変貌
「すげえ……」
勝は感嘆の声をあげた。
いつの間にか洋子は勝の腕から手を離していた。
厳しい顔つきで、美和子は杏奈を見つめている。
「あなた、なにを考えていらっしゃるの?」
口調は怒りに満ちていたが、言葉はあいかわらず丁寧なままだ。が、それがかえって迫力がこもっていた。
びく、と杏奈は震えた。
「ここは真剣な対決の場です。あなたのようなかたが、いらっしゃるべきところではないのよ」
くす、くすん……と、杏奈は鼻を鳴らす。
「だ、だって……あたし……あなたがお兄さまを……」
「これはあなたのお兄さまとは関係ありません! それにわたしは、あなたのお兄さまと結婚する気持ちはありません!」
ぽかん、と杏奈は口を開いた。
「え……? でもトーナメントに優勝すれば……」
「そう、優勝すれば真行寺家は再興できるでしょう。あなたのお兄さまとわたしはたしかに許婚でした。でも、それはわたしのお父さまが生きていらっしゃったころの話です。それはそれ、これはこれ。わたしの気持ちはまた別なのですよ」
はあ……と、杏奈はため息をつく。
くすくすと笑いがこみあげてくる。
「あたし、あたしって……なんて……」
美和子もまた柔らかな表情になっていた。
す、と片手を杏奈に差し出した。
「さあお立ちなさい。あなたはこんなところにいてはいけません……大京市に帰って、お家に戻るのです」
杏奈は美和子の手を掴み、立ち上がった。
美和子と杏奈は見詰め合う。
杏奈は恥ずかしげにうつむいた。
「ご免なさい……」
小声でつぶやいた。
そして歩き出す。うつむき、やや肩を落とし淋しげであった。洋子と護衛の召し使いたちも後に続いた。
「洋子……」
思わず太郎は彼女に声をかけていた。
太郎の声に、洋子は立ち止まった。
彼女の視線に、太郎はたじろいでいた。
冷たい、なんの感情もこめていない視線。
これがあの山田洋子なのか?
「何か用?」
平板な声音に、太郎は言うべきことを失っていた。洋子は太郎が黙っている側を、さっさと杏奈の後に続く。
出入り口にくると、彼女はふっとふりかえる。
コロシアムの中央に立っている勝と美和子を見つめた。そしてなにか振り切るようにさっと顔をそむけると、小走りに建物の中へ消えた。
太郎は胸の中でつぶやいた。
洋子、いったい君になにがおきたんだ?