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カメラ

「あいつらが中へ入った!」

 モニターを前にケン太はつぶやいた。モニターには太郎と美和子、勝と茜の二組の姿が映し出されている。広い屋敷の中で、二組は油断なく歩を進ませていた。その姿を、邸内に仕掛けられている無数のカメラが追っていた。


 ふむ、とケン太はデスクで手を組み合わせ考え込む姿勢になった。ドアのところで立っている洋子に目をやる。

「洋子、お前は執事学校での戦闘訓練を受けているはずだな」

 はい、と洋子は無表情に首をたてにした。

 よし、とケン太は顎を引いた。

「お前、太郎と手合わせしろ。出来るか?」

 出来ます、と洋子は返事をすると、ふいと部屋を出て行く。それを見送るケン太は、ふたたびモニターに目をやった。



 

 じい──とかすかなモーター音をたて、ゆっくりとカメラが首をふる。それを見上げ、幸司はそろそろと歩を進めた。

 屋敷の中はどこもかしこもカメラだらけだ。

 かれはカメラの視界からなるべく離れるようにして、屋敷の中を進んでいった。

 じぶんがなにをすればいいのか、まだ分からない。とにかく美和子のためになることなら、なんでもやってやろうと思っていたが、肝心の美和子がどこにいるのか判らない。

 飛行機が墜落して、太郎と美和子が出てきたのを見て、幸司は動き出した。ふたりが邸内に入ったのは確認できたが、複雑な屋敷の構造のせいで、出会うことすら出来ない。

 幸司はさ迷っていた。


 いったい、ふたりはどこにいるのか?

 かすかな声が幸司の足を止めさせた。

 耳をすませる。

 それは──

 すすり泣きの声だった。声は女である。


 ぎくり、と幸司は凝然と固まった。

 広い屋敷で、女性のすすり泣く声を聞くのは、正直いい気分ではない。

 しかし聞いた声だ。

 幸司は思い当たった。

 声をたよりに歩き出す。

 すすり泣く声は、ひとつのドアから聞こえてくる。幸司はドアにぴったり耳を押し当て、中の気配をさぐった。

「あのう……」

 ささやく。


 すすり泣く声がぴたりと止まった。

 急ぎ足で近づく音がして「だれ?」と尋ねる。幸司は早口でこたえた。

「ぼく、田端幸司っていいます。以前、お話しましたね」

 ああ──というこたえ。

 声の主は杏奈である。しかし高倉ケン太の妹である彼女が、なぜ泣いているのか?

「コックの人ね。こんなところで何をしているの?」

「その……道に迷ってしまって……」

「ここから出して!」

 向こうから切迫した声がした。

「あたしだったら、この屋敷のこと何でもわかるわ! 道を教えてあげるから、ここから出して!」

「判りました!」

 幸司は返事をした。

 ドアノブを掴んでまわすが、がちゃがちゃと鍵がかかっていて開かない。ドアの向こうの杏奈は苛立った声をあげた。

「だめよ! 鍵がかかっているわ」

 どうしよう、と幸司はあたりを見回した。消火器が目に付いた。消火器の架けてある壁に、非常用の棚がある。開けてみると、斧が消火ホースとともにしまってあった。幸司は斧を手にし、ちょっと考えた。

 ええい、非常事態だ!

「お嬢さま、ドアから離れて! 壊します!」

 息を呑む気配があって、ばたばたと足音がする。ドアから離れたのだろう。

 幸司は斧をふりあげた。


 がつん! と、斧がドアにめりこんだ。

 がつん、がつん! めりめり、ばきばきと幸司の斧で、ドアは木屑を跳ね散らかし、真っ二つに割れた。

 がたん、と音を立ててドアは倒れこんだ。


 その向こうに、ひとりの少女が目を見開いて立っている。紺のワンピースに、おおきなピンクのリボンを髪にとめている。卵形の顔に、びっくりするほどおおきな目をしていた。

 美人だなあ……というのが幸司の第一印象であった。

「杏奈さまですね。はじめまして、田端幸司といいます」

 ありがとう……と彼女は答えた。

 立ったままなにかを待っている。

 幸司は彼女の足元を見た。

 木屑が散乱している。


 ああ、と納得。

 幸司は手をのばした。

 杏奈はその手をとり、ぴょんとちいさく飛び上がってドアの残骸を飛び越えた。



 

 ちかちかと瞬くライトにケン太は唇を噛みしめた。

「杏奈のやつ、外に出たのか。閉じ込めておいたのに……いったい、どうやって?」

 すばやくカメラを操作する。モニターに、幸司の姿が映った。ふたり、手を取り合って廊下を歩いていた。

「あれは……先週雇ったばかりのコック見習いじゃないか」

 憤然としてデスクのボタンを押した。スピーカーに部下の声がする。

「はい、なにか御用でしょうか?」

「コック見習いの田端幸司について知りたい。やつの前歴は?」

 少々お待ちください、とあってすぐさま応答があった。

「ええと、真行寺家に奉公していた記録があります。どうやら首になったかどうかしたようですな」

「そうか、わかった……」

 ケン太はスピーカーのスイッチを切った。

 考え込む。

「真行寺家のコックだと? そいつが杏奈を外に出した……。なにかあるな!」




 なにもなかった。

 幸司はなりゆきで閉じ込められた杏奈を出してやっただけのことである。

 歩きながら、かれは杏奈に話しかけた。

「いったい、どうして閉じ込められていたんです?」

 それがねえ……と、杏奈はかわゆく唇をとがらせた。

「あたしが勝手なことするから、お兄さまが学校が始まるまで、部屋から出るなって言うのよ! もう、頭にきちゃう!」

「お兄さま……それは高倉ケン太……さんのこと?」

 一応彼女の前だ。「さん」付けで呼ばないとまずいだろう。

「いいのよ! 呼び捨てで!」

 杏奈はぷりぷり怒っている。と、何か思い出したように幸司を見た。

「ところで、あんた道に迷ったって言ったわね。どこに行くつもりだったの?」


 あ……! と、幸司は頭をかいた。


「すみません。それがぼくにも判らないんです」

 そうだ、どこへ行けば良いのだろう。素早く頭を働かせた幸司はあることを思いついた。

「ねえ、その高倉ケン太さんのところへ行くにはどうすれば良いんです?」

 美和子はケン太のところを目指しているはずだ。だからそこへ行けば良い。幸司は満足だった。なんてじぶんは頭が良いんだろう!

「お兄さまのいるところ?」

 杏奈は繰りかえすと、うんとひとつうなずいた。

「それじゃいらっしゃいな! お兄さまのいるところなら見当がつくわ! それにあたしもお兄さまに言いたいことがあるの」


 ひらりとスカートをひるがえし、杏奈は急ぎ足になった。幸司はその後を追って走り出した。

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