美和子様の召し使い
召し使いは裏口の通用門から出入りすることになっている。
幸司はいつもの習慣で裏口に向かい、立ち止まった。
くるりと今来た廊下をふり返る。
「このままおさらばして、いいのか?」
つぶやいた。
いいや、と幸司は首をふった。
よくない!
絶対、よくない!
幸司は厨房へ戻っていった。
厨房の入り口から中をのぞくと、あいかわらず木戸が熱弁をふるっている。
「……だから諸君らの生活はわたしが保証しよう。いつもの仕事を続ければ良い。なにか質問はあるかね?」
召し使いたちは顔を見合わせた。
何か言うべきなのだろうが、それが思いつかない。ただ、木戸の熱弁に圧倒されているだけだった。
「あるぜ! 言いたいことはひとつ!」
がらり、と幸司は厨房の引き戸を勢い良く開いた。
ぎょっ、と召し使いたちがその音に一斉に幸司を見た。
「幸司、お前……こんなところで何をしている?」
先輩の調理人がつぶやいた。
木戸は幸司の闖入に眉をしかめた。幸司は腰に手をあて、ぐいと背をそらし木戸の顔を怖れることもなく見つめた。
そして召し使いたちのほうに顔を向け、口を開く。
「あんたたち、何か間違っていないか?」
え……? と、召し使いたちは顔を見合わせる。
「あんたら真行寺男爵の召し使いだろう? この木戸のおっさんの召し使いじゃないはずだ!」
幸司の言葉に、みな顔をうつむけた。木戸は唸り声をあげた。
「何を言う? わたしが真行寺家の財産、企業を受け継いだのだ。給料もわたしが支払うと言っているのだ。わたしの召し使いで何が悪い?」
木戸の言葉に、幸司はふたたびかれの顔を見上げる。
「何を言ってやがんでえ! お前なんか、真行寺男爵の代わりになるもんか! 男爵の跡継ぎは美和子お嬢さまだ! だからおれたちは美和子様の召し使いなんだ!」
ざわ……。
幸司の言葉に召し使いたちの表情が変わった。あらたな思いが、かれらの心中を一杯にする。
美和子様の召し使い……。
全員、口の中で幸司の言葉を復唱した。そのつぶやきは繰り返され、そのたびにかれらに確信が深まっていくようだった。
一変した部屋の空気に木戸の顔は険しいものになっていった。
幸司はにんまりと笑みを浮かべた。