トミー滝
島が近づき、波止場が見える。もともと小さな船が利用する小規模な波止場があったのだが、高倉コンツェルンはこの島に大規模なものを構築していた。しかしすべての船がひとつの桟橋につけられないようだ。もともと島の規模がちいさいからである。四隻の船は、島の東西南北にわかれて接舷を開始した。
客船が横付けすると、すぐさま階段がおろされ、乗客が上陸を開始する。
波止場はすぐに降りてきた乗客によって立錐の余地もないほどに混み合った。
と、波止場に隣接していた建物から数十人の高倉家のお仕着せを身につけた召し使いたちがやってきて、その人ごみに入り込み、なにかを渡し始めた。
それを受け取り、太郎は見つめた。
渡されたのはバッジである。デザインは高倉コンツェルンの紋章が浮き彫りになり、銅でできている。裏に安全ピンがあり、服につけられるようになっている。召し使いたちはそれを身につけているよう、説明した。
周囲の出場者は素直にしたがい、おのれの服にとりつけはじめる。しばらくその作業で手許に集中していたため、それが近づいてくるのをだれも見ていない。
ふいに頭上に影が差し、みな空を見上げた。
ぐおおん……。
低い唸りを上げ、四基のエンジンがプロペラを回転させている。
上空を、ゆったりとその葉巻型の銀色の物体が漂ってくる。
飛行船だった。
横腹に「TAKAKURA」と描かれた、高倉コンツェルン専用の宣伝飛行船である。
と、いきなり周囲に音楽が鳴り響いた。
ショーの開始を報せる、陽気で豪華なビッグ・バンドの演奏である。
トランペットが金属的な響きをあたりにまきちらし、ドラムが思わず手足が動き出しそうなリズムをきざむ。飛行船がゆっくりと横を向くと、その横腹に巨大なテレビ・スクリーンが用意されていた。スクリーンの中には、どこかの会場らしき様子が映し出されている。演壇があり、数本のマイクが立てられていた。
そこへ軽快な足取りと共に、ひとりの人物が音楽のリズムに乗りながら姿を現した。
「グッド・イブニーング! 兄ちゃん、姉ちゃん、ミーちゃん、ハーちゃん、老いも若きも……と、老いはいなかったね。みんな、みんなお若い人ばっかり! それとも何かな、年ごまかしてるなんてアリ?」
派手な格好をしている。
まっ黄色のスーツに、真っ赤なパンツ。真っ青なシャツと、まるで交通信号のような色合いの衣装に、さらにピンクとミント・グリーンの水玉模様のばかでかい蝶ネクタイといういでたちの人物である。
頭は真ん中からぺたりとポマードでかため、両端がとがった三角形のレンズの眼鏡をかけている。
上唇にはまるで描いたようなコールマン髭をたくわえ、終始にやにや笑いを浮かべていた。
悪趣味の国から悪趣味をひろめにきたようなその格好の人物は、マイクに口を寄せ前屈みの姿勢になり、早口で喋り始めた。
「ようこそ番長島へ! トーナメントの開催でござんすよ。あたし、このトーナメントの司会を勤めさせていただきます、トミー滝と申します。あしからず、おこんにちわでございますです」
いひひひ……と、トミー滝は下品な笑い声をあげた。
ざわざわ……と出場者たちがざわついた。
「司会ってなんでえ?」
ひとりが声をあげた。
その声が聞こえたように、トミー滝は驚いたような表情になった。聞こえたわけはなく、おそらくアドリブであろうが、まるでそう思えるほど絶妙のタイミングだった。
「あんら、ご存知ない? よろしいざんすか、みなさん。このトーナメントの様子は、全国ネットでテレビ中継されているんでござんすよ! この番長島のあちこちにはテレビカメラが仕掛けてあって、島中でおきているあらゆることをモニターしているんで、ありんすよ! ですから、みなさんがこの島で戦った場面は、すぐさま全国の視聴者のみなみなさまが、見ることになるって寸法……。よかったざんすねえ、あんたら今日からテレビ・スターになるかもしれませんですよう!」
その場にいた全員が顔を見合わせた。なかにはテレビカメラを意識してか、髪の毛をとかしはじめた奴もいる。
太郎はすばやくその場を見回した。
と、その気になって注意すると、島の廃墟となったビルのあちこちに、ちいさなカメラが取り付けられているのを認めた。おそらく、あれがテレビ・カメラなのだ。
ポケットからトミー滝はバッジを取り出した。島に到着してすぐ、全員に渡されたものと同じである。カメラがズームして、それを大写しにした。
「みなさーん、注目ですよう! これ、ご存知ですね。あんたらが、渡されたバッジ、こいつは常に身につけてくださいよ。なんでかって、つまりこいつはあんたらの身分証明ってやつで、この島にいるあいだ、いろいろなサービスを受けるための目印になるんでござんす。この島にはみなさんのためのホテル、レストランなどがいくつも用意されておりますです。このバッジをつけていれば、それが利用できるってこと。おわかりかな?」
全員が服につけたバッジを確認している。トミーはそれが見えるかのように画面の中でにやにや笑いを浮かべながらうなずいている。
「よろしゅうござんすね。それと、トーナメントを勝ち抜くためバッジは必要です。相手をやっつけた場合、そのバッジが勝利の証しってわけです。相手を倒したら、相手のバッジは倒した者の手に入るってことです。しかし十人、百人倒して、それだけの枚数を用意するのは大変でござんしょう? そこで、島のいくつかに両替所を用意しました。銅のバッジ十枚で銀の、銀のバッジ十枚で金のバッジに交換できます。ただし、銀のバッジを銅に変えることはできません。銀のバッジ一枚で十人、金のバッジ一枚で百人の相手を倒したと見なします。最終的に一番多くのバッジを手にした者が優勝賞金をいただけるってわけ! さっきも言ったように、ホテルやレストランはバッジがなければ利用できません。バッジを奪われた人は、見つけしだい、大京市へ送還されます。つまりトーナメント参加資格でもある。トーナメントは午前八時から午後六時まで行われます。その時刻以外でバッジを持たない人間は島にいられません。またその時刻以外で戦うことは禁じられます」
これだけのこと一気にまくしたてると、トミー滝は全員を見渡した。みな、あっけにとられてトミーの長広舌を聞いている。
「みなさん、お判りになりましたですね? それでは暫時、しばらく、リトル・タイムお別れでござんす」
ふたたび音楽が鳴り響く。
手足を舞わすように、リズムにのりながら、踊るようにトミー滝は退場した。スクリーンは暗くなる。