美和子の部屋で
ドアをノックすると美和子の「お入りなさい」という答えがあった。太郎はそっとドアを押し開いた。
ひろびろした室内に、美和子が椅子に腰かけ手元に本をひろげている。目を上げ、太郎と目が合うとにっこりとほほ笑んだ。
「あら、太郎さん」
「木戸からぼくがお嬢さま付きの召し使いとしておおせつかったと言われましたので、ご挨拶にまいりました。一生懸命おつかえいたしますので、なんでも命じてくださいませ」
くすり、と美和子は笑い、首をふった。今日の彼女は最初に会ったときの稽古着ではなく、娘らしく袖にたっぷりとふくらみをもたせたワンピースを身につけている。髪の毛は自然に背中にたらし、身動きをするとやわらかにゆれた。
「まあ、おおげさ! あたし、あなたを召し使いなんか思ったことありません。あたし、あなたとお友達になりたいのに。それともあたしとお友達になるのがお厭なの?」
いたずらっぽく彼女は太郎を見つめた。
太郎の顔を見て、美和子は肩をすくめた。
「ごめんなさいね。からかったりして。あたしの悪い癖だわ。つい、あなたの真面目な顔を見ると、余計なことを言いたくなってしまうの。許してね」
「そんなことございません」
太郎はようやく生真面目に答えた。ともかく、このお嬢さまは型破りである。太郎の習った執事の授業には、彼女のようなお嬢さまにつかえる秘訣はなかった。
ほっとため息をつくと、美和子は手にした本をかたわらにおいた。
「ところで、明日からあたしは新学期をむかえるの。聞いてらしたかしら?」
「いえ、初耳です」
「通学には召し使いが同道することになっていて、いままで木戸がついてきたんだけれど、今度からは太郎さんがその役になるわ。憶えておいてね」
「ぼくが……いえ、わたしがですか?」
思わずぽかんと口を開けそうになるのをおさえ、太郎は問いかけた。美和子はうなずいた。
「そうよ。あたしの通う大京女学院では、生徒は召し使いの同道を認められているのよ。もちろん、全員ではないけど。だから授業中、あなたがたは召し使い専用の控え室で待つことになるけど」
「なぜ、そんな決まりが……」
言いかけて太郎は口をつぐんだ。召し使いの主人にたいする質問としては不適切だと気づいたからだ。しかし美和子は気にしていないようだった。
「さあ……もしかしたら、あたしたち生徒たちを監視するためかも」
そう言うとうふっ、と笑った。
「まあいいわ。明日から、あなたと一緒に通学できるから楽しみ! よろしくね」
はい……と太郎は生返事で答えた。
とにかく驚くことばかりである。