113話 ダンジョン1層 今度こそ生存している探索者に遭遇
広場を大回りしての移動は予想以上に面倒だった。いろんな通路を通る羽目になり、さらにはモンスターを回避しなければいけない場面もあった。
これによって更に時間がかかり、結局広場を抜けた通路の所まで来るのにかなり歩くことになってしまった。
そんな広場を抜けた通路は一時的な目的地でしかないのがまた辛い…。むしろこれからが本番とばかりに更に歩き続けることになる。
途中途中で休憩は入れるが、こんな移動ばかりでは自然と口数も減ってくるというものだ。それにずっと洞窟の風景というのがまた…。想像はしていたが、精神的にこうまで影響してくるとは予想をはるかに超えている。
そんな無口でひたすら歩き続けた時、広田さんが一時停止の合図を出した。口を開かない分、合図にも敏感に反応するようになったな。
「どうした?」
浜田さんが前方の広田さんに声をかける。緊急時の止まれと一時停止で違いがあるらしい。(手を握るか開くかということだ)
モンスターのような急を要する停止ではないと判断して声をかけたようだ。
「話し声が聞こえた、おそらく探索者だ。戦闘音はしないから移動中か休憩中だと思う」
「やっと他の探索者ですか! いやー…ダンジョン潜って初めてですねぇ。これも帰還陣に近づいている証拠かぁ…」
自分達以外の探索者と聞いてなんか久方ぶりに元気が出た。どうにもダンジョンに潜っていると、自分達以外は誰も居ないのではないかと錯覚してしまう。
本当なら多くの探索者がいると思うのだが、通路で分けられている所為でそんな気が全くしないのだ。広場に居ればまだ遭遇する機会も上がると思うんだけど…モンスターの群れがねぇ…。
「結構歩きましたからねぇ。時間は…ふむ、こんなものか。結構いい時間だな。それなりに歩いてきたからなぁ」
浜田さんが腕時計で時間を確認する。そういえば今何時なんだろう? と、自分も携帯を取り出して時間を確認してみた。電話は出来ないが時間確認には使えるからな。
「7時…って!? そんなに経ってたのか! 時間の感覚全くわかんないなぁ…洞窟にいると」
「ダンジョンではどこもそうですよ。ずっと朝だったりずっと夜だったり。時間の確認はこまめにした方がいいですね。まぁ…私も今しばらくぶりに確認してたので説得力ありませんけどね…」
そう言って浜田さんは苦笑して見せた。
しかしそうか…ダンジョンの中にはずっと夜っていう所もあるんだな。ずっと朝の状態だけかと思ってたけど常夜のエリアかぁ…これはモンスターの奇襲が怖いな。
「おそらくもう少し先にある休憩エリアだろうな居るとしたら。声的にそう離れてはいないだろう。
時間も時間だし夕飯でも食べてるか、食べ終わって休憩中といったところか。なんにせよ自分達もそこまで行った方がいいだろうな」
「そうだな。知っているかどうかはわからないが、広場の件を伝えておくに越したことはないだろう。
ここから戻るのか先に行くのかまではわからないが知っていて損な情報ではないしな」
「注意喚起は大事だな」
「ですねぇ」
自分でも地図を確認してみると、広田さんが言うように少し先にあのトイレマークがあるちょっとした小部屋があった。この辺りで休憩するならそこに行くか。
ここも決して安全地帯というわけではないが、トイレを意図的に壊さないという事はモンスターの沸きもそうない場所だろうし、少しでも安全に休むなら探索者はここにするだろう。位置的にも今居る所からそう離れてないし確率は高いだろうな。
「よし、私達もそこまで行って夕飯にしよう。少し長めの休憩にするからしっかり体を休めておくように」
「「「了解」」」」
時間的にも丁度夕食タイムだしな。しばらく歩きっぱなしだったし、浜田さんの言うようにしっかり休んでおくかね。
そう予定を決めると、広田さんを先頭に再び歩き出した。休む場所がもう少し先とわかっているならモチベも大丈夫だな。休憩後はまた歩きっぱなしだしモチベも回復させておかんとな。
(そういや深田さんが蟹のハサミ部分持ってるんだよな? あれも夕食時に食べるってことだしこれは楽しみが出てきたな)
地底湖ではこいつの所為で後々酷い目に遭ったが、今ばかりは襲ってきたことも許してやれそうだ。やはり限られた食べ物しかない中での美味しいものはモチベ維持に必須だな。
やはり槍一さんと話してた冷凍物の真空パック作戦は試してみないとなぁ…と、思い出すのだった。
「ん? 同業者かな?」
「結構帰還陣からも離れているし誰も居ないと思ってたけどまさか人と遭うとはね…。これも奇縁ね」
「ご休憩中のところ申し訳ない。私達もここよろしいですか?」
向こうがやってきたこちらに気づくと、確認するように同業者かと尋ねてきた。それの問いにタグを見せることで返事を返した浜田さん。
「いいんじゃない? とはいえ私達はそろそろ移動再開する予定だけどね」
「そうだな。別にここが誰のものと決まっているわけでもない。この広いダンジョンでこうして巡り合えたんだ。その奇縁に乾杯だ」
「おっさん、さっき茶ぁ飲んだばっかだろうが。もう仕舞ったし出さねぇぞ?」
どうやら出発の用意をしながらの談笑だったのだろう。女性の言葉でそれを知ることが出来た。
後の男性2人の会話はどこか呑気なところがある。ずいぶん余裕を感じるが中堅の探索者なのかな?
「ではお言葉に甘えて。
各自休憩にしよう。深田はスープの素を出してくれ。石田さんはお湯頼めますか?」
「ええ、それぐらいならお安い御用です」
「それと簡単な網を作ってもらっていいか? あれを炙って食べようと思う」
「いいですねぇ、そっちも了解です。スープの素を入れたカップ貰いますよ。お湯注ぎますんで」
各自で携帯食料とカップを取り出すと、深田さんがカップにスープの素を入れていく。そしてそれを受け取った自分が水魔法で熱湯を入れて各自に返す。
スープカップを配り終えると、キャンプで使うような焼き網を作り出した。一応表面にくっついても取りやすいよう食用油を塗って深田さんに渡した。
深田さんは携帯食料とスープに時々手をつけながら、荷物から取り出した感知蟹のハサミを割り始める。石の部分はすべて取り除いてあったので、後は普通に殻を割ればいい状態までしてあったようだ。
それを半分に割ると中から感知蟹のハサミの身が見えた。昼頃に取ったものだからまだまだ新鮮そうだ。透明がかった色がそれを知らせてくれた。
「あら? それ感知蟹のハサミ? という事は地底湖から来たのね。ここからだと…広場1つ前の小さい所かしら?」
「いえ、そっち側にはこれからですね。私達は反対方向のでかいほうから来たんですよ」
「え? でかいほうからって…マップ端の所ですか? そんなところから…」
「そっちからになる。自分達の転移先がマップ端も端だったのでな」
「うっそ…転移先がそんな端っこってあんまり聞かないのにぃ? 帰還陣まで帰るの大変すぎじゃない…」
浜田さんと広田さんは向こうのPTの人達の受け答えをしてくれている。ならばこちらは深田さんと2人で蟹の身の炙りをやってしまおう。
取り出した蟹の身を割いて食べやすい大きさにしておく。お湯でしゃぶしゃぶも捨てがたいが炙りの方が美味しいのかな?
とりあえず割った殻を網の上に敷き、その上で焼くらしいのでそっちのセットを済ます。キャンプで使うようなコンロの上に網を載せればこれで準備完了だ。
「焼き蟹かぁ! こいつは1杯欲しくなるなぁ…」
「酒なんか出さねぇからな? けど洞窟で焼き蟹なんて地底湖に行かなきゃ無理な料理だからなぁ。酒が欲しくなるのもわかるけどよ…」
「まぁ、そこは我慢ですよねぇ。ダンジョンでこういう料理が食べれるだけマシでしょうし」
「その分地上に帰った時の反動が怖いがねぇ…このおっさんなんてすぐ管理部の食堂だーって行っちまうしな」
「仕方ないだろう? 酒飲みに禁酒しろというのは辛いものがあるんだぞ? お前ももっと酒を飲めばわかるというもんだ」
「今のままで十分だよ…」
そう言って疲れた顔をみせながら、やれやれと首を振る。この人このPTの苦労人だな…今のやり取りでなんとなくそう思った。
「ところで皆さんこれからどちらに?」
「俺達はお前さん達が来た方にもうちょっと足を延ばす予定をしているぞ。
なんでも1層でミスリルゴーレムが出たという話でな。ここからだと持ち帰れる量は減るがこっちは重量軽減の魔法を使えるんだわ。それなりの量が手に入ると見込んでるのよ」
「ミスリル…」
1層にまさかそんな奴も出ていたのかと驚く。資料室のパソコンでも見たが、ミスリル素材の奴がもういるのかと。
そう言えばバット系にもいるらしいがこいつも1層にいるんだろうか?
「まぁ…いるって聞いただけでどこにいるかはわからないんだけどな。あんた達あっちの道から来たみたいだけど見てないか? 情報提供してくれたら謝礼はするぜ?」
「ミスリルゴーレムは見ませんでしたが…浜田さん」
「ええ…そちらの標的のモンスターとは関係ないんですが、ちょっとまずいモンスターが私達の通って来た所に出現してましてね…」
「? まずいモンスターですか?」
「はい」
そう言って浜田さんは、自分達が見てきた広場のモンスターをこのPTに説明し始めた。強力なモンスターが群れを成していることを。
もしかしたらそのミスリルゴーレムっていう奴もそんなモンスターのうちの1体なのかもしれないな…。本来1層ではあんまり見かけないモンスターが沸いたとしたらそんな発見報告があってもおかしくはないかと思った。
大きさ的に通路にも出れる奴みたいだし、ここから先もしかしたらそういったモンスターもいるのかもしれないと、なんとなく通路の先に視線を向ける。
危険度が分からないからあまりそういった相手とは出会いたくないなぁ…といった気持を抱きながら。




