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『走馬灯』もともとは中国発祥の照明器具の一種で、回り灯籠とも呼ばれ、内外二重になっている側面を馬の影絵が走って回っているように見える様から、こう呼ばれるようになった。また現在では、死に際に人生の様々な場面を脳内で駆け巡るように見る、という意味の慣用句としても用いられている
私が今現在進行形で体験しているのが、後者の意味を持った走馬灯。回りの景色がとてもゆっくりとスローモーションに見え、死にそうだというのに、何故か心は穏やかでとても落ち着いている。そして、脳内を駆け巡る映像とともに様々な後悔が心の中を駆け巡っていく
(ああ、もう少し勉強頑張っておけばよかったな。お父さんとお母さんに何も恩返し出来なかったな。結局、結婚どころか彼氏すら出来なかったし。お婆ちゃん、ひ孫が見たいって言ってたのにな。雫にも姉として大したことしてあげられなかったな。あ、雫のやつ私の腐りグッズ、ちゃんと処分してくれるかな?そういえば、まだ『恋するダンタリオン』最難関攻略キャラ通称皇帝の攻略百パーじゃなかったなぁ。やりたかったな。はぁ、車に轢かれるのって痛いのかな———)
♢♢♢
ポンポンポンポン……チーン
「お姉ちゃん。例の物ちゃんと処分しといたよ。まさか私の夢にまで出てきて処分のお願いするなんて……ぐすっ…お、お姉ちゃん、らしいって言うか…っん……最後くらい、もっとマシな事言ってけバカっ。……あの世が暇だといけないからね。コレ入れとくね。じゃあね、お姉ちゃん。お姉ちゃんの妹でよかったよ。バイバイ」
コトッ
運ばれていく棺の中には多くの花が咲き、思い出の品が置かれ、そして、ご遺体の腕の中に一作の乙女ゲームが抱かれていました
♢♢♢
(真っ暗で何も見えない。音も聞こえない…ん?違うな。微かにだけど音がする)
「————」
(なんの音か分からないけど、もしかして助かったのかな?
あっ、眩しい!瞼の裏からでも光が差し込んでるのが分かる
目をうまく開けられない)
「おんぎゃあ!おんぎゃあ!おんぎゃあ」
(赤ちゃんの泣き声だ。すごく近い。てか近すぎてちょっとうるさいな)
「————」
(ん?なに?誰?誰かいるの?
人の声だ。病院の人?声が出ない
お母さん!お父さん!雫!)
「おんぎゃあ!おんぎゃあ!おんぎゃあ」
(あーもう!うるさい!なんで怪我人の近くに赤ちゃんがいるのよ!!
んぐぐぐっ目よ、開けっゴマ!!
えっ……。外国人?)
なんとか開いた私の視界に入ってきたのは、綺麗な金色の髪に澄んだスカイブルーの瞳をした見知らぬ美女でした。美女は顔中にどっと汗をかいており、何故か顔が近い
(近っ!って、誰!?!?てか、この状況……)
視界に見える、美女の顔、手、視線。身体全体から伝わってくる抱っこされているという感覚。それに先程から耳元で聞こえている赤ちゃんの泣き声。私の中で入ってくる情報のピースがパズルのようにハマっていき、現実ではありえない答えを導き出していきます。そして最期のピースが聞こえてきます
「あなた、それに匡志も見て。私たちの新しい家族、エリナよ」
「ああ゛!ああ゛!レティー、エリナ、よぐ頑張っだな!!」
「とうさま、ぼくも、ぼくも赤ちゃんのお顔がみたい!」
「赤ちゃんじゃないわ、エリナよ。匡志、あなたは今日からエリナのお兄ちゃんになるんだから、妹のことはちゃんと名前で呼んであげて。ね?」
「うん!えりな!おにいちゃんだぞ、わかるか?」
そういって美女に抱っこされているらしい私の頭を男の子がよしよししてくれます
(…………。今日から新しい家族…。エリナ…。赤ちゃん…。兄妹…。今、私の頭を撫でてるのがお兄ちゃん……。って、ええぇぇぇえ!?!?!?嘘嘘嘘!どういうこと!?私、赤ちゃん!?エリナって私のこと?!?!待って待って待って、どうなってんの!?意味わかんない!は?え?は?『は』って二回言っちゃったじゃん!!)
私はありえない現実にパニックを起こして泣き叫びました。『おぎゃあ』という赤子の声で。あとあと知ったことだけど、この時、私の頭をお兄様が撫でていたため、お兄様は自分のせいで泣き出したと思い、落ち込んだそうです。ごめんよお兄様
そして、ひとしきり泣きまくった私はエネルギーを使いきり、さっきまでの大泣きが嘘のように静かに眠りにつきました
♢♢♢
時が経ち、私、神崎エリナは五歳になりました
自身の現状について、最初こそパニックを起こしましたが、時間が経つにつれて自分の中で折り合いをつける事が出来ました。それに人生の目標もできました
おそらく、事故の時、私は一度死んだのでしょう。まずはそのことを受け入れ、そして、運良く?記憶を維持したまま新たな人生を歩むことが出来るようになったからには、前世で果たせなかった親孝行や恋愛、結婚、出産など、今世では悔いのないように生きよう。そう覚悟を決め、人生を謳歌するという大きな目標ができたのです
「おはよう愛しのマイエンジェルエリナ。今日も朝から———」
「おはようエリナ」
「エリナ、おはよう」
「おはようございますお母様、お兄様」
「愛しのエリナよ。パパには?ん?」
「お父様も相変わらずお元気ですね。おはようございます」
「ん~~!朝からエリナにおはようって言われると元気がでるよ!ついでにほっぺにチュっとしてくれないかい?」
「あなた、エリナに引かれてますよ」
「だって~」
んん゛。少々、今の父親がヤバいですが、それでもお父様が家族みんなを愛していることはよく分かっていますし、親孝行してあげたいと思っています
そして、そのためにもまずは勉強です!我が家は一般の家庭よりだいぶ裕福で、お小遣いなら言えばもらえますが、それでお父様とお母様に何かしてあげても、もともとそれはお父様が稼いだお金なのですから意味がありません。なので、将来、私もきっちり働いて、いっぱいお金を稼いで、ついでにいい旦那さんを見つけて、たっぷり、もう十分、もう必要ないと言ってもらえるぐらい親孝行をしてやるんです!!
「エリナ?何を朝から拳握って決戦前のような顔をしているんだい?」
「え?あ、な、なんでもありませんわ、お兄様。おほ、おほほほ」