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着陸

 目の前に飛行船の巨体が見えてきた。飛行機は飛行船の機首方向からまっすぐ突っ込んでいく。エンジンの音が途絶えているので、聞こえているのは翼をすり抜ける、風のひゅうひゅうという音だけだ。


 まさか……。


 太郎は父の意図をはかりかねた。もし、そんなことを実際にしようとしているのなら、信じられないほどの無謀さである。


「太郎さん……」

 となりの美和子が太郎の手を握ってきた。顔色は青ざめ、唇は震えている。

 太郎は声をかけた。

「大丈夫です、お嬢さま。ぼくは父の只野五郎の腕を信じます」

 その言葉に美和子はほっとしたような顔つきになった。うん、とうなずき目を閉じうつむいた。しかし彼女の恐怖を感じる。太郎は腕をまわし、彼女の肩を抱き寄せた。この行動にじぶんでも驚いたが、美和子はあらがうこともなく、頭をよせ太郎の肩にもたれかけてくる。

 父の背中があきらかに緊張をはらんでいる。

 飛行船の巨体が見る見る近づく。

 飛行機の車輪が、飛行船の機体に接触した!

 

 ぼおん……。

 

 飛行船の骨組みに張られた帆布が、飛行機の衝撃を受け止めた。とん、と軽く飛行機は飛行船の船体に跳ね返され、ふわりと空中に浮き上がったが、すぐまた接地した。

 とん、とん、とん、とまるで水切りをする小石のように飛行機は飛行船の機体の上で跳ねていく。撥ねるたびに、勝と茜が声のかぎりに悲鳴をあげていた。


 停まらない! 見る見る飛行船の船尾が近づいてくる。船尾のむこうは森である。

 太郎はそれでもぴくりとも表情を動かさなかった。

 五郎はぐっ、と飛行機のフラップを下げた。

 しかし飛行機は飛行船の機体をかすめるようにして空中に飛び出していく。もう、森はすぐそこだ。

 太郎は静かに目を閉じた。

 

 ばきばきばき!

 

 枝の折れる音が猛烈に聞こえてくる。そして衝撃……。飛行機は滅茶苦茶に揺れている。

 が、その揺れも音も、ふいに途絶えた。

 しん、とした静寂が耳に痛いほどだ。

 

 ────。

 

 はあはあという勝の喘ぎ声。茜の鼻をすする音だけだかすかに聞こえる。

 太郎は目を開けた。

 周りを見る。

 飛行機は停まっていた。


 

 

「危なかったな。なんとか、木の枝を使って、飛行機をとめることが出来たよ」

 五郎のあきらかな安堵の声が響く。

 かれの言うとおり、飛行機は森の樹上に停まっていたのである。木々の枝が、クッションとなって飛行機を受け止めてくれたのだ。

「じょ……冗談じゃねえ……!」

 勝がつぶやいた。

「こんな着陸って、あるもんか!」

 かれの言葉に五郎は肩をすくめた。

「ほかに方法はなかったものでね。着陸できるような広い場所が見当たらなかったし、あとはどうこの飛行機を停止させるか、だけだったからな。さてと、ひとまずこれで高倉邸には到着したわけだ。これからどうする?」


「まず、ケン太さんに会うべきです! わたくし、色々聞きたいことがありますの」

 美和子はすでに平常に戻り、背筋をのばし口を開いた。太郎にすがりついたことなど、まったく忘れているようだ。

 彼女の言葉に五郎はうなずいた。

「それならすぐに行動しなくては。こう、派手な着陸をしたからには、高倉コンツェルンの武装召し使いたちがすでに動き出しているはずだ」

「なんなの、それ?」

「あれだよ」

 茜の質問に、五郎は窓の外を指差した。

 木の間ごしに、はるか高倉邸の方向から数人の男らしき人影があたふたとこちらへ向けて走ってくる。服装はごくあたりまえのタキシードだが、そのプロポーションがひどくごつごつしている。肩や肘が突き出し、タキシードの下になにか、プロテクターを入れているようだ。

 かれらは武装していた。その手に握るのは、番長島でも目にした麻酔銃である。


「行くぞ……」


 五郎はつぶやくと操縦席のドアを開け、外へ足を踏み出した。

 あっ、と茜と美和子が悲鳴にちかい叫びをあげる。墜落した、と見えた五郎は、身体を伸ばして突き出した枝を掴み、くるりと体操選手のように回転すると、まるでましらのように枝から枝へ飛び移っていく。それを見て太郎もドアを開けた。

「待って!」

 美和子が太郎を止めた。

「あたし、子供のころから木登りは得意だったのよ!」

 にっこりとほほ笑むと、彼女は目の前の枝を掴んで宙に飛び出した。くるりと身を翻し、手と足を使ってするすると降りていく。そんな彼女を、太郎は呆れて見ていた。美和子の後を続こうと足を踏み出した。


「おい太郎!」

 勝が泣きそうな声をあげた。

「おれ……だ、だめだ……こんな高いところ、動けねえ!」

 太郎は同情したような表情になった。

「わかった。ロープかなにか探してくるから、待っててくれ。茜さん、お兄さんを見てあげてくれないか」


 茜はうなずいた。正直、兄がこれほどの高所恐怖症だとは知らなかったのである。

 太郎は美和子を追って外へ踏み出した。しなやかな枝を選び、体重をかける。ぐいっ、と枝はしなって、その反動を使って太郎は宙に飛び出した。かれもまた五郎と同じように、枝から枝へ飛び移って地面を目指す。

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