コロシアム
ぞろぞろと各宿泊所からトーナメントの参加者が姿を現して、島の北端を目指す。
全員の胸にはバッジが輝いている。銅色、銀色、そして金色のバッジ。
みな、この島での戦いに勝ち抜いてきたつわものだ。
男ばかりではなく、女もいる。北端を目指す彼らは、ちらちらとおたがいの胸に輝くバッジの数を確かめ、どいつがもっとも多く獲得しているか勘定していた。
その中で、美和子と勝のバッジの数は圧倒的だった。
昨日、風祭俊平のバッジを奪った勝は、美和子の数をうわまっていた。
勝の隣には茜が元気良く足を運んでいる。
彼女は美和子と太郎に気付いた。
手を振り、太郎の側に近づいた。
太郎はちらりと勝を見た。
あれほどの傷が、いまはすっかり癒え、傷跡はもう薄皮がはっている。
「お兄さん、元気になったんだね」
茜はうなずいた。
「そうなの。兄貴ったら、あんなに酷い目にあったのに、今朝になったらぴんしゃんしてんだから! ありゃ、処置なしよ。殺されたって、死ぬような人間じゃないわ。このトーナメントが終わらないと、家に帰るつもりにはならないわね」
太郎は苦笑した。
一緒に歩いていた美和子は、太郎の顔を覗きこんだ。
「太郎さんの笑うところ、初めて見ましたわ」
彼女の言葉に太郎は耳まで真っ赤になった。
茜もくすくす笑う。
「そうよねえ〜、太郎さんって、いっつもしんねりむっつりで、笑う顔想像できないもん! でも、それなりに可愛いわ!」
勝が唸り声をあげた。
「おい、お前らうるせえぞ! もっと真面目にやれ!」
茜は肩をすくめ、舌をぺろりと出した。
目の前にまるい建物が見えてくる。
まるでローマのコロシアムをそのまま移築したような外観。古びて風化したところまでそっくりに作られている。全員、その中へと歩を進めた。
円形のコロシアムの一角にはステージが組まれていた。ステージには大理石で出来た豪華な玉座が置かれている。
と、ステージに飛行船が近づいてきた。
ばらばらとコンツェルンの制服を身にまとった作業員が飛び出し、飛行船の着陸準備をはじめた。飛行船からロープが投げ落とされ、作業員はわれがちに飛びつき、ロープの先を繋留塔のウインチに接続した。ウインチがロープを巻き取り、飛行船は繋留塔に繋がれ、地面へしずしずと降下していく。
地面に近づくと、飛行船の下部から斜路が伸びて接地した。その斜路から人影が地面に降り立った。
高倉ケン太であった。
ずかずかと玉座に歩いていくと、どっかりと腰をおろす。
いつもの真っ赤なガクランに、今日は真っ黒な艶のあるマントをまとわせている。彼の周りにはまるで王を取り巻く臣下のように、何人もの高倉コンツェルン警備隊の制服を身につけた護衛がずらりと居並んでいた。
飛行船の斜路からは最後にひょろりとした痩身の男が姿をあらわした。
木戸であった。
かれは無言で歩いてくると、当然のようにケン太の背後に立った。背中に腕を組み、無表情にコロシアムを眺めている。
トーナメントの参加者が入ってくると、ケン太は立ち上がった。
コロシアムを吹き渡る風に、かれのマントがはたはたとひらめく。その様子は、まるでローマ皇帝の姿を再現したかのようだった。
見上げた太郎の目が見開かれる。
ケン太の背後に、洋子がいた。
メイド姿で、玉座のすぐそばにひっそりと控えている。
太郎は眉をひそめた。
洋子のやつ、あんなところでなにをしているんだろう……。
それに彼女の様子にも気になった。いつもの洋子ではない……なんだか、表情がうつろで、心ここにあらずといった感じである。
洋子の背後には、杏奈がいる。いつものボディ・ガードを従え、燃えるような目でコロシアム全体を見おろしていた。
と、杏奈の視線が美和子に止まった。
はっ、と彼女がちいさく喘いだようだった。
その途端、さっと身を翻しステージからコロシアム内部へ通じる階段へ姿を消す。杏奈の行動と共にボディ・ガード、そして洋子までもが姿を消していく。彼女たちの行動に、太郎はますます首をかしげた。
きらり、とコロシアムの観客席でなにかが日差しを反射している。
見るといくつものテレビ・カメラが会場全体を撮影しているところだった。どうやら高倉コンツェルンは、トーナメント最終日の決戦をテレビで公開するつもりらしい。さらに観客席の一角に記者席が用意され、ワイシャツの腕をまくりあげた新聞記者たちが、必死になって原稿用紙に記事を書いていた。今回のトーナメントは全国レベルの話題になっているのだ。
その時、ステージに着地していた飛行船がゆったりと飛び上がり、その鼻先をまわし始めた。全員が見守る中、飛行船のテレビ・スクリーンのある面がコロシアムに向けられ、画面が明るくなる。