不安
廊下を歩き、太郎は美和子の部屋の前へ立った。
こつこつとノックをすると、すぐ返事がする。
ドアを開けると、美和子は本をひろげ、ぼんやりとページを目で追っている。しかし熱がはいっているようではなく、太郎に気づくとすぐにぱたりと本を閉じた。
顔を上げ、太郎の顔を見てにっこりとほほ笑んだ。
「いらっしゃい。今日はどんな用かしら。なにか面白いことある?」
そう言うと期待に満ちた目で見上げてくる。美和子はいつでもなにか変わったこと、面白いことがじぶんを待っている、と思っているようである。
「お嬢さまに良いお知らせです。男爵さまが、このお屋敷にテレビをお入れになられるようでございます」
きゃあ! と、美和子は飛び上がって喜んだ。立ち上がるなり、いきなり太郎の両手を掴んでふりまわした。
「本当? 本当なの?」
「ええ、男爵さまがはっきりと仰いました」
嬉しい……! と、美和子はじぶんの腕で胸をだきしめた。こんなお嬢さまははじめて見る、と太郎は驚いていた。
「クラスのお友達にもテレビのあるお家はあるのよ。木戸はそのようなかたはご学友にふさわしくありません、なんて言ってたけどそんなことないわよねえ! ね、太郎さん。テレビが来たら、一緒に見ましょうね!」
はい、と太郎は短く答えた。
うきうきとしている美和子を前に、太郎は木戸が持ってきた書類のことを気にしていた。
いったい、あれは何の書類なのだろう……。
美和子の前を辞去し、太郎は男爵の部屋へ引き返した。
ドアを細めに開き、中をのぞきこむ。
木戸はいない。男爵がひとり、ぼんやりと窓の外を眺めているだけだ。
太郎はドアをノックした。
おはいり……という返事に太郎はドアを開け一礼して中へ入った。
男爵は太郎の顔を認めてちょっと驚いた顔になった。
「どうした、太郎君。わしは君を呼んだかな?」
いいえ、と太郎は首をふった。
「さきほど木戸がまいりまして、あたらしい書類を男爵さまにお持ちしたようですが、それは郵便袋に入れておきましょうか?」
男爵は手をふった。
「ああ、あれはわしがサインしてすぐに木戸がじぶんで郵送するといって外出したよ。なんでも急ぐ書類らしいな」
じわり……とした不安が太郎の胸にわき上がってきた。
最近見たDVD「僕らの未来へ逆回転」主演はジャック・ブラック。消去されたビデオの変わりに、自分たちで映画を再現して大人気になる、という内容。映画への愛が熱く感じられる、傑作でした。




