出会い
太郎のもとに二通の手紙が届いた。
一通は母親からで、もう一通は山田氏からだった。
山田氏は、娘の洋子の家出に大変驚いたという書き出しから始まり、大京市の興信所に彼女の捜索を頼んだと文面にあった。警察に失踪人届けを出すことは興信所の結果を見て考えるということだった。
興信所……つまり探偵を雇うということか。
洋子はメイドになりたいと言っていたから、メイドを雇うような屋敷を探せばわりと簡単に行方が判るのではないか、と太郎は思った。もし首尾よく、洋子がメイドになれればだが。しかし彼女のことだ、しゃにむにメイドを目指すのではないか。
母親からは健康に気をつけるようにとの簡単な文面で、こちらは変わりないから心配しないようにとの結びであった。
二通の手紙を引き出しにしまい、太郎はベッドに仰向けになった。頭の下に腕をくみ、天井を見上げる。物思いにふけるかれの表情にはなにも浮かんでいない。しかし太郎の心中はさまざまな思いが交錯していた。
「すまんな。うちでは新たにメイドを雇う計画はないんだよ。ほかの屋敷をあたってみなさい」
「はい、失礼いたしました」
ぺこりと頭を下げた洋子は、がっかりした内心を現さないように、しいて元気よく返事をして引き下がった。
ばたりと彼女の背後でドアが閉められる。
これで何件お屋敷をまわっただろうか。どの屋敷でもメイドはいらないと断られることが続いていた。もしかしたら新しいメイドを求めている屋敷があったのかもしれないが、紹介状ひとつ持たない飛び込みの洋子にやすやすとメイドの職をあたえる屋敷はなかったのである。
太郎と別れた洋子は、あてどなく大京市をさまよっていた。
絶対メイドになる!
そう啖呵を切ったはいいが、彼女を雇ってくれそうなお屋敷のあてはない。ともかく大きなお屋敷がありそうな山の手を目指してバスや、電車を乗り継いで移動する。
両手に提げたバッグが重い。こんなことなら、もっと手軽な荷物にするんだった……。
手のひらに食い込む荷物の重みに、彼女は泣き出しそうになっていた。
山の手は坂が多い。なだらかな坂でも、ずっと上り続けていくとさすがにこたえた。
とうとう洋子は道端にへたりこんでしまった。
ふう──。
ため息が出た。
やっぱり無謀だったのかもしれない……。
彼女の目に涙がたまっていく。
ぼんやりとしていた彼女の目の前に、一台の車が停車した。
白い、高級車である。車体には金色のラインが引かれ、ボンネットにはおなじく金色のマスコットが燦然と輝いている。
するすると後部座席のガラスが下がって、ひとりの青年が面白そうな表情を浮かべ洋子を見つめていた。
「やあ、具合でも悪いのかい?」
ほっといてよ……言いかけた洋子は言葉を飲み込んだ。
彼女は話しかけた青年の出で立ちにぽかんとなっていた。
金色に染め抜いたリーゼント、真っ赤なガクラン。とても目の前の高級車に乗り込むような服装ではない。
「どうしたんだい? 疲れているみたいだね」
はい……と、洋子はうなずいていた。
どういうものか、目の前の青年の態度には洋子の警戒心を解いてしまう、奇妙なほどの落ち着きを感じる。
がちゃ、と青年はドアを開けた。
くいっ、と首をふって車内にいざなう。
まるでそのことが当然のように、洋子は青年の車に乗り込んだ。
車内は広い。
後席は数人が向かい合わせに座れるようになっている。洋子は青年の目の前の座席に座った。
青年は座席のボタンを押した。インタホンになっているらしく、マイクに向けて「やってくれ」と話しかけると運転手はうなずいて高級車を発車させた。
「事情を聞かせてくれないか」
青年は尋ねた。洋子はうなずき、いままでのことを説明した。
ふんふんと青年は洋子の話しに相槌をうつ。青年の誠実そうな様子に、洋子はつい熱が入ってしまった。すっかり話し終えると、洋子は自分のことはもちろん、故郷の執事学校のことや、大京市に一緒に来た太郎のことまでなにもかにも打ち明けてしまっていた。
「なるほど……面白い! そうか、執事学校ね……。きみもそこでメイドの修行をしたんだね?」
「はい、あたし、どこのお屋敷に奉公しても、立派なメイドになれるつもりなんです」
ふーん、と青年はちょっと考え込んだ。
そしてふたたび口を開き、意外なことを言い出した。
「よければ、ぼくの屋敷に来てもらえないか? メイドの空きがあるんだ」