いじめ?
コロシアムに戻った途端、太郎めがけてだれかが猛烈に走り寄ってきた。
「た、助けて……!」
長い顔をさらに長くし、さっきの男が恐怖の表情をいっぱいにして駆け寄ってくる。
男はあわてて太郎の背後にかくれた。
その後からがらがらと下駄の音を響かせ、勝が走ってくる。
顔に憤怒の表情をうかべ、勝は太郎に気付くと足を止めた。
「野郎! さっさと勝負しやがれ」
これは太郎の背後に隠れている男へ向けて言ったのである。男は太郎の肩を掴んだ手にちからをこめ、ぶるぶると震えているだけで動こうとしない。
「そこの勝又勝の対戦相手! どうした、棄権するつもりなのか?」
ケン太はステージから叫んだ。
その声に、男はほっと安堵の表情を浮かべた。
「そ、そうだ! 棄権だ! おれ、棄権するよ……な、それがいい!」
震える両手で胸のバッジをひきむしり、勝にむけて差し出す。
「な、おれのバッジは全部やる! だから、勘弁してくれ!」
勝の握りこぶしがぶるぶると震えだした。
「なにおぅ……そんなこと許せねえ! 男らしく勝負しやがれ! いやだったら、この場で叩きのめしてやるぞ!」
「い、いやだあ……」
男は泣き顔になった。ひょろ長い身体を思い切り縮め、太郎の背後に隠れる。勝はずかずかと近づくと、腕を伸ばし背後に隠れた男の襟首を掴んで引き寄せた。
「やめて……やめてくれ……」
ずるずると男は勝に引きずられるようにしてコロシアムの中央へと引っ立てられていく。
「お待ちなさい!」
しん、と静まりかえった中、美和子の声がその場を切り裂いた。
ぎくり、と勝が立ち止まる。
「いま、なんつった?」
つぶやく。
美和子はじっと勝を見つめた。
「そのかたは嫌がっています。これは弱いものいじめではないですか?」
勝の顔が真赤に染まった。痛いところをつかれた、といった表情だ。
「お、おれが、おれが弱いものいじめ……だとう?」
男は一縷の望みをいだき、美和子を見つめた。
「それじゃなにか? おめぇが、こいつの替わりにおれと勝負する、ってのか?」
美和子はうなずいた。
「あなたが望むなら、そういたしましょう」
勝の顔が喜色にそまった。
「そうこなくちゃな! おい!」
と、ケン太のほうを見上げ叫んだ。
「文句ねえな? いまここで、おれがこの女と勝負しても」
ケン太はコロシアムを見おろし、うなずいた。
「いいだろう、変則ではあるが、認めよう」
勝は男の襟首を掴んだ手を離し、拳を手の平に打ち付けた。男はこれ幸いと、よたよたとした足取りで逃げ出していく。
勝はもう男のことなど忘れたように背を伸ばすと、ぼきぼきと指の関節をならし、ごきごきと音を立て首をまわす。勝負の予感に張り切っている。
「こい! 美和子! おめぇと勝負だ!」
美和子はうなずき、勝とともにコロシアムの中央へと進んだ。