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手紙

 美和子専属となったとはいえ、太郎は屋敷のこまごまとした仕事をこなさなければならない。そのひとつに週一回の郵便物の受け渡しがある。


 真行寺家はさまざまな企業を傘下におさめている。男爵はそれら真行寺グループとでもいう企業連合の会長として君臨しているのだが、男爵自身は第一線からは引退し、悠々自適の生活を楽しんでいる。


 しかしそれでも男爵の決裁をあおぐ書類は毎週のように送られてくる。ほとんどは事後承諾のかたちで男爵のサインを求めるだけなのだが、なかには緊急の指示を求める書類が郵送されることもあって、それらの書類を仕分けするのが太郎の仕事になった。


 といっても作業そのものは単純である。


 男爵のサインだけ必要とする郵便物は、真行寺家の家紋がはいった白い封筒に入って送られてくる。そのほかの男爵みずから判断をあおぐ書類がはいった封筒は、青い色の封筒に入っている。だから太郎のする仕事は、それらを分けておくだけでいい。あとは午前中までに男爵の執務室に運び、昼までに男爵がサインした書類をふたたび送付用の封筒にいれて専用の袋に入れるだけだ。あとは郵便局の局員が出向いて受け取るので、郵便局に直接行く必要すらないのだ。


 いつものように袋いっぱいに届けられた郵便物の山を仕分けしていくと、そのなかに一通だけ見慣れない郵便物が混じっているのに太郎は気づいた。


 なんだろう? 茶色い、事務封筒が一通だけいかにも場違いにまじっている。


 あて先は木戸になっていた。差出人は記されていない。


 太郎はその封筒を手に、木戸の部屋へ出向いた。

 木戸の部屋のドアをノックすると、中から返事があった。ドアを開け、一歩踏み込むと木戸がデスクの向こうからじろりと睨んできた。太郎の手にした封筒を目にした瞬間、木戸の顔が真赤にそまった。


「なんでそんなもの、持っている!」

 だしぬけの怒声に太郎はびくりとなった。木戸は唸り声をあげて立ち上がると、猛然と太郎に突進し、手にした茶封筒をひったくるようにむしりとった。

「よこせ! それはお前なんかが手にしていいものではない!」

「宛名が木戸さんだったので……」

 太郎が言い訳すると、木戸はふんっと横を向いた。ふーっ、ふーっと荒い息を吐いている。相当動揺しているようで、太郎はいったいなにが木戸をこんなに激昂させたのかと考えた。

 真っ赤に染まっていた顔がすうっ、と元に戻る。荒い息も平静に戻った。いつものすべてを見下したような表情になると口を開いた。

「これはおれの個人的な手紙だ。郵便局員が間違えて袋にいれたんだろう。このことは忘れることだ、いいな?」


 はい、と太郎はうなずいた。


 そのまま木戸の部屋を辞する。


 廊下を歩く太郎は、背中に木戸の視線を痛いほど感じていた。

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