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挑発

「わたくしとバッジを賭け、戦いませんこと?」

 美和子に話しかけられた参加者は驚きに目を白黒させた。


 膝まで達するコートのような学生服に、やけに太いズボン。学生服のボタンはすべて外され、逞しい胸があらわになっている。学生服の胸にはこれまで戦ってきた勝利のあかしである幾つものバッジが、燦然と輝いていた。


「ぬぁにぃ……?」


 奇妙な抑揚をつけて男は美和子をねめまわした。

 むさくるしい口髭をわざとたくわえたかれは、その目に可笑しそうなきらめきをたたえ、美和子の全身をじろじろとながめた。


 ほっそりとした肢体の美和子は、とてもここ番長島トーナメントに参加するタイプには見えない。

 たしかにトーナメントには女の参加者も幾人か来ているが、みなどくどくしい化粧をほどこし、体力のハンデをカバーするため武器を携えているのが普通だ。

 しかし目の前の美和子の制服はまったくノーマルなままで、武器も持っていない。化粧気のない素顔はすずしげで、ポニー・テールにした後ろ髪を束ねた真っ赤なリボンだけが唯ひとつのアクセサリーである。


 彼女の背後には太郎が目立たない形でひかえている。


 男は太郎にむけて顎をしゃくった。

「そいつは、なんでえ?」

 美和子はうっすらと笑った。

 笑うとまっしろな、真珠のような形の良い歯並びがあらわになった。

「わたくしの執事ですわ。身の回りの世話をしているだけで、戦いには加わりません」

 ふうん、と男は眉をよせた。


 実は美和子のことは耳にしていた。

 やけに強い女の参加者がいる、ということは島中で噂になっている。

 女の参加者はたいてい、グループを組んで島を動き回っている。そして弱そうな相手を見つけると、集団で襲い掛かり、バッジを奪うのだ。戦いのルールは事実上、ほとんどなく、一対一だろうが、多数で戦おうがまったく制限はされていない。


 その中で美和子はたったひとりで戦い抜き、多数のバッジを手に入れていた。

 だから彼女がどんな女なのか男には興味があったのだが、まさか目の前のお嬢さま然としたほっそりとした彼女がそれとは思わなかったのである。

 それよりも彼女の胸に輝いている金のバッジが男の目を奪っていた。


 金のバッジ……つまり百枚分である。


 あいつを手に入れることが出来れば、おれは島でもっとも多くの敵を倒した男ということになる。


 欲望がかれのもともと無に等しい思慮を吹き飛ばしていた。

 やったろうじゃねえか……。

 男は決意していた。


 にやりと唇をゆがませ、笑いを見せる。

 背をそびやかせ、男は戦いの構えを取った。


 顎をしゃくり声をかける。

「来な! 叩きのめしてやる!」

「では……まいります!」

 美和子は上品に一礼した。

 その態度に男は戸惑った。


 するすると美和子は男に迫ってくる。両手をだらりと下げ、歩調はまるで普通である。まったく戦意というのを感じない。


 あっ、と思ったときはもう遅かった。


 美和子の長い足が旋回し、かれの足首を襲っていた。

 がく! と、男は膝をおった。

 うっ、とかれが顔をあげた瞬間、美和子の膝が顎を襲ってきた。

 彼女の膝が顎をとらえ、かれの目の前に火花がちった。視界が空になり、上半身が完全にあおむく。見上げた空に、美和子の顔がのぞく。


 畜生っ!


 かれは大急ぎで立ち上がった。

 焦りが行動を短兵急なものにしている。

 しゃにむに突っ込むかれを、美和子はひらりとかわし、伸ばした腕を掴んだ。

 何が起きたのか、気がつくとかれは地面に仰向けに倒れている。

 はっ、と起き上がるが、そこには誰もいない。あわてて制服をさぐると、案の定バッジは一枚残らず奪われたあとだった。


 虚脱感がただ支配する。

 負けた……。


 ちからなくつぶやいた。

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