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酔拳

 かれらの姿は異様であった。

 いやにごつごつとしたデザインのタキシード。肩や肘にプロテクターが入れてあるらしく、ひどく突っぱらかっている。頭には召し使いの外出着らしく、山高帽をかぶっているが、その山高帽から顔全体をおおうマスクと一体化して、つまりはヘルメットなのだ。

 そして手にしているのは麻酔銃。銃身が長い、ライフルである。命を奪う道具ではないが、じゅうぶんな武装といえる。


 飛行機が不時着した大木の根本に集合したかれらは、樹冠をながめた。緑の葉がくれに、飛行機の機体が見えている。

 召し使いたちは無言でうなずきあった。

 ひとりが鉤つきのロープを用意して手に持った。鉤がついたほうを錘に、ぐるぐるとふりまわす。じゅうぶんに反動をため、ロープを投げ上げる。

 鉤ががっき、とばかりに木肌にくいこんだ。

 ぐいぐいとしっかりとくいこんだのを確認して、ロープを握って木を登りはじめる。

 かれの姿が緑の葉にかくれた。

 ふたりめがロープを握ったその時、頭上で「うわあ!」という悲鳴が聞こえてきた。

 はっ、と身構えたところにがさがさと葉擦れの音がして、さっきの召し使いが落下してきた。

 どすん、と音を立て地面に投げ出され、その衝撃で気絶したのか、力が抜けたように手足をながながと伸ばして動かなくなった。

 顔を上げたかれらの真ん中に、三人の人間が飛び降りてきた。

 五郎、太郎、そして美和子の三人である。

 虚を突かれた召し使いたちは、三人の襲撃にわっ、とばかりに陣形を崩してしまった。

 プロテクターで守られた身体に打撃はきかない。襲撃側は、関節技を主体に攻撃していた。

 ぐき! ごき! と、いやな音を立て、手足を逆にねじられ、武装召し使いたちはつぎつぎと悶絶していた。手にした武器を使う暇もない、素早い攻撃である。

 と、高倉邸からもうひとりやってきた。


 はっ、と五郎は顔を上げた。

 近づいてくる人影は、ひどくひょろ長い痩身、オール・バックの髪型。扁平な顔に、ボタンのような鼻。


 木戸だ。


 長い足を使って、木戸は急ぐでもなく、まっすぐ五郎を睨むように歩いてくる。

「太郎、美和子さん。あんたらは屋敷に急げ! あいつはわたしが引き受ける」

「しかしそれでは……」

 言いかける美和子を、五郎は手をあげて制した。

「いいから行くんだ! 太郎!」

 しかし太郎は逡巡している。飛行機に取り残されている勝と茜が気になるのだ。五郎はちら、と樹冠を見上げた。

「かれらのことはおれが引き受ける。お前は心配しなくていい! さあ、行け!」

 はいっ、と太郎は返事をすると美和子の手をとった。美和子はびっくりしたように太郎を見た。

「お嬢さま、行きましょう。木戸はお父さんにまかせるんです」

 いつにない強い調子に、美和子はうなずいていた。太郎は父の五郎にうなずくと、美和子の手を引き走り出した。


 ふたりが屋敷に走りこんだのを確認して、五郎は木戸に向き直った。

 木戸はにやりと笑った。視線はまっすぐ五郎に当てていて、ふたりが屋敷に走りこんだことなど気にしていないようだ。

 数メートルの距離を置いて、ふたりはにらみ合った。

「ひさしぶり……と言うべきかな?」

 五郎が口を開いた。その言葉に、木戸は驚愕の表情を作った。

「おれを知っているのか?」

「ブン太だろう?」

「なぜ……?」

 がくり、と木戸はよろめいた。信じられない、と首を横にふる。つるりとじぶんの顔をなで、問いかける。

「なぜ判った? 顔を変えているのに……」

「わたしは執事だよ。いくら整形手術で顔を変えていても、骨格まで変えられるものではない。目と目の距離、歯の形、それに耳の形でもわかる。われわれ執事は、一度覚えた人間の顔は、絶対忘れない。いつかきみとは再会すると思っていたがね」

 ふん、とふてぶてしく木戸はうなずいた。

「まったくだ。こんなかたちで再会するとは思わなかったが。いつかお前とは決着をつける必要があると思っていたぞ」

「そういうことだな……」


 五郎はゆっくりと木戸に近づいた。その顔にはどこか哀しみが満ちている。

 待ち受ける木戸は、ごきごきと肩の関節を鳴らし、ウオーミング・アップに余念がない。

 ものも言わず、木戸は五郎に走りよると、回し蹴りを五郎にいれた。さっと五郎は背をそらし、蹴りをかわす。先刻承知と木戸はすぐさま足を入れ替え、もう一方の足で後ろ蹴りにうつる。たん、と五郎は背面とびをして宙返りでかわす。

 その瞬間を待っていたのだろう、木戸は両足をそろえ空中に飛び上がった!

 両膝をそろえ、仰向けになった五郎に向かった飛びかかっていく。

 地面に両手をつき、五郎はあやうく木戸の攻撃をかわしていた。


 さっと立ち上がり、木戸の次の攻撃を身構える。もし木戸が深追いすれば、逆襲する腹積もりであった。

 そんなことは予想していたのだろう、木戸は油断なく五郎の次の動きを見守るだけで動く気配はなかった。

 ふら……と、木戸の足がもつれた。

 五郎は眉をひそめた。

 誘いの一手か?

 とととと……と、木戸はまるで酔っ払った酔漢のように千鳥足になる。目はうつろで、焦点が定まってはいない。

「その動き……酔拳か?」

 五郎はつぶやいた。

 酔拳。中国形意拳のうち、もっとも奇妙で、その動きが予想できない拳法である。酔漢の動きをもとに組み立てられた技は、秘伝といっていい特殊な拳法である。

 見守っているうち、いつの間にか木戸はおのれの攻撃範囲に近づいてきていた。あっと思った五郎が飛び離れようとした瞬間、木戸の長い足が五郎の足にからまっていた!

 どっと倒れた五郎がしまったと思ったときはすでに遅い。木戸は猛禽のようにのしかかってきていた。

 その両手が五郎の首にがっきとくいこみ、木戸は力を込めて締め上げていた。

「死ね!」

 木戸は呪いをこめて叫ぶようにつぶやくと、ぐいぐいと両腕に力を込める。

 見る見る五郎の顔が充血し、意識が遠ざかる。視界一杯に木戸の扁平な顔がせまる。木戸は笑いを浮かべ勝利を確信しているようだった。

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