149話 初講習を受ける 火魔石と水魔石
「えー、それでは時間になったので講習を開始したいと思います。皆さん目の前の三角の筒に紙はもう入れましたね?」
そう言って講師の先生(結構な歳いってそう)は各人の前に置いてある筒を見渡す。4人しかいないから確認するまでもないだろうけど。
「はい、問題ないようなので始めていきますね。まずは私の自己紹介から。
本校で魔石について教えている山田と言います。皆さん今日はよろしくお願いしますね」
自己紹介もされたので軽くお辞儀をして頷いておく。
(夜間学校の講師ではなくこの学校に在籍してる講師なのか…。結構年もいってそうだし知識人だな。いろいろ詳しいこと知ってたりするんだろうか?)
とはいえ、授業の内容が基本的な魔石の利用法についてなので、今日はそんな踏み込んだことを教えたりはしないだろうけども。
いったい基本的な魔石の利用法ってのはどんなものなのかと思いながら、山田先生の話に耳を傾けた。
「ではさっそく始めていきましょうかね。まず皆さん後存じとは思いますが、魔石の種類について言っていきましょうか。
現在確認されている魔石は火、水、土、風の基本4種。雷、氷、樹のレアな属性3種。計7種の属性が確認されていますね。
魔石学者の人達はまだまだ属性があるんじゃないかと日々探索者を伴ってダンジョンに潜っていたりしてますが、新たな属性はまだ見つかってないのが現状です」
学者さんは自分達で潜ってまで探しているのかと、それを聞いて少し驚いた。研究職がダンジョン探索って結構きついと思うんだが…筋肉モリモリの厳つい学者さん等だったりすんのかね? 現地調査に赴く人ってそんな印象があるわ。
自分と同じことを思っていたのか、隣の机にいた男性が小さな声でへぇ~…と驚いていた。
「研究者が現地入りってのはたまに聞くけどそれって問題ないもんなんです? 探索者の邪魔になりそうに思えるんだけど…」
疑問をそのまま口にする男性。やっぱ研究職ってそんな印象よな。
「問題はあまりないと思いますね。
テレビで紹介されたこともありますが、研究者の人が能力持ちでしたりフィールドワークを専門にしている人というのは意外としっかりしているもんですよ。探索者になりたての新人よりしっかりとしてる人もいますので」
研究者が能力者と聞いてそういう可能性もあるか…と思った。むしろ自身の能力を研究してる学者とか普通に居そうだよな。そこから探索者も兼業してる人なんていっぱい居そうだわ。
「それに戦闘が出来ない学者の護衛に探索者が付いて行くなんてのは昔なら普通でしたからね。今は能力持ちの探索者も増えたので昔より安全でしょう」
もちろん非戦闘員の同行はリスキーですが…と、最後にそう言い締めた。そりゃ危険が無いわけでは無いよな。
やはり危険は危険なのかと、納得はしたようだがどこか不満そうだった。
「管理部の方でも護衛依頼を経験した探索者の人にまずは声がけするでしょうし、比較的安全な探索にはなると思いますが予想外な事態はあり得ますからね。
つい最近管理部から発せられた緊急報告のようなものも無いとは言えませんからね」
具体的な例としてあの緊急報告の事が上げられた。確かにあれを予想しろってのは無理があるだろうな。
それを聞いて益々表情を曇らせる男性。なんか心配事でもあるのかね?
「うちの親父がまさしくその魔石学者でダンジョン潜ってんだけど…やっぱ実地で調べるべきもんなんですかね、魔石ってのは?」
「そこは何とも言えませんね。魔石自体は探索者の方がダンジョンから様々なものを持ってきてくれますからそれを研究すれば事足りるでしょう。
ですが魔石学者という人種はモンスターと魔石をセットで研究したがる人は多いですよ。あなたのお父上がどのような研究をしているのかわかりませんのではっきりとしたことは言えませんが」
「あー…確かに火魔石を持ったモンスターはこうだ、水魔石の奴はどうだと口にしてたっけ。モンスターまで研究かぁ…」
男性はなんか納得した顔で頷いていた。父親が現地入り主体の学者だから気にしていたのね。
「モンスターは地上に出ると7日以上生きることが出来ません。魔石とモンスターに何らかのつながりがあると考え、魔石学者がモンスターに興味を持つといった事例は過去にいっぱいありました。こればかりは地上で研究するのが難しい命題ですね。
っと…この話はまたいろいろずれてしまいますか。本題に戻った方がいいですかね」
「あー…すんません」
個人的な話で授業内容から離れた方向に行きそうになったことを謝る男性。これぐらいなら授業妨害にはならんと思うけど講師しだいなんかなこれは?
「学者がダンジョンに潜ると話をしたのは私からですからね。構わないですよ。
さて、それでは本題に戻るとして…魔石の種類の次は各魔石の性質について語りましょうか。
まず火の魔石ですが…これは単体だと熱を生む性質がありますね。皆さんもご自宅で活用されてると思いますが…家の電気を作り出している熱発電の元、火魔石の性質としてもっともよく実感するのはこれでしょう。
この建物の明かりも火魔石を利用して点けていますので、出かけ先どこでも目にする機会があるでしょう。かなりの恩恵を私たち人にもたらしていると言っても過言ではありません。
そして火魔石を砕いて粉々にした状態。この時に発する効果としては熱や火の威力を高めるというものでしょうね。炉の火力を上げるのに使ったりしますし電熱器の熱を低い力で高くする為に家庭の台所で使われてたりと様々です。
火や熱は私たち人が生活する上でなくてはならない要素ですから日常のどこかで知らず知らずのうちに利用していますよ」
やっぱり火の魔石は生活になくてはならない要素になってるよなぁ…今からこれ無くすってなったらどれだけ困ったことになるんだろうか? 原子力発電所とかってこの世界どうなってんだろう? 魔石で賄ってるから撤廃されてたりすんのかね?
どうにも聞くに聞けないんだよなこういう事って。常識なさすぎってのを自分からさらけ出すのは毎度のことだけど、こういった場で聞くとなるとまた別よなぁ…。
火や熱といったものに火の魔石を使っているというのは事前の情報通りだった。ただ電熱器に使われてたっていうのはちょっと予想外だったけども。内部の熱くなる部分に粉末を練りこんであるのだろうか? オーブンとかの予熱にも使えそうだよな、熱が高まるって言うならさ。
ノートを取る音が全然聞こえないけどこれぐらいはやはり基本なんだな。知っておきたい所メモしてるけど自分以外のペンの音がしない…皆なにを思ってこの授業聴いてるんだろうか?
「次は水の魔石についてですね。
水道をひねれば水が出る。そんな常識は今更ですが、水魔石によって上水道の簡便化が出来るようになりましたね。個人宅にタンクを設置することで水道料金をかなり抑えることが可能です。
道に水道管を通す数も減って工事も格段に楽になりました。水道管が破裂するといった事故も少なくなりましたしね。
それに日本は山が多いですから水も豊富です。水魔石が足りていない地域への水の輸出も近年は増えました。なにより美味しい、水道水とは比べ物になりません。昔の水道水はあまり美味しいとは言えませんでしたから…」
少し遠い目をして昔を思い出すかのような仕草を見せる山田講師。カルキ臭かったんだろうな…。
「おほんっ…その美味しい水を増やすのに水魔石は大活躍してますね。水魔石単体を漬けてしばらく放置していると水かさが増します。街の公園から個人の家にまで広く水魔石は利用されているでしょう。
日本で水不足という言葉は30年前の戦争を最後に聞かなくなりました。人が生きるうえで空気と同じぐらい必須な水が美味しい状態でこうも楽に手に入る。便利な世の中になりましたねぇ…」
30年前は断水が当たり前な時だったんだろう。街の復旧時に水魔法を使う能力者が子供でも重宝された理由はそれか…。
当時は魔石自体がまだわかってなかった時だったはずだし、飲める綺麗な水というのはその時を生きていた人にしかわからない有難さなんだろうな…。
「いやはや…水については私もだいぶ苦労していたのを思い出しますよ。
まだ水が豊富な日本だったからよかったですけど…世界各地ではダムが決壊やら飲み水が汚染とすさまじかったですからね。水については当時を生きていた人間は誰しも一言うるさいかもしれません」
後ろにいる田中さんが「ですなぁ…」と声に出してしみじみ頷いている様が前の席にいる自分にまで伝わってきた。やはり戦前生まれか田中さんは。
自分は生まれも育ちも日本だし、戦後の平和な時代しか知らない。こっちの世界の20台みたいに復旧の忙しい時代を経験したわけでもない。そういった大変さだけは実感が出来ていないんだよな…。
「日本でもいくつかのダムが決壊して水害が当時は起こりました。それに巻き込まれた街も少なくありません…。
っと…流石に話がそれすぎてますね。水の魔石ですが、そんな水不足に陥った所では発見当時大変活躍したんですよ。水魔石はその時かなりの値段だったのを覚えています。今ではだんだん落ち着いてきていますけどね。
そして水魔石の粉末…こちらも発見時は世界各地で復旧していた所で大流行しました。まさか水を浄化して飲める状態までしてくれるとは思っても見ませんでしたからね。
細かい砂の粒が濾過の役割をすることは当時わかってはいましたけども、水魔石の粉末を入れておくだけで泥水の泥部分が消えて綺麗になるのは世紀の大発見でしたよ。まぁ…あの時はその世紀の大発見がいくつも出てきましたがね」
魔石についてだったり能力者についてと、そりゃあたくさんの発見があっただろうなぁ…と、聞いてて思った。ダンジョンの攻略を目指してたり、まさに怒涛の10年って感じだったんだろう。
「水の浄化は世界各地で紛糾を呼び起こしましたね。先ほども言いましたが、水は空気と同じくらい人間にとって必須です。
安全で飲める水の確保…世界各地で人が死んでその死体の腐敗で汚染されたり、兵器の使用によって水が飲めなくなった地域で水が確保できる手段…それはもう「凄い」の一言でした。
中には心から神に祈る者さえ現れたほどですよ、水の魔石についてはね」
(神…か)
モンスターという異世界の要因を含めたのもその神達だという話なのだが、原因となったモンスターから得た魔石で神に感謝というのはなんとも複雑なものを感じてしまった…。
こればかりは墓まで持っていくつもりだが、神が実在するというのはいいことばかりではないと思うようになった。特に信じている者にとっては知らせるのは酷だろう。
(基本は何もしないって方針らしいしな。この世界に転生させてくれたのは心から感謝しているんだけど…信心深い人が何もしない神というのを知ったら自殺者まで出そうな案件だよな)
水魔石の事等を神の助けと思ってる人は少なくないだろうし絶対口にできないのだが、真実を知っているだけにこの手の話は聞き流すのが精神的にいいのかなぁ…と、山田先生の話を聞きながら考えていた。




