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コンツェルン

「トーナメント? お嬢さまがそれに出るって?」

 幸司のつぶやきに、コック長は長い顔をふってうなずいた。

 真行寺家の厨房である。幸司の説得に、召し使いたち一同はふたたび仕事に立ち戻り、コック長以下、調理人たちもいつもの料理の下ごしらえにかかっている。

「そのトーナメントって、どんなやつだい?」

「お前、知らないのか。高倉コンツェルンが大々的に宣伝しているだろう? 優勝すれば、ものすごい大金をせしめることが出来るって……全国から、腕自慢が集まっているそうだぜ!」

「そんなのにお嬢さまが出るのか。つまり、その金で……?」

「そうさ、真行寺再興のためには、大金が必要だ。お嬢さまはそれに出場して、優勝するおつもりらしい」

 ふうん、とため息をついた幸司に向け、コック長はぐすんと鼻をこすり、目頭をおさえた。

「なんと御いたわしいことだ……世が世なら、お嬢さまはそんなお金の心配などすることなく、ご勉学に励む年頃なのに……」

 コック長の嘆きはつぶやきとなり、愚痴になった。


 幸司はそんなコック長の愚痴を、まるで聞いてはいなかった。

 かれの頭にある考えが渦巻いていたのである。

 自分は腕っぷしなどまるでないし、喧嘩なんかしたこともない。だからお嬢さまの加勢をするなんて無理な話しだ。だけど、自分らしいやり方で、お嬢さまをお助けすることは出来るんじゃないか?


 そうだ、これなら……。

 幸司はコック長に向き直った。

「ね、そのトーナメント、高倉コンツェルンが主催するっていうことだよね?」

 ああ、そうだとうなずいたコック長を尻目に、幸司は飛び出した。

 おい、幸司と呼びかけるコック長の言葉を背中に聞き、屋敷を出て行く。


 

 屋敷を出て、幸司は高倉コンツェルン本社を目指した。

 高倉コンツェルンの本社は、高倉ケン太自身の屋敷が兼ねている。高倉ケン太の屋敷は、真行寺家の屋敷からずっと離れたところにあり、バスと電車を乗り継ぎ、到着したときはすでに午後の遅い時刻となっていた。

 高倉家の正門に立ち、幸司はさてと腕を組んだ。勢いに任せやってきたのはいいが、これからどうすればいいか、まるっきり考えがない。

 頑丈な鉄門の隙間から屋敷を覗くと、数人の召し使いだろうか、屋敷をゆっくりと歩いている。しかしただ歩いているわけではなく、警備をしているようだ。思ったより、高倉家は警戒厳重のようである。

 ちちちち……とかすかな音に幸司は正門の上に目をやった。ちいさなカメラが遠隔操作で動いている。

 駄目でもともとと、幸司はそのカメラに手をふった。

「おおーい! ちょっと! 家の人、だれかいませんかあ!」

 大声を上げる。

 きっ、と屋敷内の警備をしている召し使いたちが正門で騒いでいる幸司に目を留めた。

 だだだ……と駆け足でやってくると、鉄門の向こうから声をかけた。

「おいっ、なにを騒いでいる!」

 しめた、と幸司は鉄門に顔を押し付けた。

「ね、番長島ってところでトーナメントやるって、この高倉コンツェルンのことだよね! おれ、それで話しにきたんだ!」

 幸司の返事に、召し使いたちは妙な表情になって顔を見合わせた。ひとりが尊大にうなずき、返事する。

「そうだ、お前、トーナメントに出場するのか?」

 そう言ってにやにや笑いながら幸司のいでたちを眺める。屋敷から飛び出した、コックの制服のまま、ころころとよく肥った幸司の姿は、とても喧嘩が得意には見えない。

「違うよ! トーナメントには出場者のための料理が出されるんだろう? おれ、調理人として雇ってもらおうと思ってきたんだ」

 それで召し使いたちは納得したようだ。が、かれらは首を横にした。

「トーナメントの料理人はすでに決まっている。いまさら新しい料理人を雇うという余地はないよ。あきらめて帰んな!」

 召し使いの返事に、幸司はがっくりと肩を落とした。

 駄目か……美和子お嬢さまのために良い考えだと思ったのだが……。


 そこに「どうしたの?」と、女の声がした。

 召し使いたちはさっと背を伸ばした。


 やってきたのは、メイド服を身につけた女の子であった。血色のいい、ふくよかな頬に笑窪が浮かんでいる。

「はあ、この少年がトーナメントの料理人のひとりに加えてくれと申しておりますが」

 へえ、と彼女は明るい笑みを浮かべた。

 彼女のほほ笑みを見て、幸司はぼんやりとなっていた。年は幸司と同じくらい。彼女のほほ笑みは、幸司にとってまぶしいものにうつっていた。

「ね、あたしが話を聞くから、門を開けてもらえないかしら?」

 そうですか、と召し使いたちは内側から鉄門の開錠装置を操作した。

 鉄門はなめらかに開いた。

 いらっしゃいよ、と彼女は幸司を差し招いた。

「それじゃ、あたしが話を聞きます。いいわね?」

 彼女の言葉に召し使いたちはかるく頭を下げる。かれらの態度に、幸司はあっけにとられていた。


 屋敷を案内され歩き出した幸司は彼女に話しかけた。

「すげえなあ……召し使いたちあんたの言いつけに従うなんて。あんた、もしかしてこのお屋敷のお嬢さま?」

 幸司の言葉にぷっ、と彼女は吹き出した。

「そんなんじゃないわよ! あたし、高倉ケン太さま付きのメイドのひとりにすぎないわ。ただ、あたしがケン太さま専属だから、あの召し使いたちは敬意をはらっているの。あたしにじゃなくて、あくまでケン太さまに対してだけよ」

 なるほど、と幸司はうなずいた。彼女は幸司に向き直った。

「ところで、あたしは山田洋子って言うの。あなたは?」

 あっ、いけねえ……と幸司は頭をかいた。

「ごめん! 自己紹介がまだだった! おれ、田端幸司。こう見えてもコックなんだ」

 そんなの見れば判るわよ、と洋子は笑った。

 ころころとよく笑う洋子に、幸司は好感を持った。

「トーナメントの料理人って言ったわね。なんとかなるかも……」

 洋子の言葉に幸司は希望を持った。

「本当かい?」

 ええ、と彼女はウインクをした。

「あたしに任せて!」

 うん、と幸司はうなずいた。

 なせばなるもんだ、とかれは思った。

 そんな幸司の顔を、洋子はにこにこと見つめている。その視線に、幸司はわれ知らず顔が赤らむのを感じていた。

 こんなに長い間、女の子と話したことはなかったのだ。

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