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厨房

「そこの只野太郎さんの処置が良かった。あの場合、最善の措置ですな。もし心臓マッサージが遅れれば、手遅れでした」

 真行寺男爵のかかりつけの医師は、耳につけた聴診器をはずしてつぶやいた。男爵は寝具に横たわり、その傍らに点滴の用意がなされ透明なチューブが腕の静脈に繋がっている。男爵はすやすやと寝息を立てている。老人の弱った心臓はいまはなんとか命を保ってはいるが、いつその鼓動を止めるか判らない状態である。

 男爵の部屋はにわかな病室となり、そこには美和子をはじめ屋敷の召し使いたちが心配そうな顔をならべている。

 が、木戸の姿はなかった。

 太郎はゆっくりとその場から離れた。いまは太郎のすべき役目はこの部屋にはない。

 かれは木戸を探していた。

 男爵の財産すべてが木戸に奪われた!

 なんということだろう。

 太郎は怒りに燃えていた。

 あの書類……あの日、木戸が持ってきた書類がこの事態を引き起こしたことは明白である。

 これは裏切りだ。召し使いが、しかも筆頭執事というもっとも主人から信頼されている召し使いがこともあろうに主人の財産をわがものにするとは。


 ひとり、廊下を歩く太郎の耳に、ざわざわというざわめきが聞こえてくる。

 ぴたり、と太郎は足を止めた。

 ささやき声は厨房から聞こえてくるようだ。


 足音をしのばせ、近寄ると数人の人の声が聞こえてきた。そーっと覗きこむと、心配そうな表情をした屋敷の召し使いたちが額を寄せながら話し合っている。

「ともかく、男爵さまの財産はすべて失われたそうじゃないか! いまは男爵さまは文無し同然だってよ」

 押し殺した声ではあるが、熱心に話を続けているのはコック長の飯田である。ぎょろりと飛び出た目と、いまにも飢え死にしそうな痩身が特徴だ。話すたびに、長いコック帽がふらふらと揺れている。

「それじゃあたしら、どうなるんだい? 給料はもらえるんだろうね?」

 それを受け、最年長のメイドの赤木という女が額に皺をよせてささやいた。

 彼女の言葉に、その場にいた全員が顔を見合わせた。

 ぽつり、と飯田がつぶやいた。

「もし給金が貰えねえ、ってことになると……おれたちゃ、飢え死にだぜ」

 いまにも飢え死にしそうなかれが言うと、それが真実味をおびてくる。ぞくり、と全員が青ざめていた。

「そんなことになる前に、このお屋敷の金目のものを……」

 だれかがつぶやき、そのつぶやきに全員すばやく目配せしあった。

「おだやかではないな。泥棒の相談とは」

 その言葉に全員、文字通り飛び上がっていた。

 いつの間にか、木戸がそのひょろりとした姿をあらわしていた。あいかわらず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

「だれか言っていたな。このお屋敷の金目のものをどうにか、こうにかとかな」

 飯田コック長がおもねるような表情で話しかけた。

「木戸さん、本気にしちゃいけませんや。あたしら、なにもそんなこと」

「給金のことは心配しなくても良い」

 木戸は断言した。

 彼の言葉に全員、顔を見合わせる。

「みな、仕事はおなじように続けてくれ。給料は保証する」

「本当に……?」

 うむ、と木戸はうなずいた。

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