでの戦闘に持っていけるなら言うことないわな。
状況をコントロールできるってのは結構な強みがあるんだよねぇ…)
誘い出してこちらが有利な状況に持ち込んで倒す。それが出来れば格上でも何とか出来る事なんてざらにある。それこそ罠を設置してそこに誘い込めれば完璧だ。
少ない戦力で多数を相手にだってできるだろうな。誘引というのは地味に便利な効果だと思う。
(手放す気が無いってならともかく、今なら売りに出してるもんなぁ…。これは新しいマジックアイテムを手に入れるチャンスでは?)
使わないにしても個人的に欲しいというコレクター心が働かされる。どんなマジックアイテムだとしても、別世界から来た自分としては手にしたい欲求があった。
「ちなみにご自分達で値を付けるとしたらいくら位すると思います?」
「自分達で? そうだなぁ…アイツの供養代も込みで考えるなら…400万とか?」
「マジックアイテムの価値を考えると高いか低いかわからないわね。欲しい人はもう少し高くてもいいだろうし、危険なギャンブル性があるマジックアイテムと見て高いと思うかだし。
とはいえ管理部の人に聞いたら結構希少な部類らしいのよね、この効果って。そういう事も考えるなら…500万でもいいんじゃない?」
「少なくとも俺は買いたいとは思わないがな…。
あんなことが起きたっていうのもあるが、初心者探索者には無用の長物だろ? 中堅どころから上位の人達用って考えるならもう少しいけるんじゃないか? 600万で」
「いろいろ考慮したらそのくらいかもしれないが、ギャンブル性って所を考えると少し高すぎる気もするな。元を取るとなるとそれなりに戦闘しなければならんし…500万が手を出すレベルじゃないか?」
「でも中堅から上位の人達の稼ぎって数回の探索で数百万稼ぐって聞くんだけど? むしろその手間が楽になるんならすぐ元取れるんじゃないの? 1000万でも買う人たち居ると思うよ?」
「それは高すぎる…とは、私達の測りじゃ何とも言えないわね…。
それにしても1000万は手を引きかねないわ。蔵人と同じ600万」
「私も600万ぐらいだと思う。それに中堅から上位の人達は結構稼いでるし、今更効率のいい稼ぎ方っていうのもないと思う。
私達と違って攻略に向けて動いてるPTの人達が多いと思うし、モンスターとの戦闘より避けて進む方に主眼を置いてるはずよ。高すぎても買わないと思うのだけど?」
「あー…確かにあの人も攻略が主だったかな?
こういった物は地上に素材を卸すことを主に考えてる人達向けのが良い気がするぜ? それなりに稼いでる人達だろうし…600~700って所だろうな…」
「中堅の素材卸しをメインに考えているPTがターゲットだろうな。
おそらく狩場は11層からの森林エリア。当然モンスターを探すために森林の中を歩き回る必要があるだろう。だが誘引できるこの香があれば? 開けた場所で待ち構える策がとれるし、戦う戦場を自分達で選べるとなると帰還陣近くに誘い込むことも可能だ。
戦力も私達以上だろうし有効に使ってくれそうだ。日向君の600~700に1票かな?」
皆がいくらぐらいが妥当かと意見を出し合った。600万ぐらいが妥当との声が多いな。
「俺が低く見積もりすぎたかな?
じゃあPT内の意見としては最低600万。上限は決めないけど、値の釣り上げ合戦があるようなら売らずに俺達の倉庫で眠ってもらって、戒めの為に残しておく…。これでいいかな?」
理人さんがPTの皆を見回してそう決める。全員がリーダーがそう決めたならそれでいいと頷いていた。
「というわけで自分達で決めましたけど、600万が最低ですかね?」
「そうですか…。わかりました、管理部を通してお支払いしましょう。
管理部に対して私に先約で売却済みと一言言っておいて貰えるとスムーズに事が運ぶと思いますが…大丈夫でしょうか?」
その言葉に全員が固まった。まさか買うなどとは露程も思っていなかったのだろう。初心者探索者だし…。
復活したそれぞれが本気か? と口にする。
能力は確かに見たが、あれだけだと買っても使いこなせないだろうと言われた。逆に危険だからやめとけとまで言われる始末だ。
こちらのゴーレムについてはまだ何も言っていない事もあり、戦力に関しては1層攻略の際にお披露目すると口にしておく。
あれを見れば戦力として十分なものがあると思ってくれるだろうし、売却するしないについては1層攻略後にそちらで決めてくれていいと伝えておいた。




