上流階級
美和子の部屋へ入ると、彼女は数人のメイドに取り囲まれ、下着姿になっていた。太郎の気配に気づくと、そのままふりむく。
下着姿だというのに恥ずかしがる様子もなく、明るく声をかけてきた。
「ああ、太郎さん。来てくれたのね。あたし、今日はじめて高倉ケン太さまにお会いするのよ。道着すがたではお目にかけられないから、大急ぎで着替えなきゃ……。太郎さんにも手伝ってもらおうと思ったけど、メイドたちがいるからいいわ。それより、来客用のラウンジに先に行って、ケン太さんにお待たせするよう言づてお願いできないかしら?」
かしこまりました……と太郎は頭をさげた。
じぶんも仕事着を着替えないと……。
部屋へ向かう太郎の脳裏に、執事学校で言われたことが蘇る。
「上流階級で生まれ育ったかたは、たいがい他人の前で下着、もしくは全裸になっても平気なのです」
講義をしているのは礼儀作法の講師だった。小柄な、五十代の老婦人で、一生のほとんどをメイドで過ごしたという経験豊富な女性だった。彼女は講義をつづけた。
「なぜなら幼少のころからメイド、召し使いたちに着替えを手伝ってもらっているから、他人の、しかも召し使いの目は気にならないのです。だからあなたたちも上流階級のお屋敷に奉公することになったら、そのような場面に出会ってもうろたえることのないように気をつけないといけませんよ」
そう言って講師はにやりと笑った。
「もしあなたがたが恥ずかしがったり、顔を赤らめたりしたら、かえっておたがい気まずい思いをすることになりますから。いいですね、けっして表情を変えることのなく、平静でいることが肝心です……」
部屋に帰って急いでスーツに着替えると、太郎は言われたとおり来客用のラウンジへと移動した。廊下を歩く太郎は、美和子の下着姿を目にしたとき平静でいられただろうかと自問自答していた。お嬢さまに気まずい思いをさせなかった自信はあったが……。
息を整え、太郎は来客ラウンジのドアの前に立った。そっとノックし、返事を待って中へと入った。
来客用のラウンジの庭に面した側は一面のガラス窓になっている。そこからの採光で、部屋はまぶしいくらいに明るい。窓際にいくつかの長椅子がのべられていて、ひとつに高倉ケン太がゆったりと座っていた。