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破産

 男爵の葬儀に出席したのは、おもに屋敷で働いていた召し使い、それに男爵の資金の援助をうけていた慈善団体の職員などで、奇妙なことに血縁者の姿はほとんどなかった。

 男爵その人が高齢であり、おもだった近親者はすでに先立っていたということあるが、このような高貴な家柄の主人の葬儀にしては淋しい顔ぶれではある。

 真行寺家は無宗教に近く、そのため葬儀そのものもあっさりとしたものになった。真行寺家が破産宣告を受けていたこともあり、葬儀会場は墓所のある寺の境内で行われることになった。


 喪主の美和子は全身黒づくめのスーツに身を包み、ひっそりと来客者を迎えていた。

 来客者は美和子の顔を見ると痛ましそうな表情になり、ぼそぼそと悔やみの言葉をかけ急いで焼香をすませる。美和子はその来客にかすかに頭を下げ、礼を言うのだった。

 太郎は会場の入り口で来客の受付をしていた。香典を受け取り、金額をノートに書き入れる仕事である。ぬっ、とおおきな手が香典袋を押し出し、太郎の目の前の机にすべらせた。

 顔を上げると木戸と目が合う。

「木戸さん……」

 太郎の顔がこわばった。木戸はにやりと薄笑いを浮かべた。

「お悔やみにきた」

 どうぞ、と太郎は言うしかない。弔問にきた客を追い返すことは召し使いの領分ではない。

 大股で木戸は男爵の遺影が飾られている葬儀会場に入っていく。かれの姿を認めた美和子の顔も一瞬、けわしいものになったが、それでも気丈に耐えていた。

 軽く木戸が頭を下げると、彼女も礼を返す。

 遺影に頭を下げ、焼香をする。

 焼香を済ませた木戸は、遺影に背を向けぐるりと周囲を見渡した。


 葬儀に出席していた男爵の召し使いたちは、木戸の視線をさけるかのようにうつむいた。

 かすかに木戸の唇が開き、歯がむきだしになる。じっとひとりひとりの顔を舐めるように見つめていく。

 視線がむけられた召し使いたちははっ、と顔をあげるが木戸の視線にまたあわてて顔を伏せた。

 木戸はにやにや笑いを浮かべ、それらの様子を眺めていた。まるで新しい主人はおれだぞ、と宣言しているようである。

 満足したのか、木戸はふたたび大股に会場を出て行った。

 その後ろ姿を、太郎はじっと見つめていた。

 


 葬儀が済んで、美和子はふたたび屋敷へと帰った。彼女と共に、部屋に入った太郎はあっ、とちいさく口の中で叫び声を押し殺した。

 となりで美和子もぼうぜんとあたりを見回している。

「これは……」

 つぶやく。

 太郎もまた驚いていた。

 部屋中の家具に赤い紙が貼られている。近づいて見ると、みな「差し押さえ」という文字が読み取れた。

 そうか……男爵家は破産したんだ。それがようやく実感としてこみあげた。美和子を見ると、なんの表情も浮かんではいない。

「ほかの部屋も見てきます」

 太郎がそう言うと、ぼんやりと美和子はうなずいた。

 太郎は大急ぎで廊下に出て、屋敷中の主だった部屋をまわった。

 来客用のラウンジ、男爵の仕事部屋、書斎、図書室……。

 すべての部屋に真っ赤な紙がべたべたと貼られていた。

 美和子の部屋に取って返すと、彼女はちからがぬけたようにベッドに腰かけていた。上掛けに彼女の制服がひろげられている。

「女学院の制服だけは紙が貼られていなかったわ。そのほかの私服は、ぜんぶ差し押さえになったから、いまはこれ一着があたしの服ってわけね」

 つぶやいて、制服を手にする。

 太郎は拳を握り締めた。

 美和子は顔をあげた。

「太郎さん、いまのあたしにはお金がないの。あなたに給料は出せません。だからもう、召し使いを続ける必要はないわ。ここを出て、どこか別のお屋敷に勤めたらどうかしら? これでも父の知り合いは沢山いるから、紹介だけはできそうよ」

 太郎は首をふった。

「いいえ、それは出来ません。ぼくはお嬢さまに忠誠を誓った召し使いです。給料がほしくて召し使いになっているわけではありません。ですから一生、お嬢さまの側で働くつもりです」

 きっぱりと言い切る。

 美和子は驚いたように目を見開いた。

 太郎は笑顔を見せた。

「つまり、いまのぼくはお嬢さまの筆頭執事ということになります。よろしいですね?」

 彼女は首をふった。

「わからない……あなたがいてくれるのは嬉しいけど、でもこんな重荷、あなたに背負わせるわけにはいかないわ」

「重荷なんかじゃない!」

 太郎は叫んだ。

 美和子は顔をあげた。

「お嬢さま、いつか真行寺家を再興させましょう。いまはこんな状態ですが、きっと明日はよくなります。この只野太郎、微力ですがお手伝いをさせていただきます!」

 美和子の目がうるんだ。

「ありがとう……なんと言って良いか判らないけど、とにかくありがとう……」

 その時、来客をつげるチャイムがやわらかく鳴り響いた。

 だれだろう、と太郎は窓に近寄り玄関を眺めた。

 赤いガクランが目にとまる。

 美和子をふりむいた。

「お嬢さま、高倉ケン太さまがお見えです」

 えっ、と美和子は立ち上がった。

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