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大京女学院

 大京女学院は高台の丘の上に、優美なシルエットを見せ聳え立っている。曲線を多用した白い建物の姿は、翼をひろげた白鳥を思わせた。


 真行寺家の車は学院の入り口から専用の車寄せをつかい、校門に接近していく。車が止まり、運転手はすばやく後席にまわって美和子側のドアを開き頭を下げた。美和子は優雅な仕草で車から降り立ち、背をのばした。その背後に太郎がつづく。


「おはようございます、美和子さま!」

 だしぬけに背後から声がかかり、太郎は反射的にふりかえった。


 声をかけたのは美和子とおなじくらいの年頃の女生徒だった。女学院の制服を身にまとい、にこにこと笑みを浮かべている。つやのある黒髪を三つ編みにして、ほっそりした顔にはそばかすが目立っている。彼女の顔を認め、美和子もほほ笑みをかえした。

「おはよう、幸恵さん」

 美和子は太郎に説明した。

「このかたは三島幸恵さんといって、あたしのクラスメートなの。幸恵さん、こちら只野太郎さん。お屋敷にきてくれた……」

 そこで彼女は口ごもった。


 察して太郎は自己紹介をした。

「はじめまして、只野太郎と申します。真行寺家に召し使いとして奉公することになりましたので、よろしくお見知りおきをお願いいたします」

 すらりと太郎の口から「召し使い」という言葉がでて、幸恵はうなずき太郎にむけ笑みを浮かべた。

「そうなの……前はもっと大人のかたがついてきていたわね」

 美和子はいそいでつけくわえた。

「ね、幸恵さん。太郎さんは召し使いといっても、あたしのお友達なの。あなたもそう思っていただけない?」

 うふっ、と幸恵はうなずいた。

「ええ、よろしくてよ! ただし、あたしも太郎さんのお友達ということなら……」

 まあ……、と美和子は目を見張った。

「よろしくてよ! でも、一番のお友達はあたし、ということならね!」

 うふふ……、と幸恵は笑った。ぷっ、と美和子も吹きだし、ふたりして笑いあう。


 学院にきて、美和子の口調が変化したのに太郎は気づいていた。この学院の雰囲気が、彼女の口調をよりお嬢さまっぽくしているのだろう。

 太郎はふたりが熱心に話しこんでいるすきに、あたりを見わたした。気がつくと、登校してくる女生徒の半数が太郎のような召し使い、あるいはメイドを引き連れている。幸恵はひとりだが、これはそれぞれの事情があるのだろう。


 そのうち、話しこんでいる美和子と幸恵に気づいて、ほかの女生徒たちが会話に入ってきて、正門前は彼女たちによって花が咲いたような有様になっていった。おたがい、冬休み中のことなどを口々に言い合っている。太郎はそっとその輪からはなれた。


「こりゃ、長くなるな……登校時間に間に合えば良いけど」

 ふいに話しかけられふりむくと、ひとりの召し使いのお仕着せを身につけた老人がほのぼのとした笑みを浮かべて立っていた。おそらく、この女生徒たちのだれかのお付きのものだろう。太郎が会釈すると、老人はうなずいた。


「あんた、どこのお屋敷の召し使いだね。ずいぶんお若いが」

「真行寺家に今度奉公にあがった只野太郎と申します。よろしく」

 老人の口がぽかんと開かれた。額に皺がより、ぐいと眉毛がもちあがる。

「真行寺家の……というと、あんた只野五郎となにか関係があるのかね?」

「只野五郎はぼくの父です」

「あんたの父親……それはまた……」

 言いかけ、老人は口を閉ざした。さぐるような目つきになり、しげしげと太郎を見つめる。

「なるほど、確かに只野五郎の面差しがある。しかし息子とはこれはまた……」

「あのう……あなたはぼくの父親をご存知なのですか?」


 いや……、と老人は片手をあげ襟首をさすった。まずいことを言ってしまったという表情になっている。

「なんでもないさ。あんたの父親は有名だからね。なにしろ最高の召し使いだからな」

 そう言ったきり、老人は黙ってしまった。あとはなにを尋ねても、知らん、憶えていないの繰り返しだった。


 父親、只野五郎についてはなにか秘密がありそうだ。

 太郎はぜひともその秘密を知りたいと思った。


「どういうこと、こんなところで騒がしくするのはだれなの? 新学期なのよ、大京女学院の生徒として恥ずかしくはないの?」

 とつぜん、切り込むように高い声がして、美和子を中心とした女生徒たちの会話はぴたりと止まった。その声は、まるでナイフのように喧騒を切り裂いていた。

 声のぬしは、美和子と同じ学年の女子生徒が発したものだった。

 すらりとした肢体の、背が高い女の子であった。豊かな髪の毛はなだれおちるように腰まで達し、白磁のような肌にきりっとした濃い眉をして、そのしたのふたつの瞳は燃えるように輝いている。

「おはよう、杏奈あんなさん」

 美和子が挨拶すると、杏奈と呼ばれた少女はうっすら皮肉な笑みを浮かべた。

「あなたこそおはよう、美和子さん。ずいぶんお騒がしいこと!」

 彼女の背後には数人の召し使いが控えていた。まずふたりのメイド、そして四人の屈強な体格の召し使い。その六人は二列できっちりと隊列を組み、杏奈の背後を守っている。


 四人の屈強な体格の召し使いを見て、太郎はまるでボディ・ガードみたいだと思った。

 かれらは通常の召し使いが身につけるタキシードを身につけていたが、そのデザインが奇妙だった。妙にごつごつとしていて、タキシード本来の優雅なラインは影をひそめている。

 太郎の訓練された目は、そのタキシードは見せ掛けで、本来の目的は戦闘用の防弾チョッキなのではないかと推測していた。最初の、ボディ・ガードのようだという印象は間違っていなかった。さらに仔細に観察すると、胸の辺りにかすかなふくらみが見える。たぶん、銃器を隠しているのだ。いよいよ剣呑である。


 ずい、と杏奈と呼ばれた少女は一歩を踏み出した。

 美和子を取り巻いている女生徒たちをかきわけるようにして、大股に歩いていく。その背後に、さきほどの六人が続いていった。


「なあに、あの人。まるで女王様気取りじゃない!」

 美和子の周囲にいたひとりの女生徒がつぶやいた。

 と、背後をかためていた召し使いたちがいっせいに声のぬしをぎらりとした視線で睨んできた。女生徒はびくりと肩をすくませ、目をそらす。

 しかし杏奈と呼ばれた女生徒の足はとまらず、さっさと校門に消えていった。


 とん、とんと太郎の肩をつつく指先がある。

 ふりむくと、メイド服の女の子が悪戯っぽくこちらを見つめていた。太郎より二、三才年上だろうか。制服の胸に光るものがある。

 執事学校のバッジだ!

 すると彼女は太郎の先輩ということになる。太郎の胸にも同じものがある。おたがいのバッジを確認して、彼女はうなずいた。

「気になるでしょ? あの女の子のこと」

 言外に、おなじ執事学校の卒業生同士、助け合おうという口調だ。

 うん、と太郎はうなずいた。

 たしかに気になる。召し使いとしては、主人の友人関係を把握することは必要だ。

「ここじゃまずいから、あとで召し使い部屋で落ち合いましょう。そのとき、教えてあげる」


 召し使い部屋?


 太郎のもの問いたげな表情に、メイドは目をまるくした。

「いやだ、知らないの? お嬢さまたちが教室で授業にはいると、あたしたち召し使いは専用の待機所で終業を待つのよ。そのための部屋があるの」

「そうか、ぼくは今日はじめてなんだ」

「ああ、そうなんだ。どうりで見た顔じゃないと思った。でも、それ……」

 彼女は太郎のバッジを指さした。

「それをつけているから、教えてあげようと思ったの。そうでなかったら、知らんぷりしているところだったわ!」

 そう言って、メイドはころころと笑った。


 なんだか、陽気な性格の女の子のようだ。太郎は彼女に洋子のことを思い出した。

 そういえば、洋子はどうしているだろうか?

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