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茜《あかね》

「あたし、勝又茜あかねっていいます。助けていただき、有難うございました」

 そう言って茜と自己紹介した少女はぺこりと頭を下げた。

「よろしく茜さん。あたくしは真行寺美和子と申します」

「ぼくは只野太郎です。よろしく」


 茜が襲われた場所から少しはなれたところで、三人は自己紹介しあった。太郎に倒された男たちはすぐ気がつき、無言でおたがいうなずきあうと黙ったまま三人の前から姿を消した。


 茜はぴしゃりと自分の額を叩いて叫んだ。

「いっけなあーい! こんな挨拶するなんて、一生の不覚だわ!」

 そう言うと、彼女は美和子の前に出て、いきなり姿勢を変えた。


 下腹に力をいれ、スカートから出ている足をがばっ、と大股に開き腰を落とし、左手を背中に、右手を前へ突き出す。右手の手の平は上を向きぐっと美和子を見上げる姿勢をとる。


「お控えなせえ!」


 叫ぶ。

 その声に、美和子と太郎は顔を見合わせた。

「な、なにかしら、太郎さん」

 さあ、と太郎も首をひねった。

 なにかの挨拶らしいが、このような挨拶は執事学校では教えられていない。

「お控えなせえ!」

 茜は再度叫んだ。

 叫びつつ、彼女はぐっと上目遣いになって美和子を見つめている。いや、睨んでいるといった按配である。


 ひそひそと太郎は美和子にささやいた。

「とりあえず、彼女と同じ姿勢をとられてはいかがでしょうか?」

「そうね……」

 疑わしそうな視線で、美和子は茜を見た。

 ぎこちない動きで腰を落とし、茜の真似をして手を突き出す。

「こうかしら?」

「さっそくのお控え、有難うござんす!」

 茜は声をはげました。


「わたくし姓は勝又、名は茜。上州勝又村に生を受け、十五の春まで地元の高校に通い、わけあって中退、いまはこの番長島にてゆえあって姐さんにお世話となりかたじけない次第にございます。わたくし育ちましたところの上州名物はからっ風にかかあ天下、利根川にて産湯ゆぶゆをつかり、気風きっぷと度胸は三国一の土地柄。一宿一飯の恩に、不肖この勝又茜、どのような恩返しもいたしますので、姐さんにはお引き立てよろしく願います!」


 まさに”立て板に水”といった調子で、美和子はぽかんと口をあけているだけだ。

 茜が腰を上げたのを確認して、美和子もまっすぐの姿勢に戻った。


「あの……、これでよろしいのかしら?」

「はい! ちゃんと仁義を切れるかどうか、心配だったけど美和子の姐さんに受けてもらえて、嬉しかったです! これであたし、姐さんの妹分ってことになりましたので、よろしく!」

「妹分?」

「そうです! 美和子姐さんと、そこの太郎さんに助けられたんです。あたし、おふたりの妹分になって、なんでもいたします! どうぞ、よろしく!」

 そう言ってぺこりと頭を下げた。

 美和子と太郎は顔を見合わせた。



 

 とにかく話を聞こうと、美和子が提案し、三人はちかくの食堂へと移動した。

 食堂は二十四時間、いつでも開いている。

 朝が早いため、食堂にはあまり人がいない。

 トーナメントの参加者がここに顔を出すのは、昼近くになってからだ。不良と呼ばれるかれらは、朝が弱いのである。むしろ美和子のように朝早くから活動しているほうが異例である。

「なにか頂きましょうよ」

 美和子の言葉に、茜のお腹から「キュウーッ」と、空腹を訴える音がした。


 茜は顔をあからめた。

「ごめんなさい、昨夜からずっと食事抜きだったもんで……」

 くすり、と美和子は暖かな笑みを浮かべた。

「いいのよ。一緒にお食事しましょう」

 美和子が椅子に腰かけると、太郎はかすかに頭を下げ、トレーを持ってバイキング式の食事コーナーに向かった。

 いつもの習慣で、手は料理をトレーに持っているが、目はすばやく食堂を見渡している。その太郎の視線が、食堂の一角にとまった。


 ひとりの女性参加者がトレーに食事を盛っているところだ。

 あの、島に上陸する前に船で出会った、中国服の女である。あいかわらず表情は覆面におおわれ、わからない。彼女はトレーに食事を用意すると、そのまま階段をのぼって上階へ上がっていった。おそらく部屋の中で食べるためだろう。ちら、と彼女は階段に上がる直前、太郎を見た。

 にっ、と彼女の瞳が笑いに細くなる。

 そのまま彼女は階段をのぼっていき、姿が見えなくなった。

 太郎はトレーに食事を用意した。



 

 太郎はふたりぶんのトレーを手に持って戻って、美和子と茜の前に並べる。

「今日の朝食はベーコンとサニー・サイド・エッグになります。つけあわせにマッシュ・ポテトとサラダをご用意いたしました。あとで果物をお持ちいたしますので」

 太郎の言葉に茜は顔を上げた。

「どうしてふたりぶんなの? あんたは食べないの?」

「わたくしはあとで頂きます」

 茜は口を尖らせた。

「どうしてよ、一緒に食べたほうがおいしいよ」

「そう言うわけにはまいりません。わたくしは執事でございますので」

 はあ? といった表情になった茜に、美和子は説明した。

「只野太郎さんは、わたしの正式な召し使いなんです。ですから一緒の席で食事することはないのよ」


 召し使い〜、と茜は素っ頓狂な大声をあげた。じろじろと太郎を見る。

「はあー、驚いた。そんなものが居るなんて、信じられないわ。召し使いねえ……」

 ふーん、と彼女は顎に手をやり、考え込んだ。

「あんたお嬢さまなんだ」

 美和子を見てそう言う。

「はい、そうです。美和子さまは真行寺家のあととりでございます」

 太郎が茜の言葉を引き取った。


 腕に白いナプキンを乗せ、太郎は美和子の側で給仕を開始する。上品にナイフとフォークを使い、食事をする美和子をちらちら眺めながら、茜は手づかみでパンをちぎり、盛大に音を立て食事を続ける。


 そんな茜にも太郎は手際よく前菜、スープ、食後のデザート、さらにはコーヒーなどを給仕していった。


 満腹になった茜は首をふりながらつぶやいた。

「本当にあんた、召し使いなんだねえ。堂に入っているわ!」

 お褒めを頂き、ありがとうございますと太郎は受け答えをした。

 美和子はまっすぐ茜を見て口を開いた。

「あなたのお話をうかがいたいわ。どうしてあんな朝はやくから、あんなことになったのか」


 茜はうなずいた。

「あたし、この島にお兄ちゃんを探しに来たのよ!」

「お兄さまを?」

「うん、勝又勝まさるっていうんだ。名前、聞いたことない?」

 茜の言葉に美和子と太郎は顔を見合わせた。太郎はひかえめに言葉をかけた。

「その方のことなら、心当たりがございます。確か、美和子さまがこの島に上陸したとき、最初にお手合わせをなさった方かと存じますが」

 美和子も同意した。

「ええ、憶えているわ。とても背の高い方で、顔にたくさん傷跡がございましたわ」

 それよ! そいつがあたしの兄ちゃんよと茜は勢い込んだ。

「どこにいるか知ってる? ね、そのあとお兄ちゃんを見かけた?」

 たたみかける茜に、美和子は首をふった。

「判らないわ。なにしろ最初の日に出会ったばかりだし、あのあとあたしたち、島のあちこちに出かけたから」


 そう……、と茜はあきらかにがっかりした表情になった。そんな彼女に美和子は声をかけた。

「どうしてお兄さんをお探しになっているの?」

「お兄ちゃん、家出したんだ。お父ちゃんと喧嘩して……全国一のバンチョウになるって言い残して家を飛び出して……。あたし、お兄ちゃんに家に帰ってもらいたくて、このトーナメントのこと知って参加したんだ。お兄ちゃんのことだから、絶対参加していると思ってね。お父ちゃん、口には言わないけどおにいちゃんのこと心配している。だから探しに来たの」

 そうなの……と、美和子はつぶやいた。茜は続けた。


「だからあたし、この島で戦うつもりなかった。へたに戦って、負けたらいられなくなるもんね。夜になって戦う時間が終わるのを待って、島のいろんなとこにある食堂や宿泊所を探したんだ。そんなこと続けていたら、あいつらがあたしを尾けてきたのよ。最初はなにをするでもなし、ただあとを尾行するだけだったけど、どういうわけか今朝にかぎってあんなことになって……美和子さんたちが来てくれなかったらどうなっていたか」

 そう言うと茜はいまさらながらに怖くなってきたのか、ぶるっと震えて腕でじぶんの胸を抱きしめた。


 今朝に限って……。

 太郎はひそかに茜の言葉を聞きとがめた。

 まるで太郎と美和子を待っていたかのような言葉だ。

 美和子はそっと手を伸ばし、茜の手をとった。茜は顔を上げた。

「茜さん。あたし、あなたのお兄さん探しのお手伝いをさせてもらうわ。この番長島はひろいけど、お兄さん喧嘩にお強いから、きっと最終日には残っている可能性があるわよ。それまであたしたちと一緒に行動いたしませんこと?」


 茜は目を丸くした。

「本当? あたし、美和子さんと一緒にいていいの?」

「当たり前よ。それにわたしたち、良いお友達になれそうね。ね、茜さん。わたくしのお友達になってくれませんこと?」

 茜は真っ赤になってうなずいた。



 

「美和子姐さん、どうしてスケバンっぽい格好にしないの? そりゃお嬢さまだってことは知っているけど、いつまでそんな服装だと相手に舐められるよ!」

 食堂で、デザートをつつきながらふいに茜は話しかけた。

 美和子は首をかしげた。

「スケバンっぽい……どういう意味?」

 茜は首をふった。

「あきれた……本当に知らないのねえ。こりゃ、無理ないわ……。美和子さんのセーラー服、ノーマルでちゃんと似合っているけど、もうちょっとまともな格好にしないと。ね、立ってみて!」


 茜に言われ、おずおずと美和子は立ち上がった。すると茜はいきなり美和子のスカートを短くたくしあげる。形の良い膝があらわになって、美和子は真っ赤になった。

「ちょ、ちょっと茜さんっ?」


 いいから、いいからと茜は言いながらこんどは美和子の胸元をぐいと広げた。胸の谷間がのぞく。

「このくらいしないと、相手から舐められるよ! 姐さん、舐められるの平気?」

「そりゃ、まあ……でも、どうしてわたくしを舐めたがるのかしら。わたしの顔を舐めておいしいのかしら?」

 ぷっ、と茜はふきだした。

「そう言う意味じゃないって。つまり……ええと、軽く見られるってこと! 勝負は最初の印象が大事なんだ。そのためにガンを飛ばすことも必要だしね」

「ガンを飛ばす? 拳銃をどうするの?」

 茜はいらいらして足を踏み鳴らした。

「違うって! がんだって! いい? こうすんの!」

 彼女はぐっと顎をひき、上目がちになって視線にちからをこめた。

「ね、こうして相手を睨めば、勝負の前にこっちは強いんだってことが判るでしょ? さあ、やってみて!」

 美和子は必死に真似をした。それを見て茜は頭をかかえた。

「違う、違う! それじゃより目になっちゃう……。それに顎を引きすぎだよ。こう、目に力を込めるんだ!」


 美和子はため息をついた。

「難しいのね……」

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