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特別室

「何か、変だわよ」

 茜がつぶやき、勝は立ち止まった。

「何が変だってんだ?」


 しっ、と茜は勝を制してコロシアムに引返した。

 物影からコロシアムの中をのぞきこむ。

 時刻はすでに夕刻近くなっている。

 ほのかにオレンジ色に染まった日差しのなか、地面に美和子と倒れこんでいたのを見て、茜は息を飲み込んだ。


 そのまわりに警備隊の服装をした数人が取り囲んでいる。

 やがてふたつの担架が運び込まれ、美和子と太郎はそれに移された。担架が持ち上がり、部下たちが運んでいく。


「なんだあ、ありゃ……わっ、なにするんだ……」

 大声を出しかけた勝の口を、茜が手でふさいでいたのだ。

「馬鹿ね、大声出さないの!」

 茜の言葉に勝は口を引き結んだ。

「飛行船が動いている……」

 茜がつぶやいた。


 その言葉どおり、それまでコロシアムのステージ近くに繋留されていた飛行船がゆったりと動き出していた。斜路が内部に引き込まれ、飛行船はしずしずと進みだしている。

 茜は勝の身体を引っ張った。

「なんだよ?」

「隠れるのよ!」

 茜は勝に空中に浮かんでいる飛行船を指さした。

「美和子姐さんと、太郎さんを助けなきゃ! そのためには飛行船から隠れないと……」

 茜の説明に勝はうなずいた。



 

 飛行船の窓から、ケン太は地上を見下ろしていた。

 コロシアムの地面に、美和子と太郎が倒れている。担架が運ばれ、ふたりはコロシアムの施設内部へと運ばれていった。


「これからいかがいたしますか?」

 背後に控えている木戸が話しかけた。

 ケン太は爪を噛んでいた。いらいらしているときの癖である。

「あのふたりには”処置”を施しておく」

 ケン太の説明に木戸は眉をあげた。

「それは……賢明でしょうか?」

「ほかにどうしようがある? それにあの書類のことがある。どこから漏れたか判らないが、まずいことになった。すぐ本社にもどって、関連の資料を処分しないと……」


 木戸はうなずいた。それには賛成だった。

「杏奈お嬢さまはいかがいたしますか?」

「あいつはどうしている? 余計なことは耳にしないよう、気をつけたか?」

「はい、特別室にご案内させていただきました」


 それでいい、とケン太はうなずいた。

 窓に目をやる。

 すでに窓の外は大海原になっていた。



 

「出してよ! ここから出して!」

 木戸の言う”特別室”に杏奈は閉じ込められていた。窓のない、飛行船の後部にある倉庫である。ここに杏奈と洋子が押し込められ、外から鍵をかけられたのだ。


 杏奈はドアに拳を打ちつけ、叫んでいたがだれも彼女の声にこたえるものはいなかった。


 洋子は黙って、部屋の一角にある箱にこしかけていた。杏奈は洋子に向き直り口を開いた。

「洋子さん、あなた平気なの? こんなところに閉じ込められて」


 杏奈の声に洋子は顔を上げた。

「いいえ。でも騒いでも何も変わりがないのなら、無駄なことはしないほうがよろしいでしょう。いずれ飛行船が着陸すれば、出してもらえます」

 杏奈は洋子の答えにがっくりと肩を落とした。ちからなく洋子のとなりに座り込み、頭をかかえた。


 いったい何があったのだろう……杏奈には兄のケン太が理解できなくなっていた。

 と、あれだけ静まり返っていたドアから「とんとん」とかすかにノックの音が聞こえてきた。


 ぎくり、と杏奈は顔をあげた。


「誰れ?」


 ぼくです……田端幸一です……という声がする。名前に聞き覚えなかったので、杏奈は首をかしげた。その田端幸一という人は一体なんの用があるのだろう?

 その時、洋子が杏奈の耳に口を寄せてきた。

「その人はコックです。最近、ケン太様がお雇いになられました」

「コック?」

 杏奈は立ち上がり、ドアに近づいた。

「何のようなの?」

 緊張で彼女の言葉はかすかに震えた。ドアには空気抜きのためのスリットが開けられている。杏奈はそのスリットに目を押し当て、外をうかがった。


 ひとりの、小太りの少年が立っている。白いコックの制服にはちきれそうな身体を包んでいる。その両頬は興奮のためか赤らんでいた。


 少年は見咎められないかときょときょとと落ち着かなく、あたりを見回していた。

「あの……杏奈さまがここに閉じ込められたって聞いて、それにメイドの女の子も……」

「洋子さんのこと? 彼女ならここにいるわよ」

 杏奈の言葉に幸一は飛び上がった。

「そう! そうです! 山田洋子です! 彼女もここにいるんですね?」

 なんとなく杏奈は最初に自分の名前を出したのは言い訳で、この幸一という少年は洋子を心配しているのではないかと思った。

「ええ、元気よ。あなた、洋子さんに言づてでもあるの?」

 杏奈の言葉に幸一はただでさえ真っ赤な頬をさらに赤らめた。

「言づてだなんて、そんな……。ただ、心配しないでと伝えてください。なにかあったら、ぼくが味方になるから……」

「判ったわ、有難う……」

「じゃあ、ぼく行かなきゃ……失礼しました!」

 ぺこりと頭を下げると、幸一はあたふたとその場を離れていった。


 視界から少年の姿が消え、杏奈は洋子をふりかえった。


 さっきのやりとりが聞こえていただろうに、彼女はまったく動揺することもなく、静かに腰かけた姿勢を崩すことなくひっそりと座っている。

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