卒業式
卒業式の当日も、天気はあいかわらずの雪模様だった。
式に出席した卒業生はわずか二十数名にすぎない。全校生徒百名たらず、そのうち卒業式をむかえることのできるのは、入学生の半分にすぎない。それだけ厳しい修行が待っているのだ。卒業生にはひとりひとり、卒業証書と記念の品物があたえられる。記念品は、執事学校の紋章が浮き彫りにされたバッジである。バッジを身につけることにより、この学校を卒業したことをしめすのだ。執事学校卒業者の誇りと共に、一種の身分証明にも役立つ。
式はとどこおりなく終わり、銘々卒業証書を手に、式に駆けつけた肉親と共に卒業を喜び合っている。洋子もまたクラスメートの女生徒たちと肩を抱き合い、卒業の別れ涙にくれていた。その泣き声は洋子がひときわ高く、目立っていた。洋子には母親がつきそい、なにくれと世話をやいている。
その中で太郎はただひとり、全員の輪から離れるようにひっそりと立っている。そうしていると、だれもかれには注目しない。長年の修練のたまもので、だれにも注目されない呼吸法を習得しているのだ。執事は不必要に他人の注意を引いてはいけないと教えられている。
会場にひとりの下級生が入室してきた。メイドの服装をした、女子生徒である。胸のリボンの色で、二年生であることがわかる。彼女は会場の入り口で、部屋のなかをあちこちを見回している。やがて彼女の視線が太郎のうえにとまった。ああ、よかったというような表情になって、彼女は小走りになって太郎のもとへやってきた。
「ああ、よかった! あの……、只野太郎さんですね?」
太郎は彼女に目をとめ、かすかにうなずいた。メイド姿の下級生は頬を上気させている。太郎の名前はこの執事学校では有名で、彼女たち下級生にとっては憧れの先輩であった。
「その……校長先生がお呼びなんです」
「校長先生が?」
太郎は反問する。彼女はうなずいた。
「はい、校長室に来るように言われました」
「そう言う場合、来られるように、と言うべきだ。召し使いとして、ただしい敬語はつねに意識しなくてはね」
注意されてメイドはうつむいた。ちら、と太郎の顔に後悔の表情が浮かんだ。
「ごめん、つい余計なことを言ってしまったね」
いいえ、とメイドは首をふった。ふかぶかと頭を下げると、ふたたび小走りに会場の出口に向かった。
太郎はちょっと首をかしげた。校長が呼んでいる……何のようだろう?
とにかく行ってみようと歩き出す。
その太郎の後ろ姿を、洋子がじっと見つめていた。