交換所
ざらざらとぶちまけられたバッジに、交換所の係員は目を丸くした。見上げると、ぼろぼろの学生服を身につけた大男がうっそりと立って係員を見おろしている。
鋭い眼光、顔には無数の傷跡があり、足元は重そうな下駄を履いている。大男の鋭い眼光に、係員は震え上がってしまった。
「数えてみろ。百枚はあるはずだ」
大男の命令に、係員はものもいわず目の前に積み上げられたバッジの山に手を伸ばした。
ひとつ……ふたつ……と丁寧に数え、十枚ごとに山を作る。
山は九つ、そしてバラが六つ……。
「九十六枚になりますな」
係員の答えに、大男はちら、と不機嫌な表情になった。百枚あると思ったのが、すこしかけたのであてがはずれたのだろう。
係員は九枚の銀のバッジを揃えると大男に手渡しながら口を開いた。
「それにしてもずいぶん、集めましたなあ! たった三日間で、こんなに集めるとはたいしたものです」
大男は係員の称賛にうるさそうに手を振った。胸に渡された銀と銅のバッジをとめて、交換所を出ようとする。
と、かれの足もとがとまった。
交換所の入り口に掲げられている名簿に目がとまる。
名簿の一番上には「真行寺美和子」とあり、その下に「風祭俊介」とあった。
「こいつはなんでえ?」
係員はカウンターから身を乗り出すようにして答えた。
「あ、それですか? この島の交換所で交換に来た参加者の獲得した枚数を表示したもので、昨日までの上位十名です。あなたが今日持ってこられた九十六枚は、いまのところ二位ですな。よろしければお名前をうかがわせていただけませんでしょうか。ほかの交換所に連絡しますので」
大男はそれにはこたえず、ひくく唸った。
掲示板の一位の名前を睨みつけている。
「この名前……」
係員はにやにや笑った。
「ああ、その一位の名前ですな。真行寺美和子とか言う女性参加者だそうで、いやたいしたものです。なんでも最初に島に上陸した早々、勝又勝とかいう腕自慢の男をあっというまに叩きのめしたという噂ですな。二位の風祭俊介というのも結構腕自慢らしいです。昨日、この交換所に来ましたが、すごい大男で……そうですなあ、あなたより頭ひとつは背が高そうでしたなあ」
大男の顔色が見る見る変わっていく。係員はそんなかれの様子に気づくこともなく、会話を続けていく。
「しかしその勝又勝とかいう男、本当に腕自慢だったのですかねえ。女にいきなり殴りかかって、あっという間に返り討ちにあうとは、油断していたんですかなあ……」
そこで係員ははじめて男のものすごい視線に気付いた。大男の両目からは、炎が吹き上がっているかのような凝視が係員にむけて突き刺さる。
係員の口がぱくぱくと開く。
「あっ、もしかしてその勝又勝……?」
「うるせえっ!」
勝は怒号した。
どた、と係員は尻餅をつき、カウンターの背後にひっくりかえった。
ぱり、ぱりん……と、交換所の窓のガラスが、勝の大声で割れるか、ひびが入ったりした。
がらがらと下駄の足音を響かせ、勝は交換所を出て行く。
外に出た勝はつぶやく。
「二位だと? 馬鹿にしやがって!」
ふん、と肩をゆすり歩き出す。
今日も番長島は晴れ上がり、ビルの白い壁面は太陽のひかりをまぶしく反射している。
時刻は昼近く。
あたりはしん、と静まり返り、人影ひとつ見当たらない。
たった三日で、参加者は半数に減っていた。
残っているのは本当の腕自慢と、とにかく一日でも多く残っていたいとばかりに、こそこそと隠れている卑怯者ばかりである。
その人影のない通りを、がらがらと勝の下駄の音が響いていく。
かれは不機嫌であった。
くそっ! くそっ!
何度もつぶやき、足元の小石を蹴った。
まったく面白くない。
近ごろは勝の姿を見ただけで参加者たちはこそこそとあたりに隠れ、かれの拳はむなしく宙を打つだけになっていた。
と、勝の耳がなにかをとらえた。
わあっ……という大勢の声がどこからか聞こえてくる。
その方向へ足を向けると、そこは島のあちこちに設けられている食堂であった。
ここは参加者たちに無料で食事をふるまう休憩所である。この内部では、宿泊所同様、戦いは禁止されている。いわば安全地帯となっているのだ。食堂ではバイキング式で、いろいろな料理が並べられている。ひとりひとり注文をとると、おれの注文が遅い! などのクレームで暴れる人間がいることを考慮してのことだった。
腕に自信のないものは、たいていの時間ここにたむろしている。ここに住み着き、トーナメントの最終日まで粘るつもりなのだ。
最終日になれば強制的に退去され、最終決戦地に向かわなければならないが、おれは最終日まで残ったぜと自慢することは出来る。
卑怯者の隠れ家である。
ぬっ、と勝が食堂に姿を現すと、そこにいた数人の男たちが気配を感じてふり向いた。
さっとかれらは勝の視線をさけ、顔をそらす。
勝は食堂で、かれらが見ていた視線の先を追った。
テレビがある。
そこでは島に上陸した初日、トーナメントの規則を解説していたトミー滝というタレントがあいかわらずの派手な格好で、なにか喋っていた。
「視聴者のみなみなさまがた、トーナメントも三日目になりましたでげすよ! 参加者もしぼられ、ますます目が離せない状況になってきましたですねえ!」
画面のトミー滝はにたにたと歯をむき出したような笑いを見せた。下品で、視聴者を心底から馬鹿にしきったような表情がかれの十八番だ。
「四隻の船で番長島へやってきた参加者のみなさまがた、おたがいのバッジを賭けての戦いは見ごたえございましたねえ……今日はアンコールにお応えしまして、視聴者のみなさまがたのリクエストが多かった戦いをお見せいたしますですよ。まずは最初に……! この戦い!」
画面が切り替わり、埠頭の場面が映し出される。上陸した参加者たちがおたがい盗み見合い、一触即発の雰囲気がただよっている。
そこへ勝又勝が登場する。真行寺美和子と何か言い合い、勝はいきなり殴りかかった。
美和子は優雅な身の動きでそれをかわすと、あざやかな技で勝を一回転させてしまう。勝は目をまわし、気絶する。
その一部始終が、カメラの前にあらわになっていた。
勝にとってははじめて見る映像だった。
ぼうぜんとなっている勝を、まわりの男たちはこわごわ見上げている。
ふたたびトミー滝があらわれ、くすくすと笑った。
「みなさん、見ましたか? みっともないですねえ……相手が女の子だと油断したんでげしょうが、この勝又勝という参加者。島に上陸して早々にあっという間に倒されたなんて恥ずかしくていまごろ、本土に逃げ帰っているんじゃないですかねえ? とにかくこの女の子──真行寺美和子とおっしゃるそうで──大注目でげすな」
勝の顔は真っ赤に染まっていた。
いまにも爆発しそうなかれの様子に、まわりの人間はそろそろと足音をしのばせ、食堂の上の階へと避難しはじめる。
ぐわしゃーん! と、あたりに響くような大音響とともに、食堂の窓ガラスを突き破りテレビが外の地面にたたきつけられた。
どすん、とテレビはおおきく地面にとびはね、ごろりと横倒しになる。
画面は完全に破壊され、ちりちりと回路がショートしていた。
がらがらと下駄の音を響かせ、勝が出口から飛び出してくる。
かれの両目は怒りにまん丸に見開かれ、唇は震えていた。
「畜生っ!」
全身をこめ、勝は怒号した。
「畜生っ! 誰か出てきて、勝負しやがれっ!」
勝は喧嘩を欲していた。しかしかれの叫びはあたりの壁にむなしくこだまするだけだった。