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称号

 美和子の部屋に通されたケン太は、中を一目見てちっとちいさく舌打ちをした。

「なんてことだ……こんな無粋なまねをするとは信じられん!」

 あたりに氾濫している差し押さえの紙を見て表情をくもらせる。つかつかと美和子の側に近づくと、頭を下げた。

「お父さまのこと、今朝知りました。お悔やみを申し上げます」

 ありがとうございます、と美和子は丁寧に礼を言った。ケン太の後ろから、ひとりの少女があらわれた。高倉ケン太の妹、杏奈である。彼女は女学院で、美和子に対し激しい闘志をむき出しにしていたが、今日の彼女は大人しげで口数も少なかった。

 ケン太は腕を上げて、あたりを指し示した。

「こんな紙が貼られているとは、知りませんでした。すぐぼくが資金を出しますので、明日にでも外せると思いますよ。心配しないでください。真行寺家のことは知っています。高倉コンツェルンが援助をしますから、あなたはいつもどおりの生活を続けられます」

 そしてちらりと笑顔を見せた。

「それに結婚のことも。こういうことになったいまこそ、ふたりの結婚の話しも進めておくべきだと思うんです。ぼくはあなたが女学院を卒業するまで待つといいましたが、撤回します。いますぐ、結婚を申し込みます。それが亡き男爵の遺志だと思うんです」

 そう言うと美和子の顔を覗きこんだ。

「どうしたんです? 嬉しくはないんですか」

 ふっと美和子は首をふった。

「せっかくのお申し出ですが、お断りします」


 ぐい、とケン太の眉が持ち上がった。

 杏奈もまた、驚いたように美和子を見つめている。

 美和子はまっすぐケン太の顔を見つめ、口を開いた。

「それではわたしはあなたの持ち物のひとつになってしまいます。あなたのお金で生活し、結婚式をあげるなんて、わたしにはできませんわ」

「しかし真行寺家は破産したんですよ」

「わかっています。しかしわたしはなんとしても真行寺家を再興させるつもりです。それこそが、亡き父の想いだと思います」

「でも、どうやって……?」

 ケン太の問いに美和子は悩ましげな表情を見せた。

「判りません……判りませんが、でもあなたの援助によって生活するなど、耐えられませんわ」

 顔をそらせた美和子に、ケン太は一息ため息をついたが、すぐまた笑顔をのぼらせた。

「なるほど……お話しはよく判りました。やはりあなたはぼくの思っていた以上に誇り高い娘のようだ。いいでしょう、結婚の話はやめにしましょう」

 ケン太の言葉に妹の杏奈はかすかに顔を赤らめた。

 その代わり、とケン太は指を一本たてた。

「真行寺家の再興について、ぼくにひとつアイディアがあるのですが、聞いていただけますか?」

「どのようなことですか?」

 ケン太はガクランの内ポケットに手を入れた。一枚の紙を取り出し、美和子に手渡す。後ろから見ていた太郎は「番長島トーナメント」という文字を認めていた。


 美和子は眉をひそめた。

「これが、なにか?」

「それはぼくが所有する島で行われるトーナメントのポスターです。賞金の額を見てください」

「大変なお金ですね」

「それだけあれば、真行寺家の再興には充分ではないですか? たしかにかつての真行寺家の財産にくらべれば、十分の一にもたりませんが、一企業を所有するくらいの資金にはなります。その資金を手がかりに財産を運用すれば、再興がかなうと思いますが」

 美和子の顔にじょじょに血がさしのぼりはじめた。

「このトーナメントに出場せよ、と仰りたいの?」

「そうです。格闘のトーナメントです。ルールは単純、戦いに勝ち抜き、最終的な勝者になれば、賞金が手に入ります。その賞金はたしかに高倉コンツェルンが用意したものですが、それは問題ないでしょう。手にするもしないも、あなたが勝ち抜けるかどうか、だけなのですから」


 美和子は考え込むような表情になった。

 ケン太はおっかぶせた。

「それに聞くところによりますと、あなたはさまざまな武道を習得しているというではないですか。喧嘩のための武道ではありませんが、しかし戦いは戦いです。どうです、あなたの腕で勝ち抜き、賞金を手にして見ませんか?」

 美和子はポスターの文字を読み進んだ。

 首をかしげる。

「”来たれ全国のバンチョウ、スケバン諸君”……このバンチョウ、スケバンってどういう意味ですの?」

「どちらも喧嘩が強い者への称号のようなものです。男の場合はバンチョウ、女はスケバンと呼ばれます。美和子さんが勝ち抜けば、スケバンという称号で呼ばれることになるでしょう」

「あたしにその”スケバン”になれ、と仰るのね……」

 ケン太の瞳がきらめいた。

「そうです、ぼくはあなたに”スケバン”になってもらいたいんです」

「なぜ……?」

「ぼくはそのバンチョウという称号を得ているからです」

「あなたが?」

「そうです!」

 ケン太はくるりと背を向けた。

 背中に刺繍されている”男”の文字がきらめいた。

「この”男”の文字が縫い取られているガクランは、代々のバンチョウが受け継いできた伝説のガクランです。ぼくは五年前、戦いに勝ち、ガクランを受け継ぎました。バンチョウという称号はぼくにとって大事な誇りなんだ。だからあなたにはスケバンという称号を得てもらいたい!」

 ふたたび美和子に顔をむけたケン太は熱心な表情になった。

「伝説のバンチョウとスケバン、似合いのふたりだと思いませんか? その上で、ぼくはあらためて結婚を申し込みたい! いや、返事は結構。とにかく、トーナメントに出場してください。お話しはそのあとでいいでしょう」

 美和子は唇を噛みしめた。

「すこし……考えさせてください……」

 つぶやく。

 ケン太はうなずいた。

「判ります。いきなりの話しで驚かれたでしょう。番長島へのトーナメント参加への手続きは一週間以内に締め切ります。それまでに考えをまとめてください」

 さっと背中を見せると、ケン太は出口へと向かった。

 その出口にひとりの男が姿を現した。

 ひょろりとした痩身、ひどく背が高く、ぺたりと髪の毛をオールバックにしている。

 木戸であった。

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