決勝戦
こほん、とステージでケン太が咳払いをした。
「さて……妙な邪魔がはいったが、決勝戦の続きを再開しよう。真行寺美和子と勝又勝の勝負だ!」
その声に勝はぐい、と身体をひねって美和子に向かい合った。
「そうだ! 勝負だ!」
美和子はうなずいた。
それを見おろすケン太は、ぐっと身体を乗り出すようにしている。
背後から木戸がささやいた。
「よろしいのですか? 真行寺美和子は婚約の解消を示唆したのですぞ」
うるさい、という風にケン太は手をひらひらさせた。木戸は肩をすくめ、ふたたびもとの無表情にもどる。
ケン太は口の端で小声で答えた。
「あいつがおれとの結婚を、本当は望んでいないのは察していたよ。父親の真行寺男爵に言われていたから、そのつもりでいたのは明らかだ。だが、そんなことはどうでもいい。おれは、彼女を自分のちからでものにしていみせる!」
暗い、激情をこめた声は、なにかを吐き出すかのようだった。
ぐっと拳を握りしめ、勝と対決している美和子を見つめた。
「おれはずっときみを愛していたよ……美和子!」
その言葉は、木戸にも聞こえないほどのささやきであった。
木戸は妙な顔をしてケン太を見ていた。
じりじりとふたりの距離が詰まっていく。
先に動いたのは勝だった。
ものも言わずにがらがらと下駄の音を響かせながら美和子に向けて突進していく。
美和子はステップして、勝の突進をかわそうと横に飛んだ。
それを予測していたのか、勝は横に飛んだ美和子に腕を伸ばした。
がっき、と勝の手が美和子の細い腕を掴む。
掴まえた! とばかりに、勝の顔に笑みが浮かぶ。空いている片手を挙げ、平手で美和子の顔にむけて振り下ろした。
ばしっ!
音高く、美和子の頬で勝の平手が見事に決まった。
ふら……、と美和子は足取りを乱した。
頬が真っ赤に染まっている。
きっと彼女は勝を見上げた。
美和子の膝が上がった。
うっ、と勝が息を止める。
なんと美和子の膝が勝の股間をとらえていたのだ。
う、う、う、と勝は苦痛に喘いだ。
「てめえ……」
怒りの形相ものすごく、勝は目を見開いて美和子を見つめた。
腕をふりほどくと美和子はさっと一歩引き下がり、回し蹴りを下がった勝の顔に叩き込んだ。
衝撃で勝はきりきりまいをして地面に倒れこんだ。
が、すぐさま立ち上がるとひと声喚いて猛牛のように突進する。
勝の動きは思ったより素早い。
かれの頭が美和子の鳩尾に決まった。
受け止めた美和子は身をふたつにおる。
そのまま後ろに跳ね飛ばされた。まるでトラックに正面衝突したかのようだ。
勝は手足をひろげ、まるでダイビングするように美和子の上へのしかかる。
寸前、美和子は横にころがって逃れた。勝の指はむなしく地面をかいた。
ころがった美和子の指が、さっきの男の放り出した木刀にふれた。
木刀を手にし、美和子は立ち上がった。
はっ、と勝が緊張した。
美和子はすっくと立ち上がり、木刀を正眼に斜に構え、勝に対し真正面に向かっていた。
ふふ……、と勝は含み笑いを浮かべた。
「面白え……木刀とはな」
じりじりと動き、すばやくあたりを見回す。
そこらに他の参加者たちが投げ出した武器が地面に転がっている。素早く腰をかがめると、もう一本の木刀を手にとる。
ぶん、と振り回し手ごたえを確かめる。
「おれはこう見えても、剣道は得意なんだ。あんたの細腕で、そいつが振り回せるかどうか、試してみるか?」
「やってみないと判りませんわ」
美和子は静かに答えた。すでに呼吸は整っている。
ふうん、と勝は顎をひくと両手で構えた。
勝の目が細められた。
美和子の剣先が妙な動きを見せている。
ぴく、ぴくと細かく震えるように動いている。美和子は剣道は北辰一刀流を学んでいた。その剣先を見ている勝は、だんだんいらいらしてきた。上下に動く剣先を見ていると、誘い込まれるような感じを憶えていた。
きええ〜っ、と勝は甲高い叫びをあげ、木刀を振り上げだだだっとばかりに走り出す。
活っ、とふたりの木刀がふれあい、乾いた音を立てた。
勝は美和子の面を狙い、振り下ろす。その瞬間、美和子の木刀が横に薙ぎ払われた。
ぼくっ、と鈍い音が響く。
彼女の木刀は勝の胴に決まっていた。
ぽろり、と勝の手から木刀が地面に落ちていた。げふっ、と勝は息を吐き出した。ついでその顔が真赤に染まった。両手で腹をかかえ、うずくまる。
びくっ、びくっと全身が痙攣している。
呼吸が止まっている。
けええ……けええ……と大口をあげ、なんとか空気を吸い込もうとしている。しかし横隔膜が痙攣しているのか、息が出来ない。
それを見てとった美和子は、勝の背後にまわり、腕をかれの脇に差し入れた。
ぐっと力をいれ、活を入れる。
けふっ、と勝は息を吸い込んだ。
はあーっと大きく呼吸を再開した。
ようやく顔色がもとにもどった。
ふうーっとため息をつき、勝は地面に座り込んで美和子を見上げた。
ふたりの視線がからみあった。
勝はにやりと笑いかけた。
「負けた……おれの負けだ!」
がっくりと首を垂れた。