123話 久しぶりの食堂飯 ゲテモノか…
「うん、この時間だとやっぱこんなもんだよなぁ」
食堂に着いた将一は中の混み具合を見てそう口にした。昼食のピークを過ぎればこんなものだろうと。
人が並んでいない券売機の前に来るとメニューを見て悩む。結局何を食べるかは決まらなかった。そもそもメニューを把握してないのでコレ! というものが思いつかなかったのだが。
「やっぱ写真を見て何が食べたいか決める方がいいな。もっと通えば見なくても食べたいもの決めれるんだけどねぇ」
やはりメニューの一覧か何かを貰っておくべきかと検討し始める。それかカメラでメニューの写真を撮って自分で自作でもするか…。
そんなことを考えながらメニューへ適当に目を通していると、1つの料理に行き当たった。ダンジョンの中でも話に上がっていた奴だ。
「ラットのから揚げ…食堂にあるってことは食べれる料理だよなぁ…。とはいえあのネズミだもんなぁ…から揚げにしたからってうまいのか? やっぱイメージとしては臭いがきついって感じだなぁ」
洞窟エリアでよく見かけるラット系のモンスター。
幸い地底湖を通ったから自分達は蟹を食べたがそうでなかったらどうだったろうか…。もしかしたら食べていたかもしれない。
帰還陣までモンスターとあまり遭遇しなかったからその機会はなかったが、今後もそうなるとは限らないのだ。もしかしたら昼食になんて未来も…。
「毒はない寄生虫はいないってことだが臭みはどうだろう? ドブネズミってわけではないし大丈夫だよなぁ…。
…よし、これにしてみるか。昼はとりあえずこいつだけにして夜になんかおいしそうなもの食べるとしよう」
意を決して券売機でラットのから揚げのボタンを押す。
「頼んでしまった…もう後戻りはできないな…」
気分的にアルコール(殺菌効果)も一緒に取りたいが、我慢してこの食券だけを持っていく。なんかあれば魔法でどうにかしよう…。
厨房の人に食券を渡して水を取りに行く。席はスカスカなので厨房近くの椅子に腰かけて待つことにする。内心かなりドキドキしてるんだよなぁ…。
今になって注文したことを若干後悔し始めてきた。なにも今日食べなくてもいいんじゃないかと。
(でもここで食べておけば今度洞窟エリアに潜った時美味しかったら食材として確保できるからな。バット系はあれだけどラット系はまだ食べやすい見た目してるよな…肉を切り分ければだけど…)
洞窟エリアの食材としては今のところバット系とラット系、モグラ系を討伐していた。
その内多くとれるのがラット系とバット系なのだから、どっちかの味ぐらいは知っておきたいと思っていた。やはり携帯食料だけでは味気ないのよな…。
食材的に見るなら洞窟エリアだと地底湖がお勧めなのだが、そっちは移動するのが大変なので敬遠されがちだ。実際昨日は随分と手こずらされたしな。進行ルートとしてみると避けて通りたい所だ。
(でも蟹はいるし鰐もいるからなぁ…食えるかどうか知らんけど貝もいる。亀だって食えないことないと思うんだよな…食材的にはほんと地底湖のがいいんだけどなぁ…)
一応水上移動の魔法も出来たし、1人なら地底湖でも何ら問題ない気がする。それに1人なら飛行魔法で水上飛べるしな…と。
(PTだとそれも厳しいからな。時短とか考えない限り地底湖はルートから外されそうだし向かうことないんだよね)
そうなると食材確保は通路のモンスターだけに限定される。やはりラット系ぐらいは食べておくべきなのかなぁ…と、考えが堂々巡りしてしまっていた。
そんな風に答えの出ない問題を考えているとついに自分の番号が呼ばれた。ここまで来たら本当に腹をくくるしかないと決めて料理を取りに向かった。
「これがラットのから揚げか。やっぱ体がそれなりにでかいから肉となる部分も結構あるみたいだな」
席に料理を運び終えると、ラットのから揚げを前に深呼吸を1回して手にした箸を伸ばした。
見た目は全然問題ない仕上がりになっている。あの形のまま出てくるわけではないので戸惑う事も少ない。本当に見ているだけだとただのから揚げなのだ。油で揚げたいい匂いが料理からも漂ってきているし。
「さて、後は味だが…。こればかりは食べてみないとわからんな。
…いざ!」
箸でつかんだから揚げを口に運ぶ。熱いので一気にはいけないのが少し躊躇させてしまった。
1個の半分ほどを歯で食いちぎると熱々のそれを咀嚼し始める。
「あっふ! あふぃ! んぐ、むぐむぐ……ふぅ、やっぱ出来立てを冷まさずに行くのはやけどしそうだわ。
それはそうと…何だろう? 想像してたより全然食べれるな…」
1口目を食べ終えた感想がそれだった。正直熱いのもあって、少し噛んで飲み込んでしまった所はあるが食べる前に想像していたのとは全く違っていた。
「んー…鶏肉と兎肉の間って感じか? 淡白だけど肉の味は感じられるし油も適度にあるんだよなぁ…。臭みも全然ないしイメージしてたのと違うな。やっぱあの見た目に引きずられすぎたか?」
食いかけのから揚げを口に含むと今度はしっかり味わって飲み込む。やはり味としてはさっき言ったようなもので合ってるな。
「この味で見た目があれだから何だかなぁ…だわ。モルモットとかヌートリアみたいのだったならまだ好まれたんだろうけどなぁ」
「何が好まれるって?」
食事をしていると急に後ろから肩を叩かれた。誰かと思って後ろを振り返る。
「あれ、田島さんじゃないですか? お久しぶりです。今日は訓練室でバイトだったんですか?」
振り返って視界に入ってきたのは田島さんだった。そう言えば最後に会ったのも食堂でだっけか。
「今日はこれでアガリなものでな。食堂で休憩がてらデザートでも食べようと思ったんだ。そしたら久しぶりな奴を見つけたから声を掛けさせてもらったわけだ。石田は今昼なのか?」
「はい。実は昨日初のダンジョン探索に行ってきまして今日の昼近くに戻ってきたんですよ。素材の査定やらなんやらでこんな時間に昼食です」
「ほう! ダンジョンに潜って見たか。どうだった? 中々に大変だったろう」
隣の椅子に腰かけながらダンジョンに潜ってみた感想を聞く島田さん。内心これは捕まったなぁ…と思った。
「全くですね…予想していた以上にダンジョンってところは大変でしたよ。一応ある程度は想像していたんですが全然だったようで…」
「そうだろうな。人から聞いたり映像を見たぐらいではダンジョン1層の洞窟エリアの大変さはわからんだろうな。体験して初めてわかるというやつだ」
「全くその通りで」
田島さんも最初はそうだったのかなぁ…と思ったが、自分と潜った時の条件が違えば感想も変わるだろうからあまり意味はないかとその考えを捨てた。特に今回は異常な時に潜ってしまったからなぁ…と。
「テレビの映像ではやらせとまではいかないが、先行してある程度障害が除けられていたりするからな。実際潜ってみると差異が大きすぎると感じるやつは多いんだ」
「私はその洞窟エリアの映像を見てませんから事前知識すら無しでしたよ。余計な先入観がないと言えば聞こえはいいですが逆に言うと知識が全くない状態での探索でしたからね。周りに迷惑ばっかりだった気がしますね」
実際浜田さん達にかなりの質問をして聞きこんでいたからな。かなりの世間知らずって思われてなければいいんだけどね…。
「PTで潜ったのか?」
田島さんは自分の周りに迷惑ばっかりという言葉でPTで潜ったと思ったようだ。あんまり軍の人にサポートしてもらうってことないのかねぇ?
「今回は軍の人達に付いてきてもらいました。3人追加で4人PTで潜ってきたんですよ」
「ああ…軍のサポートか。あれはしょっぱなから費用も掛かるから初心者探索者はあまり利用しないのだがな。石田はそこを気にせず頼んだわけか」
「まぁ…確かに3人でも結構取られましたね。でもまるっきり初心者な私にはありがたかったですよ。いい勉強になりました」
「ダンジョンの知識をあんまり持ってないというのなら確かに普通のPTよりはサポートの方がありがたいか。下手したら足を引っ張りかねないからな。まぁ、それは初心者探索者全員に言える事だがな」
そこまで話すと田島さんは席を立つ。丁度番号が呼ばれたから田島さんが頼んだ料理なんだろう。
戻ってきた田島さんが持っているのはいつぞや見たソフトクリームだった。
「やはりここでの仕事終わりにはこいつを食べてかないとな」
「縞牛のソフトクリームでしたっけ?」
「そうだ、意外と人気なんだぞ? そういう石田はなにを食べているんだ? から揚げなのはわかるが…」
ソフトをスプーンで食べながら自分が何を食べているか聞いてくる。島田さんはこれ食べたことあるのかねぇ?
「ラットのから揚げです」
「んぐっ!?」
料理名を聞いた瞬間に田島さんがむせた。口に含んでいたソフトクリームちょっと飛んだけどそんだけ驚いたという事か…。こりゃ食べてなさそうだな。
テーブルに備え付けの紙で口元を押さえながら咳が収まるまで待つ田島さん。しばらく咳き込んでいたがそこまでか。
「はぁ…はぁ…。石田…普通にその料理名を口にしないでくれ」
「あー…今の反応見たらわかりますけどこの料理…」
「少なくとも周りで食べてる奴を私はほとんど知らないぞ。一部では人気らしいがな…」
「やっぱりですか…」
思っていたことだが不人気メニューなんだなこれ…。
「まずそれの生前を見た事ある奴は頼もうとすらしないからな。かくいう私もこの食堂でそれを頼んだ試しは0だ」
「いやー…私も最初はずっとやめようかどうしようか迷ってたんですけどねぇ…なんか引っ込み付かなくなりまして最終的には買いましたね」
「買うまでの経緯がわからんな。誰も押さないしある意味この食堂のネタ料理だと思っていたぞ」
「経緯としてはやっぱり今回のダンジョン探索が理由なんですけどね…」
ラットのから揚げを食べながら、この料理を頼むに至った経緯を簡単に話していく。
こちらがから揚げを口にするたびに、田島さんが何やらすごいものを見る目でこちらを見てくるが自分はもう気にならなくなったな。形さえなければ今ではただの美味しいから揚げ程度にしか思わないわ。
飾られていたレモンを絞って味変をしつつ残りを平らげていく。後味も悪くなく、意外と満足することが出来た昼食だった。




