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アルバム

 木戸は太郎を連れて屋敷の階段を登っていった。階段は長々と連なり、いくつもの踊り場を通過して木戸が太郎を連れて行ったのは屋根裏部屋だった。


 その途中、木戸は太郎に念を押すように話しかけた。

「美和子お嬢さまはあのような性格で、だれにでも身分の垣根を感じさせることのない態度をおとりになられる。が、そのせいで勘違いする不心得ものがいることはたしかだ。お前はそのようなことは万が一にもないだろうが、お嬢さまが勝手にお前を友達よばわりすることがあっても、お前はそれに甘えることなく召し使いとしての本分を忘れることのないよう、気をつけることだな」

 木戸の言葉に太郎は「わかっています」と答えた。その答えで満足したのか、木戸はうなずいただけだった。


 やがて木戸は屋根裏部屋の廊下に太郎を連れて行き、そのうちのひとつの扉の前に案内した。

「ここが今日からお前が寝泊りすることになる召し使い部屋だ。一応、個室になっている。前にいた召し使いがここを辞めてからはそのままになっているから、掃除をして使うように。仕事は明日からやってもらう。おれはこの屋敷の筆頭執事だから、なんでも相談していいぞ」

 それだけ一気にまくしたてると、木戸はくるりと背を向け階段を降りていった。


 部屋の鍵を受け取った太郎は、ドアに差し込んで開いた。

 きい……と蝶番が軋み音をたて、ドアが開く。あとで油を差しておこうと太郎はこころに書き留めた。


 木戸の言ったとおり、部屋はほこりまみれで掃除の必要があった。

 太郎は窓のよろい戸を開け、内部に外の明かりをみちびいた。さっと差し込んだ光にほこりが舞い上がり、きらきらとしろっぽく踊っている。


 その日の午後いっぱいを使って太郎は部屋の掃除をした。ほこりが舞い上がるので古新聞をこまかくちぎり、水をふくませて床にまき箒ではく。やっと掃き掃除が終わると、太郎は雑巾をしぼり、拭き掃除を始めた。ようやくすべてが終わったのは夕方になってからだった。


 部屋には簡素であるがベッドと、ちいさな書き物机、身の回りのものを片付けるための箪笥が付属している。太郎は机にじぶんの執事学校時代に使っていた教科書をならべた。かれの所有している書籍はそれくらいのものだった。


 ひとつひとつ教科書をならべていくと、太郎は執事学校時代のことが思い出されていく。クラスメートの顔が浮かび、洋子の順番にきたときあっ、と小さく叫んだ。


「そうだ、手紙を書かなきゃ……」


 母親に無事到着したことを報告することももちろんであるが、洋子が出奔したこともつけくわえなくてはならない。小姓村には電話がないのである。とりあえず電報をうったが、詳しい事情は手紙でなくては伝わらない心配がある。

 持ち物から便箋と封筒をさがす。


 あ……。


 太郎はこつん、とじぶんの頭を叩いた。

 筆記具がない!

 入れ忘れたのだ。

 なんという失態……。


 そうだ、前の部屋の主がもしかしたら書き物机に残してあったかもしれない。

 太郎は机の引き出しを開けて探し始めた。


 引き出しには雑多な小物が詰め込まれている。ほとんど役に立たないものばかりだったが、ちいさなカメラがその中にあったので太郎は好奇心で手にとってみた。巻き上げレバーを操作し、シャッターを切ると軽快な音と共に動作した。どうやら故障はしていないようだ。レンズにも曇りはなく、完全に使用可能だ。いつか使うこともあろうかと、太郎はもとにもどした。


 筆記具……

 筆記具……


 引き出しの中をかき回していると、一冊のちいさなアルバムを見つけた。手の平におさまるくらいの小ささだ。開くと、数葉の写真が貼られている。

 その中の一枚を目にし、太郎の心臓がどきっと高鳴った。


 これは……。


 写真にはひとりの青年と女性がならんで立っている。青年の年令ははたちくらいか、女性はすこし年上に見える。そのふたりにはさまれ五、六才くらいの男の子がまっすぐ唇をひきしめカメラのレンズをを見つめている。家族写真のようだが、写っている青年の顔が問題だった。


 太郎に似ている。


 というより、太郎が数年くらい年をとるとこのような顔になるであろう顔かたちであった。



 

 太郎の脳裏に、執事学校での授業内容が浮かぶ。授業は観相学であった。


「観相学は執事にとって必要な技術だ。屋敷にやってきた客が主人の血縁か、血縁とすればどのくらい主人と近いか、それを判断せねば対応をあやまる!」

 教師の言葉に生徒たちは水を打ったように静まり返っていた。観相学の教師は、四角い顎をした五十代なかばの中年であった。かれは黒板にさらさらと人間の顔の輪郭を描いていった。

「目と目の間隔、口と鼻の距離、意外と重要なのが耳の形だ。耳の形はかなり血縁関係を推測する手がかりとなるだろう……」



 

 となりの女性は太郎の知らない顔だった。いちおう笑顔を見せているが、どことなく寂しげな表情が印象的だ。男の子の顔は女性に似ているから、たぶん息子だろう。


 写真の背景に写っているのは、この真行寺家の庭である。きちんと刈り込まれた芝生が美しい。


 青年の身につけているのは執事の標準的な衣装だ。

 もしかしたら、この青年が太郎の父親の只野五郎なのかもしれない……。太郎は観相学の授業内容を思い出し、青年の顔を仔細に観察した。手鏡を取り出し、自分の顔を映してみる。いよいよ似ている……。


 しかしとなりの女性と男の子はなんだろう? 太郎の母親でないことは確かである。もしかして見てはいけないものを目にしたのではないのか?


 筆頭執事の木戸は、この部屋には以前住んでいた者がいると言っていた。それが太郎の父親である只野五郎ということは考えられないか? 木戸はそのことを承知で、わざと太郎をこの部屋に連れてきたのかもしれない。

 アルバムを戻そうとした太郎は、引き出しの奥に一枚、写真を見つけた。

 取り出すと、裏に

 

 太郎 三ヶ月

 

 とあるのに気づいた。

 どきん、と太郎の胸が高鳴った。

 いそいでひっくり返すと、椅子の上に揺りかごが置かれ、ひとりの幼児がすやすやと寝入っている写真である。


 ぼくだ……。


 これは生後三ヶ月の、赤ん坊の太郎である。

 撮影されたのは室内のようである。やわらかなガラス戸越しのひかりが、目を閉じた幼児の姿を浮かび上がらせている。

 その時太郎は、幼児の背後に映りこんでいる壁のわずかなひび割れに注目した。


 もしかすると……。


 ゆっくりと目の前の壁に近づいた。写真に写りこんでいるかすかな窓枠を手がかりに、同じ位置を目で確かめる。

 間違いない。

 まったく同じ位置に、同じひび割れがある。

 母親の言葉が思い返される。



 

 お前は真行寺家のお屋敷で生まれたのよ──。



 

 そうだ、ぼくはこの部屋で生まれたんだ!

 静かな感動が押し寄せる。

 じぶんの生まれた部屋を見回し、太郎はひとりうなずいていた。


 そうだ、やっぱりぼくは真行寺家の召し使いになるべく、運命付けられていたのかもしれない!

ps3を買うか、xBOXにするか、悩みどころ。

どっちにするか今、考え中です。

でも結局ゲームする暇ってないみたい……

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