紅茶
道場での稽古着から着替えたばかりのせいなのか、頬にはまだ練習の興奮がのこり、うっすらピンクに染まっている。
すらりとした肢体を包み込む真っ白なワンピース。長い髪は高く結い上げ、赤いリボンでまとめている。ただそれだけの色彩を許しただけの彼女の装いは、ぱっと華が開いたような効果をかもしだしていた。
美和子はケン太に向かい、ふかぶかと頭を下げた。
「真行寺美和子と申します。高倉ケン太さまには、はじめてお目にかかり、嬉しく思っております」
いやいや……というようにケン太は首をふった。
美和子の前に近づくと、いきなり両手で彼女の手をつつみこんだ。美和子はこのふるまいにはっ、と顔を赤らめた。
「そんな堅苦しい挨拶はぬきにしましょう。ぼくはいま、感動しているんですよ! 噂には聞いていたが、なるほど聞きしに勝る美しい女性です」
言うなり、ケン太は美和子の手を取ったまま窓際の長椅子に案内していく。彼女を座らせ、その隣にケン太も腰をおろした。
椅子の前のテーブルにはティー・セットが置かれている。ケン太はポットに湯をそそぐと、美和子のために紅茶を一杯淹れた。香料入りの砂糖壷の蓋を開いて美和子に尋ねた。
「砂糖はおいくつですか?」
ふたつ……美和子が蚊の鳴くような声で答える。なるほど、とケン太はうなずき角砂糖をふたつ、ティー・カップに入れスプーンでかき回した。
室内に紅茶と、砂糖に溶かし込んだ香料の香りがただよう。ふたりはゆっくりと紅茶をすすっていた。
男爵がぽん、と膝を打った。
「なあ! ここはひとつ、ふたりにしてあげてはどうかな?」
背後の木戸をふりかえる。
木戸はうなずいた。
「それがよろしかろう、と思います」
うん、うんと男爵はなんどもうなずいた。
「美和子、わしらはここで部屋へ帰るからな、あとはケン太さんと楽しくやっていなさい」
「お父さま!」
美和子はなぜか狼狽していた。
「あ、あの、あたくし……!」
それまで彼女はぼうっ、としてケン太の顔だけを見つめていたのを自覚したのだろう。ぽーっ、と頬が真っ赤に染まっている。
男爵の合図で、木戸は車椅子を押しながら出口へと向かい、太郎をじろりと睨んで顎をしゃくった。出ろ、ということか。太郎は木戸の後ろについてドアの方向へ歩き出した。
「待って!」
美和子が叫んだ。
「あ、あの……太郎さんはここにいてくれないかしら……」
ケン太はぐい、と眉をあげた。
「いいでしょう、そのほうが美和子さんも落ち着くというもの。ぼくも太郎君にここにいてほしいな!」
男爵は肩をすくめた。
「それじゃ、そうしなさい。太郎君、あとはよろしく頼むよ」
邪魔をするなという言外の含みがある。太郎は男爵に向け、頭を下げた。
ふたりがドアから出て行き、部屋には太郎と美和子、それに高倉ケン太の三人が残された。