草むしり
太郎は一日、朝早くからおきて庭の草むしりをつづけていた。木戸から命じられたからだ。季節は春で、昼近くになると温度はあがり、太郎の額に汗がふきだした。むっとするほどの草いきれがたちこめ、あたりには冬眠からさめたカエルや、ちいさな昆虫がはいだしている。
やあーっ、というかけ声が遠くの道場から聞こえてくる。
美和子が師範相手に武道の稽古をつづけているのだ。彼女の声は高く澄んでいて、すぐわかる。ときおり竹刀の音がまじる。今日の武道の練習は剣道だった。
合気道、剣道、薙刀などさまざまな古式武道を美和子は習っている。よほど性に合っているようで、どの武道でも美和子は師範代クラスの腕前を誇っていた。
テレビは結局駄目になってしまったな……と、太郎はふと思った。
男爵の計画に、木戸が猛反対をしたのである。
「テレビなど、この真行寺家に必要ありません! そのような汚らわしい機械がこの屋敷に入れるなど、断固として反対いたします。もしお認めいただけないのなら、わたしは辞職しますのでそれでもよろしいのなら、どうぞお買いになられればよろしい……」
そこまで言われ、男爵は計画を進めることができなくなった。木戸の反対に、男爵はうなずかざるをえなかったのである。
実際、真行寺家の経営のすべては木戸が握っており、かれがいなくてはなにも動くはずはなかった。木戸の辞職という脅しは、男爵の一番弱いところを突いたのである。
あとで男爵は太郎と美和子を呼んでわびた。
「すまん、木戸にああ言われたのではあきらめるしかないんでな……」
それを聞いた美和子はにっこりとほほ笑んで答えた。
「いいのよ、お父さま。たぶん、見ても楽しくないと思うわ。よかったわ、テレビが家に来なくなって!」