タクシー
太郎は男爵邸への道順を記された案内状を手に、駅前のタクシー乗り場に急いだ。
案内状にはタクシーを利用してくるようにという指示がある。ロータリーには客待ちのタクシーが何台も停車している。順番がきてタクシーの横に立つと、後部のドアがひとりでに開き、太郎はびっくりした。自動ドアなど、はじめてだった。
行き先を告げると、タクシーはすべるように走り出した。
タクシーの運転手は話し好きなのか、大通りに出るとミラーを覗き込んで話しかけてきた。
「お客さん、学生かい?」
いいえ、と太郎が答えると、ふーんと運転手はひとりうなずいた。
「真行寺男爵のお屋敷に何のようなんだい?」
「男爵様に雇われましたので……」
「雇われた? お前さんみたいな若いのが、どんな仕事があるんだい? 庭仕事か、なんかかね」
「ぼくは執事なんです」
太郎が答えると、運転手は絶句した。
「執事ってなんだい? メエメエ啼く、羊じゃないんだろ?」
「召し使いのことですよ」
へええ、と運転手は嘆声をあげた。
「召し使い、ねえ。あんた、そんなのになってどうするつもりなんだい? その若さで、他人の召し使いなんかになるなんて、あたしにはさっぱり判らないねえ」
それには太郎は答えようがない。人はなぜその職業に就きたいと思うのだろうか? 太郎は子供のころから父親が世界一の執事であると聞かされてきた。そのうち、じぶんも世界一の執事を目指すのが当然と思って育ったから、執事の仕事が他の人からどう映るかなど考えたことはなかったのである。
タクシーが男爵邸のある山の手へと向かうと、喧騒は遠ざかり森閑とした静けさが支配した。お屋敷がつづき、広々とした敷地には黒々と森が盛り上がっている。住宅街にかかわらず、道路は幅広い。
やがてタクシーは目的の屋敷に止まった。
「ついたよ、お客さん」
礼を言って太郎が料金を払おうとすると、運転手は手をふって断った。
「真行寺男爵のお屋敷に運ぶお客の料金は、あとで男爵様が払ってくれるからいいんだ。これを預かってくれ」
といって、かれは太郎にレシートを渡した。
それを男爵の会計係に渡せば、あとで運転手に支払ってくれるということだ。よく判らないが、上流階級での暮らしはそのようなことは日常なのだろう。
タクシーから降りた太郎は正門前に立ち尽くした。正門は本物の御影石でできていて、鉄製の柵が目の届く限り続いている。正門の鉄門上部には真行寺男爵の家紋が青銅のレリーフで輝いている。
ここで今日からじぶんの召し使い人生がはじまる……。
太郎は息を吸い込んだ。
最近、諸星大二郎が「西遊妖猿伝」を再開したらしい。ようやく「西域」篇となって、悟空は天竺へ向かうのだろう。
はやく単行本にならないか……
でも来年くらいまで待たないと無理だろうなあ。